30話 暴君の味
渋谷ダンジョン一階層。セーフエリアとなっているこの場所では探索に行く探索者たちと、転移陣を見張る探索者協会の職員たちがいた。
職員たちからすると普段と変わらない光景だったが、今日はあまり見ない光景が見れた。セーフエリアの中央に大きな転移陣が出現したのだ。中央に現れる転移陣は最下層からの転移陣である。つまり、誰かがダンジョンを踏破したのだ。転移陣の上には何名か探索者がいた。
「すぐに転移陣から退いてください! 誰かが転移してきます! 早く!」
慌てて探索者たちは転移陣から退いていく。体の中に転移してくるという事態が考えられるため転移陣の上には絶対に居てはいけないと協会から言われている。
数秒後に転移陣が光の柱を上げた。数秒で光の柱は治った。そこに居たのは二人の女性。どちらも有名人だ。
「帰ってこれたみたいね。この後は受付行って帰還の報告とマジックバッグに入れたドロップアイテムの買取をお願いしましょう。買取は研究所に鑑定士を派遣してもらうわ」
「………わかった」
世間を沸かせたエルフのプリシラと美人すぎる自衛隊員として有名な遥の組み合わせは目立つ。探索者たちと職員たちは二人を眺めていた。
ダンジョンから出ると遥はスマートフォンを出して日付を確認する。電波が入るので時間の調整をして確認すると予定通り五日程度で出てくることが出来た。時間は午後一時半くらいだった。そして迎えの連絡を入れる。十日と申請していたため幸いにもマスコミは少なかった。
受付で帰還報告をすると別室で話を聞きたいと言われたが遥がこれを拒否。理由はここに滞在すると帰る頃にはマスコミだらけになるからだ。なので話は研究所ですることになった。
迎えが来るまで少しだけ時間があるためショッピングモールを回っている時にプリシラが一つの店に興味を示した。その店はファーストフード店でアリスバーガーというハンバーガーショップだった。
ALICE FOODSという世界的に有名な食品卸企業が運営する外食チェーン店である。ダンジョンが出来る三年ほど前から外食チェーン店に力を入れており今ではハンバーガーショップだけでなくピザ店やファミリーレストラン、うどん店まであるほどだ。
ダンジョンが出来てからはミリ飯などにも手をつけており探索者協会で買えるほど広まっている。
「そういえばお腹空いてたのよね。たまにはこういう店もいいわね」
「………食べ物屋?」
「まあ…そうなるわ。とりあえず行ってみましょうか」
遥はあまりファーストフード店には行かないがたまにはと思い入店することにした。プリシラにとっても社会勉強になるため軽い気持ちで入った。
遥にとっては軽い気持ちだったが数日後、これが大変な事態を引き起こすことになるとは知る由もない。
昼のピークの時間を過ぎていたため店内には数名客がいる程度で空いていた。窓口も並ばずに済んだ。窓口に来ると女性店員が慌てているが、遥は構わずメニューを見始めた。
「う~ん来るのは久しぶりなのよね。プリシラは分からないだろうから私と同じのでいいかしら?」
「………構わない」
「それじゃあ………」
遥が店員に注文していく。久しぶりで何がいいか分からないのでメニューにあった売れ筋ランキング1位のハンバーガーのセットにすることにした。チェダーチーズと肉が2枚挟んであるボリュームのあるハンバーガーだ。セットでポテトと炭酸のあるオレンジジュースを持ち帰りで注文した。店内で食べるつもりだったが迎えがついた連絡が注文中にきたからだ。
プリシラに支払いをさせてからしばらくすると紙袋が二つ手渡され店員がお礼を言っていた。それを見てプリシラが不思議そうにしている。
「どうしたの?」
「………どうしてこんなに早く調理出来るの?」
「あ~………早く出せるような仕組みになってるのよ。そうですよね?」
「え!? あ…はい! そうです!」
いきなり話を振られた女性店員は驚いたがなんとか答えることに成功した。このままここにいては騒ぎになるしプリシラが興味を持っていろいろ聞く可能性があったため遥は迎えが来ていると言って店を後にした。待ち合わせの場所に行くと折笠が待っていた。
「あれ? 折笠さんが来たんですか?」
「ええ。プリシラの健康面を管理しないといけないからねって…ファーストフード店なんて行ってきたの? あんまりそういうのは食べて欲しくないんだけどね」
プリシラが持っていた紙袋を見てため息をつく折笠。
「プリシラが興味を持ったものでして……社会勉強にもなりますから」
「しょうがないわね~。とりあえず帰りましょう。乗って乗って」
迎えの車に乗り込む三人。女性の運転手がおり助手席に折笠が座り後部座席に遥とプリシラが座る。高級車のようで後部座席は独立しており中央は小さなテーブルになっている。
