50話 デジャブ
十二月二十一日。プリシラの住むペントハウスにエヴァとフェイリンが荷物を持ってやってきた。二人とも大きなスーツケースと武器の入った長いケースを持ってきていた。フェイリンはいくつか段ボールの箱を持ってきている。
「こちらがお二人の部屋になります~。もうお部屋にはベッドとか机とか最低限の物はおいてありますので~。お好きに使ってくださいねぇ~。欲しいものがあれば言ってください~」
「わかったネ~部屋も広くて防音がしっかりしてそうアル。前のマンション壁薄かったね」
「一緒の家に暮らすのですからそういったことも考えませんとネ」
「スピーカーで音楽鳴らされるとキツいネ。イギリスはそういうのないネ?」
「私が音楽を聴かないので安心してくださいマシ。私は静かな女ですワ。淑女ですのデ」
「なら安心アル♪ 私はヘッドホンだから何も問題ないネ」
共同生活のことを話しながら荷解きしている。エヴァは荷物が少なくフェイリンの手伝いをしている。
「やっぱり五人だと夕食も賑やかですねぇ~」
「増えると自然とそうなるネ。あ! あれプリシラのCMネ。私たちもいずれあれに出ることになるネ?」
「仮パーティ期間が終わってからになるのではなくテ?」
「出るとしたら多分仮パーティ期間が終わって本契約してからになるでしょうねぇ~」
「遥は出ないアル?」
「私は自衛隊からの出向だから出れないのよ」
五人でテレビを見つつ夕食を食べる。ちなみに楓もここに住んでいてたまに帰ったりしていたのだが今ではずっとこっちにいる。東京の実家住まいですぐ帰れるがこのペントハウスが良すぎるため完全に居着いた。プリシラの担当のため何かあってもすぐに対応できる。
夕食後、エヴァがシャワーを浴びてリビングに戻ってくると衝撃的な光景が広がっていた。
「………何してますノ?」
「…揉まれてるわ」
「………それはわかるのですガ」
「これ初めて見ると驚きますよねぇ~。私も同じ反応でしたよぉ~」
リビングに来るとソファーに遥が寝転がってタブレットを見ている中、その上にプリシラが乗っており顔をおっぱいに埋め両手で揉んでいる。その光景に困惑しつつもエヴァは聞かざるを得なかった。ここに住むのだから知っておかなければいけないのだ。
「私って自衛隊からの監視じゃない? それをプリシラが毎日揉ませてくれるならいいってことで受け入れられてるのよ」
「ソ…ソウデスカ………」
「そのうちエヴァにもフェイリンにも揉ませてって言ってくるわよ。ていうか揉まれてくれない? 私の負担軽減のために………あとこの子ダンジョンの中でも揉んでくるからね」
「つまり……私もダンジョンでいずれ揉まれるト?」
「そうなると思うわ………」
諦めたような表情で話してくる遥にエヴァはこういう時どうどんな顔をすれば良いのかわからなかった。困惑の表情を浮かべるしかなかった。
「笑えば良いと思いますよぉ~」
楓が助け舟を出すが全く助けにならなかった。そこへフェイリンがシャンプーなどを持って現れた。
「………これはどういう状況アル?」
デジャブである。先ほどと同じ説明をした遥。フェイリンにはさらに付け加えた。
「フェイリン。プリシラがあなたを採用するかどうか決めてる時ってもう一人候補がいたんだけどね。決定打になった理由はあなたが巨乳だからよ」
「巨乳で良かったアル!」
「だから揉まれて?」
「なんでそうなるネ!?」
「ダンジョンの中で揉まれるから慣れておいた方がいいわよ。というか良いこともあるのよね。揉まれたあとにヒール掛けてくれるんだけど、この子のヒールってクーパー靭帯も治るみたいなのよ」
「「エ?」」
クーパー靭帯が治ることを聞いて二人が反応する。治らないクーパー靭帯が治ると言われては黙ってはいられない。女性としてスタイルは気にするのだ。胸が大きいため探索者をしているとどうしても揺れる。それぞれ対策はしているが限界があるというもの。別に垂れているというわけではないが治るのなら治してもらいたかった。
「プリシラたちの世界だとヒールは傷を『治す』じゃなくて『再生』させるとか『復元』って事らしいのよね。だからクーパー靭帯も『治る』じゃなくて『元に戻る』らしいのよ。ララベルに聞いてもそういうものらしいってことしかわからなかったからそういうものらしいわ」
「フム……ヒールの違いはともかく揉まれた方が得な気がしてきましたわネ」
「スポブラしても装備つけてもどうしても揺れるネ。それなら揉まれて再生してもらったほうがいい気がするネ」
「私は遠慮しますぅ~」
パーティ内の不和もなくなれば自分の体型も維持出来る。そういった要素で損得勘定した結果天秤は『揉まれる』に傾いたエヴァとフェイリン。だがヒールをかけてもらうだけという選択肢はなかった。自分だけが貰ってしまうのではなく対等なギブアンドテイクの取引として揉まれるのが良いと感じたのだ。
ちなみに遥はこのことは自衛隊には報告していない。おそらく古傷も治ると思っているが報告するととんでもなく面倒臭そうなことになりそうなのと、何故おっぱいを揉まれた内容を報告しなければいけないのかと思ったからである。真面目な遥だが損得勘定が働いた。
今も幸せそうな顔をしながら遥のおっぱいを揉んでいるプリシラに遥は声をかける。
「プリシラ…プリシラ」
「……何?」
「エヴァとフェイリンがおっぱい揉んでいいって言ってるわ」
「!」
遥の言葉に顔を埋めていたおっぱいから顔を離しエヴァとフェイリンに顔を向けるプリシラ。
「お…お手柔らかにお願いしますワ」
「痛いのは嫌アル」
「どっちか一人にしなさいよ。あと私にヒール頂戴」
遥に馬乗り状態でエヴァとフェイリンを見比べるプリシラ。二人ともラフな格好のためおっぱいを揉みやすそうである。
「………今日はフェイリン」
「この選ばれたことに対する不思議な感覚が一体なんなのかわからないアル」
「私も同じ気分ですワ」
プリシラが立ち上がりフェイリンの元に歩こうと一歩足を踏み出した瞬間、プリシラは糸が切れた人形のように後ろに倒れてソファーに座る形になった。
「ん? いったいどうしたアル?」
「あ~これね~…脳内でプリシラとララベルが喧嘩してるらしいのよ」
「何故喧嘩するんですノ?」
「どっちが先に揉むかで喧嘩するんですって。大体プリシラが勝つらしいわ」
「………勝った」
脳内喧嘩の結果プリシラが勝利。喧嘩するもののどちらにせよおっぱいを揉めることには変わりはないため二人の仲が悪くなったりはしない。おっぱいを揉むと喧嘩したことなどどうでもよくなる。遥がソファーから立ち上がりシャワーへと向かいながらフェイリンに忠告する。
「ほらね。ちなみにララベルはこっちのことなんて何も考えずに揉んでくるから痛いわよ」
「え゛っ!? わあああああああああ!」
プリシラがフェイリンに飛びつき悲鳴があがるがお構いなしに抱きつく。フェイリンをソファーに押し倒すとおっぱいに顔を埋め揉み出すプリシラ。
「助けてアル!」
「ステータス的に私が手伝っても脱出は無理だと思いますワ。レベルが495らしいですシ。それにしても……あの無表情だった方が幸せそうな顔をしてますわネ」
レベル差的にどう考えても自分ではプリシラを止められないのでフェイリンの助けを断るエヴァ。
「クーパー靭帯を治して貰えるのですから我慢ですワ」
「どれくらい我慢すればいいアルーーーーーーー!」
「30分くらいよー。測っておくとちゃんとその時間でやめるわよー」
遠くから遥の声が聞こえてきた。エヴァは助けられないのでせめてスマートフォンでタイマーをセットしてあげるのだった。
約30分後。エヴァの部屋にて。
「張りが戻ったアル! あとララベルは本当にお構いなしに激しく揉んできて痛かったネ! 明日覚悟しておくといいアル!」
「………そうですカ」
「それじゃ私はシャワー浴びてくるネー!」
フェイリンの報告に若干引き気味に答えるエヴァ。クーパー靭帯が元に戻ることを確認出来たのはいいが揉まれた感想を聞いて明日の自分が不安になった。
十二月二十二日。桜が両親と共に多くの荷物を持ってやってきた。段ボール五箱分に漫画がぎっしりと入っていた。漫画は和室に置かれて全員が読めるようになっている。荷解きが終わると両親は挨拶して帰って行った。
さらに日本ALICE FOODSから選考会の合格者が公表された。顔写真とレベルとジョブが専用サイトにアップされた。SNSなどでまた話題となり騒ぎになっている。
パーティメンバー全員で夕食を食べ、桜が風呂から上がってリビングに来るとエヴァがプリシラにおっぱいを揉まれていた。
「あの………どういう状況なんですか?」
「デジャブネ」
「デジャブね」
昨日と同じ説明をする遥。桜は非常に困惑していたが自分も揉まれる運命にあると察したのか目から光がなくなっていた。
しばらくしてエヴァが揉まれ終わるとフェイリンが桜の髪を気にし出した。
「サクラ。髪切った方がいいネ」
「え?」
「ここまで顔が隠れてると視界が狭くなるネ。探索者としては致命的ヨ。命を守るためにも切ったほうが良いアル」
顔が半分程度隠れている桜。これでは攻撃が見えないと判断したのだろう。実際、探索者の女性は前髪で顔を隠すということはない。理由は視界が狭まるからである。同様に眼鏡を掛けている者もあまりいない。
「で……でも…私肌がちょっと荒れてて………自信もなくて……」
「見せてみるネー」
「え! ちょっ………」
有無を言わさずに桜の髪を上げて顔を見る。焦る桜だがフェイリンにされるがままだった。
「う…うう~~」
「大したことないネ。このくらいなら市販の薬塗るだけで治るヨ。下のドラッグストアで買ってくるアル」
「確かにこのくらいならすぐ治りますワ。最近の薬は凄いですわヨ」
「あと凄く可愛いのに隠すのは勿体無いわね」
「これはイメチェンすると男の子が黙ってませんよぉ~」
エヴァ、遥、楓の三人も加わってワチャワチャ仕出した。桜はこの状況に困ってしまう。
「そ……そのぉ~………」
「切りたくないネ?」
「そ…そういうわけじゃ~……」
「………見た目から自分を変えるのも良いと思う」
困惑する桜にプリシラが声を掛ける。面接では自分を変えたいと言っていた桜を思い出した。
「………あなたは変わりたいと言っていた。手始めに見た目を変えていくのは良いかもしれない。気分も変わると思う」
「確かに髪をバッサリ切ると気分も変わりそうよね」
セミロングと言われるくらいの髪の長さの桜。バッサリ切ってしまえばイメージはかなり変わることだろう。
「そ……そうですよね………じゃあ思い切って切ります!」
桜は流されるように髪を切ることに同意した。だが周りの圧力に負けたわけではない。プリシラに言われたように自分は変わりたかったことを思い出した。やることがたくさんあると思い目的を忘れていたがその目的のために見た目を変えることに同意したのだった。
「ワタシ道具持ってるネ。ワタシが切ってあげるネ」
「じゃ~私は下のドラッグストアで塗り薬買ってきますねぇ~。お金は経費になるので大丈夫ですよぉ~」
桜が同意したことでとんとん拍子に事が進んでいく。フェイリンに髪を切ってもらった桜は髪型もお任せした。遥とエヴァと相談しながら決めた結果ショートボブで落ち着いた。
「凄く視界が広いです!」
「可愛くなったアル」
「………良い感じ」
「凄く印象変わりますわネ。とても可愛らしいですワ」
「新学期で男の子たちがどう反応するかが予想つくわね」
それぞれが感想を漏らす中買ってきた薬を塗ったところで今日は終わりとなった。
そして翌朝。洗面所の鏡の前で自分の顔をまじまじと見る桜の姿があった。
「まだ少し残ってますけど最近の薬って凄いですね~」
「最近のは凄いアル。あとは肌のお手入れの仕方もこれから教えてあげるネ」
「お願いしま~す」
変わった自分を見て満面の笑みでフェイリンに肌の手入れを教わるのだった。フェイリンはSNSや動画で顔を出しているため美容には気を遣っていた。
どこかおどおどしていた桜だったが、メンバーの面々は変わった桜を見て安心するのだった。
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