32話 ドロップアイテムの刀

「あれって何です?」


「これだよ!」


 力強く声を上げてマジックバッグの一覧を出す。その中から一箇所を指差した。そこにこう書かれていた。




 生意気な美人部下はベッドで調教され俺の奴隷になる。




 指差された一文を読んで遥の表情は能面と化した。


「それがなにか?」


「これで自衛隊がすっげぇ叩かれたんだからな! 俺も他の隊員もてんてこ舞いだよ!」


 渋谷でプリシラが一覧を出した時にはマスコミもいたし野次馬も大量にいた。カメラも大量にシャッターを切っていた。そんな中買ったアウトドアグッズくらいしか入ってないはずのマジックバッグにあった変な一文はすぐに発見された。


 当然のようにSNSでは自衛隊関連のアカウントは炎上した。ワイドショーでも取り上げられたりもした。そのせいで自衛隊は今も叩かれているが、実物がないと判断できないとして躱していたが、プリシラが帰ってきたため説明しなければいけなかった。


「知りません」


「お前なぁ!」


「私は報告しただけです。その後は職務を全うしてプリシラと一緒にダンジョンに潜っただけですので」


「とりあえず取り出してみたら? ただそう書いてある紙かもしれないよ」


 所長の田原が提案した。坂本が渋々と言った感じでマジックバッグから取り出すと、そこには一冊の本。表紙は肌色が多めな女性が描かれていた。しかも首輪をしている。それを見た遥の表情は能面のままだった。所長の田原は堪えきれずに笑い出した。


「アーーーッハッハッハッハッハ!」


「所長!」


「僕も自衛隊員だけど管轄じゃないからね! あーお腹痛い」


 笑い続ける田原に憤慨する坂本だが言っていることは間違っていないためどうすることもできなかった。


「要件はそれだけでしょうか? それだけでしたら終わりですね。私も要件があるので聞いていいでしょうか?」


「……まあこれを確認したかっただけだよ。で、何だ? 早く済ませてくれよ」


 坂本は開き直って遥の質問に答えることにした。


「ダンジョンでこの風魔法のスキルオーブと刀がドロップしました。プリシラは私に譲ってくれると言っているのですが、譲ってもらっても問題ありませんか?」


「別に構わん。どうせお前ダンジョンではお飾りだったんだろ?」


「お飾りでしたけど……いいんですか? 確か風魔法のオーブは安くても5000万くらいしますし、この刀もBランクダンジョンの最下層ボスのドロップ品ですよ? きっと億単位の値段がつくと思いますが………」


「そりゃー自衛隊としちゃBランクダンジョンの最下層ボスのドロップ品なら欲しいがな。踏破した本人の意向ならどうも出来ん。そこの嬢ちゃんが刀とスキルオーブをお前に譲ったことを公表したとして、その刀をお前が使ってなかったとしたらどうよ? 自衛隊が叩かれるだろ?」


「まあ………そうですね」


「さらにお前、自衛隊のステータス公開組だろ? 更新された時に風魔法のスキルがなかったらどうなるかって話だ。だから使っても問題ない」


 遥としては納得のいく理由を述べられているのだが、どうも胸もモヤモヤが消えなかった。


「しかし……譲ってもらったことを公表するとまた何か炎上したりしませんかね?」


「そこの嬢ちゃんの影響力を舐めちゃいけねぇ。今じゃ世界一有名な探索者と言っても過言じゃない。これが名もない一般の探索者だったら問題になったかもしれんがな。譲ったのが嬢ちゃんだ。誰も文句言わねぇよ。言ってきても少数だろ。他にも理由はあるが聞くか?」


「じゃあ聞きます」


「……俺の嫌がることを知ってやがんなお前」


「はい」


「ったく。可愛げのねぇ部下だ」


 面倒臭そうに坂本は答えた。と言っても残りの理由は一つだった。プリシラに付いていくのなら実力が求められるしそれなりの装備が求められるということだ。ただでさえ実力差があるため少しでも埋めるためには道具に頼ることもあるだろうということだった。


「そういうことだからよ。使っても問題ねぇ。じゃあ俺は帰るわ。あー行きたくねぇ」


「あ! エロ本持っていかないとダメだよ!」


「………」


 無言で所長からエロ本を受け取り坂本は退出していった。


「あー面白かった! じゃあ菫呼ぶよ。そこの刀とか鑑定してもらわないとね」


「お願いします」


 電話をかけるとすぐに菫が部屋に来た。


「案外普通の終わり方みたいでつまらないね」


「まあここじゃ普通になるでしょ。どう発表されるかが楽しみだよ」


 田原夫妻はエロ本事件を楽しんでいるだけの野次馬状態である。他の者は苦笑いするしかない。


「帰る前にこの刀の鑑定をお願いします。Bランクダンジョンの最下層ボスのドロップアイテムなので良い物だと思います」


「へぇ~。そりゃまた楽しみな逸品だね。まだ鞘から出してないのかい? 持ち主が一番最初に抜きなよ」


「………遥が抜くべき」


「もう私の物になってるのね。じゃあ…」


 遥が刀を手に取った。右手で柄巻を掴み、左手で鞘を持ち刀身をずらして抜いた。


「おお~! 良さそうな刀じゃないのぉ!」


「ミスリルだね。どんな付与がついているのかね」


 田原夫妻が感想を漏らす。二人とも刀好きなため興味を示した。しっかりと鏡面に磨かれた青色の刀身に面の分かれ目にはっきりと出ている鎬筋。大きく波打った波紋が際立っている。


「持った感じですが………おそらく力と敏捷を上げる付与が付いてますね。鑑定お願いします」


「それは良い効果が付与されてますね。では失礼します」


 探索者協会の鑑定士が刀をスキルを使って鑑定する。これによって付与されている効果や材質がわかる。鑑定士のレベルが低いと鑑定出来ない物もある。生産系のジョブもレベルが低いとスキルを使えないためレベルを上げるためにダンジョンに潜っている。


「終わりました。書くものをいただけますか?」


「刀に夢中で忘れてた。はいこれ。君の様子からして物凄いものだったみたいだね!」


「はい……正直持っていたくないですね」


 所長の田原が紙とペンを用意し鑑定士に渡した。鑑定士は少し動揺しながらも鑑定結果を書き終えて皆に見せた。



 閃光・十六夜刀

 材質:ミスリル

 効果:力+15% 敏捷+15% 自動修復 自動洗浄



「ほぉー! これはまた凄いのが出たねぇ!」


「いやはや……今日は良い物にお目にかかれたね!」


「まさか名がある武器とは思いませんでした………」


「うへぇ~」


「………?」


 プリシラ以外の者は鑑定結果に驚いている。能力が15%も上がる付与が二つもついており自動修復に自動洗浄が付いている装備など滅多に出ないからだ。しかも名前付きの武器だ。名前付きの武器は例外なく非常に性能が高く効果も多い。名前付きの武器はそれだけで箔がつく物である。


「………良い武器なの?」


「そりゃもうモンの凄く良い武器よ! プリシラからするとこの武器はどう? 良い付与が付いてるんだけど」


「………ヒヒイロカネやアダマンタイトなら良い武器だった」


「…プリシラの世界だとミスリルは素材としてはあまり良くない素材なの?」


「………悪くはない。良い方とされる素材。上の位の騎士はミスリル製を使ってた。この武器はミスリルだから良い方ではある」


「これで良い方の武器かぁ………」


 所長の田原が天を仰ぎながら呟いた。あまりにも違いすぎる価値観に驚いたのと、もっと良い武器をたくさん知っているであろうプリシラに驚くを通り越して呆れている。


「これ……値段はどのくらいになるんでしょうか?」


「過去のオークションからの参考程度になりますが……安かった物でも名前のついた武器は5億はしていますね」


「これオークションなら10億いくでしょー!」


「いんやもっといくんじゃないかい? 刀は美術品としての面も大きいからね」


「刀の使い手が少ないことを考えると10億くらいでは?」


 遥とプリシラ以外の三名が予想を話しているが、使い手となる遥はそれどころではなかった。億単位の武器など使ったことがないのである。今使っている刀もダンジョン産だが値段は500万程度である。500万でも使うことにかなり戸惑いがあったが慣れてしまったため今では何とも思わなくなっている。


 だが今回プリシラが譲ってくれた武器はそんな比ではない。遥は正直使いたくなかった。


「プ…プリシラ? これ………本当に私にくれるの?」


「………うん」


「……使わないと………ダメ?」


「………それは遥の自由。だけど、良い武器なら早いうちに慣れた方が良い。自動修復が付いているから雑に使っても大丈夫」


 プリシラに助けを求めたが使えと言っているような返答だ。遥は悩んだ末に答えた。


「……少し考えさせて」


「………任せる」


「使っちゃえばいいんじゃないの~?」


「飾るよりは使った方がいい刀だね」


 田原夫妻に揶揄われながら一旦保留とするのだった。


 その後、一応上官の坂本に報告すると呆れた声が返ってきた。返答は「これ以上俺の胃にダメージを与えるな」だった。

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