第二世界・「ガソリンと刃と丸鋸と」

 ────日付は3月10日。時刻は朝9時すぎ。気温が低く、雪まで降る始末である。

 そんな寒暖差のある東京、とある場所に『神門みかど ひとや』は居た。


 そこは、六本木駅の目の前にあるバー。店の扉の上にはネオン管文字で『BAR・SIX WOODS』と表記されている。

 このバーの内装は至ってシンプルで、木製のカウンター、380°クルクルと回る椅子、その後ろに観賞用の木が置かれている。

 獄はそのカウンターの奥から2番目の席に座っている。


 獄の手には一杯のカクテル。ココナッツリキュールとコーラを合わせたハワイアンな一品である。

 ちびちびとそのカクテルを飲んでいると、カウンターを挟んだ向こう側にいる男に話しかけた。その男は七三分けの髪にちょび髭、いかにもマスターというような服装の男である。


「へい、増田ますた……増田ますた はじめ……クソッタレ勘定だ…。」


 増田と呼ばれたその男は獄の目の前へ移動すると、値段の書かれた紙をテーブルに置き返答した。


「なんだもう勘定かミスター神門みかど…。いつもは何杯も何杯も飲んでくのにな…。何かあったのか。」


 獄はその問いに欠伸あくびをしながら答えた。


「ネット見てたらまた事件発生したみたいなんでね。なんでアイツ憑霊らはわざわざ人の欲望に取り憑き叶えようとするのか。その謎は俺が解明してやるんだ…絶対に。」


 獄は懐から一枚の獄札タグズを出すと、眠そうな顔でビリビリに破いた。その獄札には、『七・CONNECT』と書かれている。


「えーっと、七番、『空間連結くうかんれんけつ』の『獄札タグズ』…。」


 獄がそう唱えると、破った紙を左手に集めた。そして数秒もしないうちにその紙切れは青白く発光し始め、手を開くとその紙切れはいつの間にか『二枚の1万円札』へと早変わりしていた。

 それを見てマスターはコップを磨きながら呆れた顔をした。


「お前さん、そういうのはあまり良くないんじゃないか。そういうのは化け物と戦う時に使うべきというか…。」


 獄も少し呆れた顔で返す。


「何言ってんだよ増田。使えるものはクソほど使っとかねぇとよ。」


 獄はそう言うとカウンターのテーブルの上にバンとお金を置き、椅子から立ち上がった。そして出入口の方を向いてトレンチコートのポケットに手を突っ込むと一言。


「夜の7時には帰ると思う。ちっと行ってくらぁ。」


 そう言って扉のベルを鳴らし出ていった。


 ……獄はこのバーの二階を自分の住処としている。それは少し昔のとある事件からそうなってしまったのだ。マスターはこのことを嫌がってはいない。むしろ、家賃も飲み代のみしろも払っている獄は半ば息子のように思っているほどである。



 ────時刻は10時丁度。獄の言う事件の場所とは、雪降る東京の恵比寿。ここは高級住宅が並ぶ、東京の中でも物価の高い場所の一つである。

 今回は、そんな住宅地の真ん中に位置する高級三ツ星ホテル、『ホテル・ウェイオースティン』での事件である。

 このホテルは『W』のロゴが目立つ高層の建物からなるホテルである。


 獄はこのホテルの前に着くと、建物の前にはワラワラと人集りとパトカー数台が既に集まっていた。獄はそこにいる警察官の一人に話しかけた。


「なぁ、今起きてる異門獣ゲートモンスターの事件ってなんだ?」


 その警察官はホテルを見ながら話した。


「あぁ、君は例の…。今回、この高級ホテルの地下駐車場で爆発が起きたって話しさ。既に『異門の鍵ゲートキーズ』が一人、そこへ入ってったよ。」


「俺の他にもう一人『異門の鍵同業者』が?」


 獄は聞き返す。警察官は丁寧に説明した。


「あぁ。君よりも若かったね。高校生くらいじゃないかな? 黒い髪で上下黒いスーツ。余程黒が好きなんだろうねぇ。顔かわいいのに男なんだってさぁ。」


 獄はそれを聞くと、その警察官に礼を言った後に直ぐさま地下駐車場の出口へ逆走する形で中に入っていった。

 

 ……入るとそこは至って普通の駐車場である。出口付近ではまだ今回の事件の全貌は見えない。しかし少しばかり歩くとすぐ目の前に、その事件の主犯が目に入った。


 今回の異門獣は人型であるが、『ケンタウロス』のようだと言えばそう見える。下半身は、一目瞭然なんと『バイク』なのだ。バイクのハンドル部分に胴体が刺さったような感じである。

 まさにケンタウロスの馬ではなくバイクバージョンである。

 そして上半身、頭部は黒いヘルメットにオレンジ色のガラス部分。左の『こめかみ』あたりからバイクのハンドルが、ヘルメットを突き破り生えている。

 首から下は黒いライダースーツを着た人のようで、両手は『回転する丸いノコギリ』になっている。

 そして一番目を惹くのは、心臓辺りにある銀色に輝く『エンジン』である。


「ウジャァァア!! 走りたんねぇ!! アクセル全開ぶっぱなして俺様の速さを、全世界に知らしめてぇぇぇええ!」


 獄はそんな異門獣を眺めていると、突然後ろから肩に手を置くような感触が走った。そしてそれに続けて話しかけられた。まさに少年というような幼い声である。


「おじさん、さっさと避難しなよ。てか、俺だけで十分だから。」


 その声の方、つまり自分の右肩の方へ目をやると、先程警察官が言っていたような特徴と一致する男がそこに居た。

 黒いスーツに身を包み、黒髪で肩まで伸びる長髪。瞳の色は黒。まさに黒一色である。顔はほんとに男なのかと疑いたくなるような中性的な顔つきで、身長は獄より少し小さい。170cmくらいだろうか。

 獄はその声の主の方へ体を向け、話しかけた。


「なんだクソ坊主ガキ、俺をクソジジイ呼ばわりしたのか? お前、異門の鍵同業か? 所属は。」


 生意気にその男は言葉を返した。


坊主ガキじゃない。俺にも名前がある。……『安紋あもん 時国しぐに』って立派な名前がな。てか、俺18だし。てかジジイにクソまで付けてないし。」


 獄は話を聞きながら時国と名乗る青年の胸をよく見ると、見覚えのあるバッジが付いている。それを人目見た瞬間、この青年の所属がわかった。


「お前所属は『日本異門錠にほんゲートロック』か。この近くなら東京支部か?」


 そう言われると時国はドンと胸のバッジを見せつけるように胸を張った。まるでえっへんと自慢をする幼女のように。獄はそれを見て少し微笑ましかった。


「へへ。よく知ってるじゃん。てか有名か。そう、俺はかのエリート異門獣討伐部隊、『日本異門錠』の養成所の三年だ!お前の言う通り東京支部!!てか、成績はトップ5に入ってるんだぜ!」


 そんな二人が離している最中、ほっとかれていると思ったのか駐車場の異門獣がキレ気味に、ブブーンというエンジン音を鳴らしながら怒鳴るように叫んだ。



「ぐぬぬぅ……! うぉーーい!! いつまで油売ってんだ貴様らァ!! 轢き殺すぞ!!!! この『発動機・異門獣モートル・ゲートモンスター』様を無視するとはなぁ!!」



 この怒号とバイクのようなエンジン音は、駐車場内全域に響いた。獄と時国は耳を塞いでその異門獣を睨みつけた。

 そして時国も少し前へ出てからキレ気味に話す。


「ンったくこっちのキャリア話してるっつーのに……てか、有名な異門の鍵ゲートキーズのおっさん、見てろよ。超エリートの実力見せてやる!!」


 時国は右腕を勢いよく真横へ伸ばし、獄にも異門獣に聞こえるように叫んだ。



「……さぁ、ショータイムだ…。『異形態変形ビルドアップ』……『クリンゲ』!!!」



 その叫び声が響いた刹那、真っ白の光が時国の右腕を包み込むように発光しだした。これには思わず獄も目を腕覆うが、直ぐにその光は治まり獄もそれに合わせて覗き込んだ。

 すると、時国のその腕はなんとも異形な姿に変形を遂げていたのだ。


 その腕は胴体と肩を強引にくっつけたようになっており、腕は刀やナイフが重なってるような見た目をしており、その刃は外側に向いている。

 掌は赤く染まり、指は根元から指先まで、鋭い『刃』と化している。まるで指にハサミかナイフを取り付けたような形である。

 獄は目を大きく開いた。


「……ありゃ、なんだ…!?」


 時国は腕のそれを獄に見せつけながら言った。


「てか驚いたろ。俺の右腕は飼い慣らし洗脳した『憑霊ホロ・ゴースト』の『右腕』だけを埋め込んであるのさ。この処置を取られるのは『トップ50』にランクインしている奴のみなのさ!」