「こんな高級車で来たんですね」
「そりゃープリシラはまだ国賓待遇よ? まだ国の管轄だからね。研究所を出て生活するようになるとまた変わると思うけどね」
「そういえばそうでしたね」
「………遥。これを食べたい」
「あ~………車の中で食べてもいいですよね?」
「冷める前に食べるといいわ」
折笠の確認が取れたので紙袋を開けて付属のおしぼりで手を拭いてハンバーガーと飲み物を取り出す遥。蓋のされた紙コップに入った飲み物は結露して雫が垂れている。袋からストローを出して蓋に刺して飲んでいた。プリシラもガントレットを外して真似をしている。
「………この筒から吸うの?」
「そうよ。それで飲めるわ」
「………!?」
ストローから紙コップの飲み物を吸うプリシラ。口に入ると炭酸の刺激が舌を襲う。表情は変わらなかったがプリシラにとっては初めての体験だった。だが舌は美味しいと言っているため戸惑った。
「そういう飲み物よ」
「………舌で弾ける」
「でも美味しいでしょ?」
「………凄く美味しい」
「じゃあ次はハンバーガー食べましょ。手が汚れるからまた真似して食べてちょうだい」
遥は紙に包まれたハンバーガーを半分ほど出した状態で口に運ぶ。遥と同じ要領でプリシラもハンバーガーを口にした。そしてプリシラに衝撃が走る。
プリシラは魅了された。ファーストフード店の複雑に絡み合った暴力的な味はプリシラを虜にした。しっかりとした味の濃い肉の味にチーズのとろけ具合にケチャップとマスタードが絡み合った味はまさに暴力。
ミノタウロスのステーキも確かに美味しかった。だがあれは上流階級の上品な味。だがこのハンバーガーはどうだ? まさに暴君の味! 全てを力で支配する暴力の味にプリシラは魅了され屈伏したのだった!
プリシラは一口目を飲み込むと勢いよく二口めを口にした。あまりの勢いに遥は驚いて声をかけた。
「ちょっ! プリシラ!?」
「………これは…美味しい!」
「え……ええ~…」
食べながら答えるプリシラに若干引く遥。短い間だがプリシラと食事をしてきが、食事の際の所作はどこか気品ある上品な優雅さを感じられた。だが今のプリシラからはそんなものはまったく感じられない。ただがっつくだけの獣だった。
「き…気に入ったのなら……良かったわ」
「ああ………困ったわ……」
折笠にとっては困った事態になってしまった。健康面を管理する者としては食事も気をつけたかった。まさか王族であるプリシラがファーストフードを気にいるなどとは微塵も思っていなかったのだ。
脳内ではララベルが困惑していた。こんなプリシラを見るのは初めてだったのだ。
(ね…ねぇプリ? それそんなに美味しいの?)
(凄く美味しい!)
(お…おおう。こんな元気よく返事してくれるプリは初めてだよ。私にも一口ちょうだい?)
(………一口だけ)
(いつもは結構食べさせてくれるのになぁ……)
体の主導権をララベルに移すと動きが止まり匂いを嗅ぐが濃い匂いということしかわからないのでとりあえず口にすることにした。口にして咀嚼すると表情が歪んだ。それを見ていた遥はララベルに変わったことを察した。
「ララベルはお気に召さない感じ? 味覚は違うの?」
「プリの体だから美味しいって言ってるんだけどね? 私の好みとしてはこういう濃すぎる味は苦手なんだ。すっごい複雑な感じだよ? 舌は美味しいって言ってるのに精神は嫌だっていう感覚」
「………言われても分からないわ」
「まあ変な気分だってk………」
ララベルが喋っている途中で無表情に変わり咀嚼し続けた。プリシラに変わったのだろうと察する遥だった。
(まだ喋ってたのに!)
(早く食べたかった)
(気に入ったようで何よりだよ!)
無理やり主導権を奪ったプリシラに文句を言うがこんなに食事に夢中になるプリシラは初めてだったので何も言わないことにした。
勢いよく食べ続けてすぐに食べ終えてしまった。そして遥が食べているハンバーガーを見るのだった。
「……あげないわよ。ほら。まだポテトがあるでしょ?」
「………ポテト?」
「紙袋の中にあるでしょ?」
言われて紙袋の中を覗くと小さい箱に細長いきつね色をした物がたくさんあった。プリシラは一本取って口に運んだ。程よい塩味とサクサクした歯ごたえの部分と柔らかい歯ごたえの部分があって美味しい。
「………これも美味しい」
そう一言言ってからポテトにがっつくプリシラ。助手席からは折笠のため息が聞こえてきた。あっという間にポテトを完食したプリシラは遥にポテトを分けてもらうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます