37話 ALICE FOODSとのお話

 翌日。数えきれないマスコミが張り込みまくる研究所に一台の高級車が入ってきた。その高級車が駐車場に止まり、日本ALICE FOODS社長の赤木アキラが降りてきた。高級スーツを着こなしキャリアウーマンという存在を体現するような容姿の赤木晶。見た目は腰くらいまであるウェーブのかかった長髪で20代後半くらいの見た目だが実年齢は43である。晶は20代前半程度の女性と40代くらいの男性一人ずつ引き連れて車から降りて研究所に入っていった。案内の者に挨拶し付いていく。


「凄いマスコミの数ね」


「社長も有名ですから~♪」


「プリシラさんは時の人ですからね。昨日の寄付と事件でさらに注目を浴びてますからね」


「私の騒ぎなんて小さいものだったわね」


「総合的に見ると良い勝負かと!」


 三人は話していると応接室につき部屋に入るとすでにソファーに座ったプリシラと後ろに立っている遥、それと折笠がいた。


 遥は三人が入室するなり頭を下げて謝罪した。


「申し訳ございませんでした!」


「え?」


「…一条さん。不意打ちすぎるわよ」


 唖然とする晶とツッコミを入れる折笠。折笠がとりあえず座ってもらうように促した。


 テーブルを挟んで対面するソファーにはプリシラと赤木アキラが座り、互いに後ろに二人が立っている。


「先ほどは突然すいませんでした。私は彼女の世話役をしています陸上自衛隊ダンジョン科所属の一条遥です」


「彼女の担当医をしています折笠恵です」


「………プリミエール王国第二王女改め、探索者のプリシラ・プリミエール」


「初めまして、日本ALICE FOODS社長の赤木晶です。こちらは秘書の上野と営業部長の橋本です」


「秘書の上野樹里です。よろしくお願いします!」


「営業部長をしております橋本賢太です」


 自己紹介が終わりさっそく本題に入る赤木晶。


「さっそくですが昨日の件を話しましょう」


「その……申し訳ございませんでした」


「………ごめんなさい」


「申し訳ございません」


 遥が謝ったのを皮切りにプリシラと折笠も頭を下げて謝罪した。


「ああ別にいいんですよ。些細なことですから頭を上げてください」


「社長……さすがに些細なことでは………」


「些細なことよ? 人が死んでいるわけではないもの」


「…そうですか。失礼しました」


 橋本がツッコミを入れるが跳ね返されてしまった。


「お聞きになられたように気にしておりません。というより、弊社の目的もわかっておられるのでしょう?」


「……プリシラにもそれは話してあります。契約ですよね? プリシラも内容はなんとなくわかっているようです」


「わかりました。我々は探索者のプリシラさんと専属契約を交わしたいと思っております。あなたの生活をすべてサポートさせていただきます。住む場所、食事、探索者に必要な諸々すべてです」


「………私に求めるものは?」


「CMに出演していただくくらいでしょうか。プリシラさんの自由を奪うつもりはございません。むしろ自由に行動していただいて結構です。ああ、店舗を壊したり誰かと騒ぎを起こしたりはやめていただきたいですね」


 ニッコリと笑いながら冗談を飛ばす晶。嫌味とも取れるような内容に対して無表情で返すプリシラ。だがプリシラにとっては嫌味などどうでもよかった。


「………しーえむ?」


 CMが何かわからず首を傾げていた。


「……現代人には説明しやすいのですがね。一条さん。プリシラさんは別の世界から来たと政府が発表していましたが、地球で言うところのどのくらいの時代かなどはわかりますか? 過去か未来かなどがわかれば…」


「一般的な交通手段が馬車ということはわかってますね。プリシラ。テレビで少し見たでしょ? 画面が変わった時に商品を紹介してたあれよ」


「………ああ…あれ」


「思い出せてる?」


「我々が売っている食べ物をプリシラさんに美味しいと触れ回ってもらうことです。CMという手法で我々が触れ回ることになりますのでプリシラさんは少しの時間を我々に下されば結構ですよ」


 なんとなく思い出したプリシラ。社会勉強の一環として見ているテレビで内容が切り替わるのが何か聞いた時のことを思い出していた。それが15秒間隔で変わるCMだったのだ。


