31話 忘れていたあれ

 研究所に帰ってきた二人はまず土産のミノタウロスの肉を渡してからシャワーを浴びた。その後にプリシラにはダンジョンにいた間に発表されたことを伝えた。プリシラへの報酬の内容も含まれていた。プリシラがスタンピードに参戦していたことは世間には知れ渡っている。日本の国民となり探索者として活動すると政府と探索者協会の合同記者会見で発表された。


 探索者協会からもすでにCランクの探索者として登録されていると発表し、わずかながらだがスタンピードでの活躍した功績による報酬も渡していることも発表された。


 政府も探索者協会もプリシラのことを大々的に公表した。今更目立たないようにしても何の意味もない。むしろ隠すことで批判を受けるだろう。これは政府としても探索者協会としても都合が良かった。スタンピードを発生させてしまったことを曖昧にすることが出来るからだ。目論見通りマスコミや民衆からの責任追求は少なかった。そういう風になるように仕向けたのもあるが予想よりも少なくどちらも得をした。


 発表の内容を聞いて気づかないプリシラとララベルではない。向こうの世界でもダンジョンはスタンピードが起きないように管理していたからだ。起きた時には責任が追求されていた。だがプリシラは特に何も言わなかった。政治利用するなら利用すればいい。だが自分の自由を奪うのは許さない。籠の中に入れようとしなければプリシラは何か文句を言うこともないし言うつもりもなかった。


 折笠から説明されているプリシラだが無表情なため納得しているのかいまいち判断がつかなかった。


「政府が発表した内容はこんなところね」


「………別に構わない」


「じゃあ次はね~…説明がちょっと面倒なんだけど……」


 探索者協会がすでに探索者として登録していると発表したせいで探索者協会には企業からの”お誘い”が山のように来ていた。スポンサー契約やサポーター契約等と呼ばれている。企業によって内容は変わるが大体は雑用係である。


 ダンジョンでの探索に集中できるように他の雑用をやってあげるしお金も出すから広告に出てね。と言った感じだ。


 探索者はダンジョンでの活動以外にもすることがたくさんある。個人なら尚更だ。ダンジョンの下調べ、武器防具の整備や調整に買い付け、アイテムの売買、税金の支払い等やることはたくさんある。これらのことを探索者の代わりに行ってくれるのだ。ダンジョンは基本的には腕っ節で何とかなる世界だ。こういった細かい内容が苦手な者も多数いる。


 プリシラなどまさにカモがネギ背負って歩いているようなものである。しかも実力はおそらく世界トップクラス。さらに地球のことを全く知らないのだから騙し放題でもある。無知シチュというやつだ。


「っていうお誘いがいっぱい来てるのよ」


「………全部保留で」


「私もそれがいいと思います」


「そうるなるわよねぇ~。こっちの世界というか日本のこと全く知らないものね」


 三人とも同じ意見だった。常識的に考えてそうなるのだ。企業としては他に先を越されるわけにはいかないと思い我先にとお誘いを送った。だがプリシラのことを考えるのならすぐに契約を迫らなくても良かった。


「大企業のお誘いはいくつか目を通したんだけど、気を遣ってくれてるのか返事は年内でとか、半年以内で~とかって書いてあったわね」


「大して変わらないような………というか自衛隊がそういう立場になってますけどね」


「そういうポーズ取ってるだけよね。私からは検査を除けばそのくらいね。探索者協会の方が来てるらしいから二人ともそっちの対応してちょうだい」


「わかりました」


「………わかった」


「買取とマジックバッグの件だと思うからすぐに済ませてしまいましょう」


 二人で別室に移動すると所長の田原とその妻である探索者協会副会長の田原菫。自衛隊の坂本一佐と知らない男性が二名いた。男が多いためプリシラが止まってしまうが遥がすぐに気づいて無理やりソファーに座らせた。座りはしたがそっぽを向いている。


「だから言っただろう。女を連れてこいってね」


「そう言われましても……協会での技術部門長は私ですので………」


「女の技術者もいるだろう。この私が知らないとでも思っているのかい? 申し訳ありません殿下」


 どこか疲労の色の濃い副会長の菫がプリシラに謝罪する。


「ほらプリシラ! ダンジョンに行く時に使ったお金を貸してくれたのは副会長なんだからお礼言って!」


「………そういうことなら……お金を貸してくれてありがとう。おかげでダンジョンの中では快適だった」


「どういたしまして。どうかお気になさらず。ダンジョンを踏破してきたと伺っています。マジックバッグの中の素材で十分返せる額ですからね」


「私も助かりました。ありがとうございました」


 遥も副会長である菫に礼をした。


「動きの遅い国に任せてたら進まないからね。気にしないでくれ。殿下。付け入るようになってしまいますが、マジックバッグ等いくつか質問がございます。お答えしていただけますか?」


「………仕方ない。それと、殿下はやめて。私はこの国ではすでに王女ではなくただの一国民になっている」


「わかりました。では一人の探索者として相手させていただきます。じゃあマジックバッグのことなんだけどね。一覧表の出し方がいまいちよく分からなくてねぇ。出来る者と出来ない者がいるからちゃんと教えて欲しいんだよ」


 いきなり切り替える菫に全員が驚いた。夫の田原義一も少し驚いていた。


「………その切り替えの速さは賞賛する。誰にでもできるものじゃない」


「ありがとね。これでも老獪だからね」


「………あの国を統べる者より素質ありそう」


「ブッ!」


 まさかの言動に思わず菫は吹き出した。夫から総理大臣のことを器じゃないと言っていたことは聞いてはいたが耐えきれなかった。他の者たちは苦笑いするしかなかった。


「失礼。じゃあさっそくだけどね。魔力を込めて念じると聞いてるんだけどね。魔力を込めるってのは具体的にはどうやるんだい?」


「………魔法を使う前の感覚。もしくは手に力を入れるような感覚。これくらいしか説明のしようがない」


「私は身体強化を使いながら念じると一覧が出ました」


 その後も菫からの質問に答えるプリシラ。時には男性の技術者からも質問があったがプリシラが無視するため一度菫か遥を経由するため時間がかかった。所長は無視されているのを見てちゃっかり妻である菫に先に質問していた。


 同行していた『鑑定道士』のジョブについている者が説明を受けて出来るようになった。査定のためマジックバッグを持って渋谷支部に戻ることになった。


 ランク4キュアポーション一本、風魔法のスキルオーブとドロップした刀は取り出した。MP回復ポーション以外は全て買取と伝えた。一覧を写真に撮り内容を記録する。マジックバッグを持って出ようとする男性を坂本が止めた。


「ちょっと待ってくれ。協会の用は終わったんだろ? あとは自衛隊の要件だ。要件にはマジックバッグが必要だからまだ持っていかないでくれ」


「あーあれがあったね! 持っていくのはもう少し待ってくれるかな。あと出来れば菫たちは隣の部屋で待機してもらっていいかな?」


「あれか。まあいいよ。頑張りなよ坂本。後でマジックバッグに入っている物の控えをこっちでも記録しないとねぇ。写真でいいか。せっかく一覧表が見れるようになったんだからね。控えを作る時には一つなくなってそうだけど。行くよお前ら」


 笑いながら席を立ち退出する菫に続き男性技術者と鑑定士も申し訳なさそうに退出した。三人が退出して遥が口を開いた。


「あれって何です?」


「これだよ!」


 力強く声を上げてマジックバッグの一覧を出す。その中から一箇所を指差した。そこにこう書かれていた。




 生意気な美人部下はベッドで調教され俺の奴隷になる。

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