 次にその手を異門獣へ向けた。


「……『憑霊』に魂を奪われなければ俺の主導権…。そしてこの刃は俺が『異門獣達に大切な人を惨殺された』怒りそのものの具現化だ!!!」


 そう叫ぶと時国は異門獣の方へ駆け出した。相手の異門獣も黙って突っ立ってる訳にも行かず、両手の『丸鋸まるのこ』を回転させて振り回した。

 振り回す度にエンジン音は発される。


「死に急ぎやがってなぁァァ!! 切り刻んでやる!!!」


「刻まれんのはお前の方だ化け物がぁぁぁあ!」


 縦横無尽にその丸鋸は振り回された。しかし時国はそれを次々と見切り、ガキィっという刃と刃が擦り合うような音を出しながら、右手の刃で防いでゆく。

 丸鋸は全く時国しぐにの身体にかすりもしなかった。


 すると突然、異門獣はバイクの下半身を巧みに使い素早く後退した。



「ケッ。俺様の攻撃を見切るとはな…しかし!!そんな守りも…これは防げまい!! …奥の手!!『丸鋸射出シュートヒム』!!!」



 異門獣は左腕を時国の方へ向けると、大きなエンジン音と共に高速回転する丸鋸を射出した。

 回転しながら一直線に前進するその刃は一気に時国との距離を詰める。

 しかし、時国は回避をすると思いきや、その刃に向けて変形した右腕を突き出すと、一言呟いた。



「……斬り殺せキリング・スラッシュ



 ……回転する丸鋸が時国に触れる、その刹那……瞬きもすることが出来ないほど速いこの瞬間。獄は驚いた。

 それもそのはずである。

 なんと、風切り音と共に、フッと時国が異門獣の後ろへといつの間にか回り込んでいたのだ。



「……『黒刃居合切りブラックベール・エッジスライス』!!!!」



 時国がそう言って刃の腕を降ろすと、飛んでいた丸鋸の刃が獄の目の前で『左右真っ二つ』に割れ、獄の後方へと飛んで行った。

 それを見た異門獣も動揺し呆気に取られていた。



「なんだ……と……。」



 ぼうっと立っている異門獣の左横に、ボトリと何かが落ちた…それは紛れもなくその異門獣の左腕であった。

 異門獣は気がつく間もなく、そして痛みもなく、一瞬で時国に肩から切り落とされていたのだ。

 異門獣はブシャアと腕の断面から炸裂する血によってようやく切られたことに気がついた。


「うっうぅ、ぎぃやぁぁぁぁあ!!!!俺様の腕がぁぁあ!!!」


 その叫び声が耳に入ると、時国はこのままトドメを刺そうとまた右腕を真横に伸ばす。が、突如として腕の変形は解け、時国はバタリと前へ倒れ込んでしまった。

 それを見た獄は直ぐ彼の元へ駆け寄った。


「おい、大丈夫かおい!!」


 獄の声に微力ながら反応はするが、先程よりも弱りきっている。そしてボソボソと時国は口を動かした。


「……じ、実はこの力、あまり使い慣れていないんだよね…てか、使うと結構体力消耗しちゃってさ。今は技一発撃つのがやっとなんだ…。少し休めば動けるよ。」


 時国はそう呟くとぐっすり眠り込んでしまった。

 獄は腕に抱えた時国の胸元に一枚の『獄札タグズ』を貼り付けた。そして例のごとくその『獄札』を二つに破る。

 その『獄札』には『一・RETURN』と書かれていた。



「あとは俺がやるクソガキ…休んでろ。一番…『帰還きかん』の『獄札タグズ』!」



 獄がそう唱えると、時国は砂埃すなぼこりと共に瞬間移動をした。

 そしてその移動先はホテルの前に止まる一台のパトカーの後部座席。

 このパトカーはここ地下駐車場に入る前に話した警察官のパトカーである。獄はその警察官の尻ポケットに『もう一枚の帰還きかん獄札タグズ』を忍び込ませていた。


 ……この獄札はあらかじめ設定した場所へ対象を帰還させる効果を持つ。

 警察官に忍び込ませた獄札の裏には『A』と、時国に張りつけ破った獄札の裏には『B』と書かれている。

 ざっくり言えば、『A』の元へ『B』を引き寄せる効果なのだ。


 獄はまた懐から『獄札』を出した。今度はバーで使っていた『七・CONNECT』と書かれた『獄札』である。

 そしてまたそれも破ると、片腕を落とされた異門獣の方を向いて言い放った。


「選手交代だ。あんなクソ大層な変身しなくてもお前の首取れるってこと、教えないとな…あのクソガキに……七番、『空間連結くうかんれんけつ獄札タグズ』!!」


 獄の左掌は青白く発行を始めた。そしてその手の前に右手を添えると、光の中から何かがニョキニョキと生えてくる。

 そしてそれを右手で掴み引っ張ると、その正体が異門獣の目の前で明らかとなった。




 その正体とは……




「これぞ、『散弾銃ショットガン』だ!!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る