「………求めるのはそれだけ?」


「そうですね。あとはダンジョンから持ち帰ってきた素材を買い取らせていただきたいですね。たまにダンジョンの素材を取って来るなどの依頼を受けて頂ければと思います」


「………纏めると”迷惑をかけない”と”CMに出る”と”素材の買取”と”特定素材の入手”になる」


「そうなりますね。契約書もご用意しております。そちらもお読みください。樹里。出してちょうだい」


「は~い♪」


 秘書の樹里が鞄から一枚の契約書を取り出しプリシラに前に置いた。プリシラが手に取り読み始めた。その間に晶は遥に確認することがあったため話だす。


「お読みいただいている間に一条さんにお聞きしたいのですが、プリシラさんは今後もここに住むのですか?」


「いえ、先々はここを出ることになっています。社会勉強をしている間はここにいます」


「なるほど、お住まいもこちらでご用意いたしますよ。ちなみに一条さんはプリシラさんとずっと一緒におられるということで良いのですか?」


「そう…なると思います。正直なところ、私は国からの監視の意味も含まれてますので」


 一切自分の立場を隠さずに答える遥に驚きはしたが予想通りではあった。


「では先々も一緒に住まわれるということですね」


「多分そうなるんじゃないかなと思います」


 プリシラが読んでいる間に一条に質問して場を繋いでいると、読み終わったのかプリシラが顔を上げていた。いささか短いことが遥と折笠は気になったがプリシラに任せることにした。


「いかがでしたでしょうか?」


「………怪しすぎて判断に悩む。遥たちも読むといい」


「え? 私たちも読んでいいの?」


「構いませんよ」


 遥はプリシラから契約書を渡されたので読んでいく。横から折笠も契約書を覗き込んでいる。読んでいる二人の顔は徐々に困惑の色が濃くなっていった。


「あの………何かの冗談ですよね?」


「いいえ。正気ですよ。そのくらいでなければフェアでないでしょう」


 笑顔で答える晶に二人は苦笑いだ。というのも普通の契約書とは明らかに違う内容だったのだ。まるで小学生が考えたような内容で短い契約書。言い方を変えれば簡潔にわかりやすく書かれているとも取れる。だが穴がありすぎる契約書の上にプリシラに有利すぎる契約書だった。


 内容は先ほどプリシラが纏めた内容にいくつか加えたような内容である。


 迷惑をかけない

 CMに出る

 素材の買取と特定の素材の入手

 日本ALICE FOODSからの依頼を断ることができる

 日本ALICE FOODSに対し契約内容の改善を要求できる。要求し改善されなかった場合契約を破棄できる


 等とふざけた内容でどれもこれもが具体性がない。他には衣食住のサポートや受付窓口になる等書かれていたのだった。


 当然これを読んだ遥と折笠は困惑しプリシラが悩むのも理解できた。


 いくらプリシラが地球のことを全く知らないと言っても自分に対してあまりにも有利すぎる契約内容を問いただすことにした。


「………これは私に有利すぎる。意図が読めない」


「私もそんな契約書を出されれば同じ気持ちになるでしょう。ですが、我々はいたって真面目にその契約書を提示しております」


「………その理由を話すべき」


 プリシラが赤木晶を睨みつけると場の空気が一気に重くなった。プリシラは軽く殺気を込めて睨みつけている。それに眉ひとつ動かさず赤城晶は口を開いた。


「一言で言えば、我々は商人なのです。この契約でも我々は十分に儲かるのですよ。例えば城下町にそれなりに繁盛している食堂があります。その食堂は新しい料理を出そうとしています。今よりももっと繁盛させたい店主はどうにかして新しい料理を広めたい。そこへ王女様がたまたまお忍びで店に訪れ新しい料理を要求しました。店主はこれ幸いと新しい料理を出しました。王女様はその料理を大変気に入り、家族や友人たちに店と料理のことを話しました。するとどうなると思いますか?」


「………国王が料理人を召し上げて雇用する」


「…失礼。その選択肢は無しでお願いします」


 予想外の返答に苦笑いで別の答えを要求した。


「………貴族が料理人を召し上げて雇用する」


「…申し訳ございません。召し上げて雇用という選択肢は無しでお願いします」


 素直に別の回答をするプリシラ。そしてまたしても別の答えを要求されてしまった。このやりとりに二人以外は笑うのを我慢している。秘書の樹里にいたっては頬を膨らませ口から音が漏れている。


「………国がその店ごと買い取る」


「ブッフウウウゥゥゥ!!」


 ついに秘書の樹里が我慢できずに吹き出した。


「社長~例えが悪いですよぉ~。有名な冒険者にでもすればよかったじゃないですかww」


「………その場合だと仲間や知り合いに話したりしてその食堂の料理が皆に知られて店が繁盛する」


「ほらぁ!」


「プリシラ……ちょっと極端すぎない?」


「………そんなことはない」


 秘書の上田が簡単に答えを出させたことに落ち込む赤城晶は落ち込むがすぐに切り替えて話し出した。


「オホン! つまりはそういうことです。あなたに宣伝、CMに出ていただくだけで我々は簡単に儲けることが出来るのです。そして、矛盾しますが我々は探索者としてのあなたに儲けさせてもらおうとは思っていません。副次効果でついでに儲けるつもりなのです」


「………ダンジョンの素材はついでということね」


「その通りです。買取はしますがその素材で儲けようとは思っておりません。あなたにとってはいらないものを我々が買い取って我々が売るだけなのです。落ちているお金を拾うようなものです。ちなみに買取価格は探索者協会の買取価格に沿うつもりです」


「………それでも私に有利すぎる。私の機嫌一つで契約は破棄出来てしまう。あまりにも不公平」


 契約の意図は理解したが公平性に関しては納得していないプリシラ。それに納得できないと契約するつもりはなかった。後ろにいる遥と折笠もそれは思っていた。赤木晶はこれでフェアだと言ったがその意図がわからなかった。


「いえ、これで公平だと考えております。質問を質問で返すようですが、プリシラさんはこの世界のことをどれだけご存知でしょうか?」


「………ほとんど知らない」


「だからこそこれで公平なのです。例えば”迷惑をかけない”をもっと細かく記述すればこの一枚には到底収まりません。その内容は今のあなたには理解出来ないものなのです。これから知ったとして、勝手に自分に不都合な内容ばかりが書かれていればあなたは騙された気分になるでしょう。それをなくすためにも改善を要求できると記述してあります」


「………なるほど」


(いいんじゃない? 契約しちゃえば?)


 脳内でララベルがプリシラに契約を催促するが、プリシラにとっては意外だった。ララベルはプリシラが交渉ごとを苦手なのを知っている。だからこそまだ怪しさが残る契約に賛成してきたのは意外だった。


(ララがそう言うとは思わなかった)


(だって気に入らなかったら契約破棄出来るし。やりようによっては傀儡に出来るよ。まあ今の私たちの環境とこの人相手は難しそうだけどね。する必要もないけどね~)


(じゃあ契約する。怪しいけどララの言う通り後から破棄出来るなら問題ない)


(何かあったら私が言ってあげるからね~)


 ララベルとのプチ脳内会議が終わりプリシラは口を開いた。


「………じゃあ契約する」


「ありがとうございます」


「「ええっ!」」


 まさかこの場で契約するとは思っていなかった遥と折笠は驚いて声を上げた。


「いいのプリシラ!? こう言うのもなんだけど怪しさ満点よ!?」


「もうちょっと考えてからでも……」


「………問題ない。改善されなければ切ればいい。力づくで切ることもできる」


「それで構いませんよ。我々は全力でそれにお答えするだけですので。それにこれは自衛隊にとっても良い話だと思いますよ?」


「え?」


 突然話を振られて動揺する遥。プリシラがメインの話のはずだったはずだが自衛隊にも関係があると言われれば興味を引かれた。


「例えば今もこの研究所の前に大勢いるマスコミ。すべて我々で対処しますよ。それとプリシラさんの社会勉強のプログラム作成と実施も請け負います。もちろん一条さんにも同席して頂こうと思います。我々だけですと洗脳に近いかもしれませんからね」


「う………確かに魅力的ですね……」


 遥はプリシラの世話役兼監視役としてそばにいるがプリシラの社会勉強を考えるのも仕事のうちだった。正直一人では限界があった。折笠に相談もしたが所詮二人。狭い世界になってしまう。


 だがALICE FOODSがそれを請け負ってくれるのなら大勢の者が関わるため二人よりも広い世界になる。何よりも自分が楽になる。


「…プリシラ。本当にいいの?」


「………うん」


「わかったわ。じゃあ一応上に確認するわ。ちょっと待ってちょうだい」


「私も一応所長を呼びますね」


 遥は坂本に電話をかけて折笠は内線で所長に連絡を入れる。坂本は手が離せないのか電話に出なかった。所長の田原はすぐに連絡がつきこちらに来るそうだ。


 しばらくして所長の田原が部屋まで来た。


「失礼するよ~。もう契約するんだってね」


「一応所長に確認をと思いまして」


「いいよいいよ。彼女の自由にさせてあげればいいよ。正直言うと個人的にも自衛隊としても早くここを出て自立して欲しかったからね」


 相変わらず我関せず面白そうだからのノリでぶっちゃける田原。ぶっちゃけた後は笑いながら晶の元へと向き直る。晶も立ち上がり挨拶する。


「初めまして。日本ALICE FOODS社長の赤木晶です。装備への強化付与の第一人者である田原さんにお会いできて光栄です」


「いやいや! 僕はただの道楽に生きる老人ですよ。私も去年赤木さんには楽しませてもらいました。あれは面白かった!」


「楽しんでいただけたのでしたら幸いです」


 冗談も軽く流し握手する二人。今度はプリシラへと向き直る。


「あなたの生きる道ですからね。あなたが決めればいいですよ。我々はほんの少しお手伝いしただけですから」


「………じゃあそうする。これはどこにサインすればいい?」


「こちらにお願いします。樹里、控えも出してちょうだい」


「は~い」


 晶がサインする場所を指差して万年筆を差し出し、樹里が控えの契約書を差し出した。プリシラは2枚にサインし一枚を晶へと渡した。


「さすがに知らない言語ですね。ですがこれで契約は成立です。こちらの橋本が担当になります。何かあれば橋本にまでご連絡ください」


「よろしくお願いします。後は発表とCM撮影とお住まいの提供、社会勉強ですね。何か今我々に求めることはございますか? あなたの生活を全面的にサポートさせていただきますよ」


 営業部長の橋本が笑顔で話すがプリシラは見向きもせずに無視。気まずい空気が応接室に流れるが遥や折笠、田原は苦笑いしている。ALICE FOODS側の三人は何がなんだかわからないと言った困惑の表情をしている。


「あの………何かありましたでしょうか?」


 橋本が声を上げるがプリシラは見向きもしない。そして正面にいる晶に向かって話し出す。


「………さっそく改善を要求する。担当を変えて」


「え? ……彼が何かしたでしょうか?」


「私がお答えします。この子、大の男性嫌いなんです。なので担当は女性の方にしないとこのまま契約を切られますよ」


 一番付き合いの長い折笠が答えた。嘘偽りはないがALICE FOODS側は困惑の表情のままだ。むしろより困惑の色が濃くなった。


 だが、社長の晶だけは違った。すぐに考えを切り替え変更を申し出た。


「わかりました。こちらの上田を臨時の担当にします。正式な担当者が決まるまでの一時的な処置ですのでご理解ください」


「………それでいい」


「あとは価値観も我々とは全然違いますのでご注意ください」


 さっそく扱いづらさを実感したALICE FOODS側の三人。まるで詐欺にあったかのような気分にもなっている。だが知名度からくる後の儲けに比べれば安いものである。


「先ほども橋本が申しましたが後は発表とCM撮影とお住まいの提供、社会勉強ですね。何か今我々に求めることはございますか? あなたの生活を全面的にサポートさせていただきますよ」


「………パーティメンバーの募集をしたい。私の場合は難しいらしいから手伝って欲しい」


「プリシラはすでに取り合いになってますから……募集すると何万人と応募してくると思います」


「ふむ……我々と契約したといってもあくまで個人の契約ですからね。そのままどこかのパーティやクランに所属することはできます。……準備が整っておりませんので後日にしましょう。どういった人材を求めるかも含めて打ち合わせが必要です」


「………わかった」


 現状ではパーティメンバーに関しては情報が不足しているのと準備ができていないため保留となった。晶が再び口を開く。


「ところで、この後は何かご予定はございますか?」


「………何もないはず」


「特に何もありません。強いてあげるならここのダンジョンに行くくらいですが行かなくても問題ありません」


「そうですか。では、さっそくCMの撮影に行きましょうか」


「え?」


 ニッコリと笑顔でCM撮影に行こうと言う晶に今度は自衛隊側が唖然とした。

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