38話 CM撮影

 日本ALICE FOODSとしては昨日のプリシラの騒動を一刻も早く別の話題で塗り替えたい。新メニューのCMで一気に流れを変える作戦だ。無駄になるかもしれなかったが会社では準備をさせていた。撮影陣がもうスタンバイしているのだ。


 急なことだったがアリスバーガーの新商品を食べられると聞いたプリシラは食いついた。意地でも行くと聞かなかった。仕方ないので遥は同行していった。


 研究所を車で出る際にはマスコミがたくさんいたがプリシラと遥には車の中に隠れてもらってなんとかやり過ごした。


 道中晶が電話で撮影陣に女性を多く配置しろと指示していた。晶にとって想定外だったのはプリシラの極度の男性嫌いである。世間には少なからずいるとは知っていたがまさかプリシラが無視するレベルの男性嫌いだとは夢にも思っていなかったのだ。


 思い返せば所長の田原とは話していたがお世話になっている場所の長なのだからと思うことにした。


 プリシラが田原と話したのはすでに既婚者であることを知っているのと、妻の菫のことも知っているからである。プリシラはこれから探索者として活動するため探索者協会とは切っても切れない関係になる。菫はそこの副会長なので今後の関係も考慮して最低限の話はするようにしているのだ。


 会社に着き案内された場所は店内が再現されている場所だった。社員やアルバイトの研修などに使う場所で実際の調理などもできるようになっている。カメラ等もすでにスタンバイされていた。そしてメイキング映像用のカメラがすでに何台か回っていた。


 ここで思い出したように遥が声を上げる。


「すいません。プリシラのことで伝えるのを忘れていたことがあるのですが……」


「なんでしょう? 撮影に関係することでしょうか?」


「はい。プリシラの声は機械を通すと伝わりません」


「……どういうことでしょうか?」


 遥は晶と撮影陣にプリシラの言語理解のスキルについて説明した。機械を通すと言語理解のスキルが働かずにプリシラがネイティブで話す言語になるのだ。話すと撮影陣の何人かがすぐに話し合いを始めた。すぐに話し合いは終わり晶に話している。


「問題ありません。ただ食べているだけで良いそうです」


「演出などはわかりませんがそれでいいのなら大丈夫だと思います。プリシラ。食べているだけでいいみたいよ」


「………早く食べさせて」


「好きなのはわかるけどもうちょっとだから!」


 すでに時間は昼時。プリシラは早く食べたくて仕方なかった。晶がプリシラの言葉を聞いて撮影法を変えるように指示を出している。普段する用意スタートからの撮影では対応できないと踏んでの指示だ。そして一発勝負になることも伝える。カメラはテーブルを中心に4台で正面と左右斜め前に2台と真横から1台だ。


 プリシラは撮影用の椅子に座りテーブルに新商品のセットが置かれたら食べればいいと説明を受けた。すでにカメラは回り始めている。


 プリシラの前に店員の格好をした女性が新メニューのハンバーガーのセットを置いた。お礼を言ってプリシラは食べ始める。新メニューは肉と卵とチーズに少し辛いソースがついているハンバーガーだった。チーズが好きなプリシラ好みの商品だった。


 無表情で食べ続けるプリシラだが、その食べ方は無表情ではなかった。かなり勢い良くがっついて食べているため美味しいのだろうと現場にいる者たちに伝わった。


 あっという間に食べ終え、トレイに一緒に置いてあった飲み物を飲みポテトに手をつけてプリシラが口を開く。


「………おかわり」


「まだ食べるの!?」


「………うん」


 思わず遥がツッコミを入れるが、周りのスタッフはすでに準備をしていた。すぐにさきほどの女性がおかわりのハンバーガーを持ってきた。そしてプリシラはまたがっついて食べていた。


 そしてポテトも完食したプリシラは無表情で口を開いた。


「………凄く美味しかった。満足」


「満足したなら何よりよ。私も食べてたけど美味しかったわね」


 プリシラが2個目を食べている間に遥にもハンバーガーが出されていた。昼時なためスタッフたちが遥に気を利かせていた。新商品を先に食べさせてもらえるなんてことは中々できないためお言葉に甘えていた。


「あの……一条さん。プリシラさんは本当に満足しているんですか?」


「ああ、無表情なのでわかりにくいですよね。あの顔はかなり満足そうですよ。一緒にいると無表情でも感情はわかりますよ。むしろかなり感情表現は豊かです。表情以外はですけど」


「本当にうちの商品が好きだったんですね。昨日の店の者から夢中で食べていたと聞いてはいたのですがね」


「日本の食べ物は大体美味しいとは言ってるんですけどね。ここのハンバーガーを食べた時の反応はそれまでの食べ物とは違う反応でしたから。あまり喋らないプリシラが珍しく大きな声を出してましたからね」


 晶がメイキング用に遥と話して情報を引き出した。事前情報の裏付けとマーケティングの一部だ。メイキング映像で一緒にいる遥の言を撮っておけば良い証拠になる。エルフも気にいる商品だとアピールできるのだ。遥にメイキング映像への出演の許可も取ることができ日本ALICE FOODSとしては非常に満足のいく結果となった。


 撮影はプリシラの食べているシーンのみなのでこれで終了。連絡用にと遥はプリシラ用のスマートフォンを渡された。住居の紹介などまだまだプリシラと連絡を取る必要があるためスマートフォンは必須だ。


 撮影された映像のCMはその日の夜九時に動画サイトのY●UTUBEにメイキングと合わせて投稿された。同時に公式サイトとSNSでプリシラと専属契約を交わしたことも発表された。翌日の午前九時に記者会見も開くと発表されている。会見は社長のみとも記述されていた。


 これが話題にならないわけはなく動画はバズりにバズり、日付が変わる頃には2000万再生を超えていた。メイキング動画も1000万再生を超えていた。


 遥は恐ろしいまでの仕事の早さに驚いたがネット上の反応を見る限り昨日の事件が消えるような勢いに安心するのだった。

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