26話 ナンパ

 セーフエリアにはすでに何組かの探索者パーティや20人規模の探索隊がいた。渋谷ダンジョンのセーフエリアは広く場所は十分に空いているため壁際で休むことにした。当然二人は注目の的である。世間を騒がせたエルフに自衛隊の広報活動で顔が知れている遥の組み合わせは目を引いた。しかもBランクダンジョンを二人で攻略するという暴挙に出ている。


「ここにしましょうか。テント出してから夕食にしましょう」


「………わかった」


 遥がマジックバッグから二人用の大きさのテントを出す。ワンタッチ式なのですぐに設置できる。ダンジョン内なので地面に固定する必要もない。中に寝袋を敷いて終了である。濃い紺色のテントなので外からは見えない。


「これでいつでも寝れるわ」


「………便利」


「こういう道具は昔からあるわ。キャンプ用品がそのまま使われているわね。缶詰になるけど夕食にしましょう」


 夕食用にいろいろと買い物はしたのだが、周りには自分達以外にも休んでいる者たちがいるため調理すると匂いがどうしても出る。周りに迷惑をかけないために今回は缶詰にした。食べるのはレトルトのミリ飯だ。簡易テーブルと椅子をテント前に出して食事にする。温めなくてもそのまま食べることができる。


 プリシラはガントレットをつけたまま器用にスプーンを使って食べている。


「………美味しい」


「最近のミリ飯は美味しいのよね。温めるともっと美味しいんだけど周りにも人がいるからね」


「………昼食の時にも思ったけどダンジョンでこれだけ美味しい食事を食べられるのなら十分」


 十分満足したようなプリシラを見て遥は安心した。研究所では病人食が多かったが今では普通の食事を摂っている。研究所の食堂で食べており食堂のメニューは美味しい物ばかりだった。日本の技術と味を知ったプリシラがダンジョンでも良いものを食べたいと言わないか不安だった。王族ということを考えると野営などでも良いものを食べていたのではないかと予想したが杞憂だった。


 食事を食べ終えた頃に男の探索者が二人に声をかけてきた。


「自衛隊の一条さんとお台場で有名になったエルフの方ですよね?」


「…そうですが。何か?」


 警戒気味に返事を返す遥。プリシラは当然のように無視。見向きもしない。


 ダンジョンの中はある意味無法地帯だ。バレなければ何をしてもいい状態。ダンジョンを利用した犯罪は後を絶たない。ダンジョンが出来て民間に解放された当初は行方不明者が数多く居た。それは魔物に殺された者もいれば犯罪に巻き込まれた者もいる。セーフエリアとはいえ警戒するのは当然のことなのだ。


 彼はBランクダンジョンに潜っている者なので高レベルで高位と言われるジョブだと予想できたため警戒を強める。


「良ければ俺たちと一緒に食事にしませんか? 缶詰じゃ物足りないでしょう?」


「いえ、もう食事は取りましたので」


「そんなこと言わずに遠慮しなくていいですよ! エルフさんもどうぞ!」


 遥は断り、プリシラは再び無視。見向きもしない。


「彼女もいらないと言ってますので」


「いやいや遠慮せずに! それに二人じゃこのダンジョンは危ないですよ! 俺たちの探索隊と一緒に行きましょうよ!」


 しつこく話を続ける男性探索者。遥は内心焦っていた。プリシラが暴走しないか不安になってきたのだ。遥の推測ではこの男性探索者はプリシラの実力を知らない。エルフだと知っているのは予想か誰かから聞いたか。おそらくスタンピードが起こる何日か前からダンジョンに潜って素材を集めていたのだろう。


 プリシラの実力を知らしめた自衛隊との模擬戦を見ていればこんなことは言ってこないだろう。自衛隊の安藤隊はBランクダンジョンの下層を探索できる実力がある。世間ではAランクの中層までいけるのではとも言われている。


 模擬戦をした安藤隊は探索者に人気のある加藤がいるため有名だ。隊長が加藤から安藤に代わる時はニュースにもなったくらいだ。


 遥はどうするか悩んでいると反対側から今度は女性の探索者がプリシラに話しかけた。


「あ…あの~」


「………何?」


「え?」


 プリシラは反応した。先ほどの男性探索者は自分は無視されたのにと驚いている。


「自衛隊との模擬戦見ました! その……握手してください!」


「………ん」


 右手を差し出すプリシラ。ガントレットを付けたままだったがまあいいかと思い手を出すと女性探索者は握手するというより両手でガントレットを掴んだ。


「ありがとうございます!」


「………どういたしまして」


 女性探索者はお礼を言うとすぐに仲間たちの元へと戻っていった。戻っていった先には男性四名に女性三名が居た。八人パーティで潜っているようだった。戻ると嬉しそうに話している。


「なんで……俺は無視されたのに」


「この子極度の男性嫌いなの。だからあなた達の誘いには乗れないわ。そういうことだから帰ってちょうだい」


 落ち込んでいる男性探索者を見て好機が来たと言わんばかりに誘いを拒否する遥。男性探索者はガッカリしながら戻っていった。戻っていった先にいる探索隊の面々にナンパが失敗したことをいじられている。「今度は俺が行く」などと聞こえてくるためプリシラをさっさとテントに入れてしまおうと遥は考えた。


「プリシラ。早めに休みましょう。先に休んでいいわよ。私が見張りするから」


「………遥も一緒に休めばいい」


「え?」


 プリシラに濡れたタオルを渡そうと思い準備していたが予想外の返答が返ってきて戸惑う遥。


「ダンジョンの中なんだからどちらか一人は見張りしないといけないでしょ。二人だからキツイけどそうしないとダメでしょ」


「………結界を張る。こんな感じに」


 テントと簡易テーブルを箱で覆うように半透明の青い結界を作るプリシラ。結界が張られると外からの音もしなくなった。


「………これでいい」


「その……寝てる時も発動させてられるのね。MP……魔力は消費しないの?」


「………消費するけどダンジョンの中にいると自然回復するから大丈夫。魔力貯蓄分もあるから問題ない」


「そうなのね……でも………目立つわね」


 遥の言う通りセーフエリアにいる探索者全員がこちらを見ていた。先ほどの男性探索者の探索隊の者にいたっては何名かこちらに歩いてきていた。結界前まで来ると一人が結界を触ろうとしたその瞬間に弾かれた。弾かれた男性は驚いて後ろに飛び退いた。その後に一人が無理に触り続けて膝をついた。


「触ろうとするとああなるのね」


「………だから安心して眠れる。この程度の結界を触ってるだけで膝をつく者たちには破れない」


「なるほどね……ちなみにこの結界を破れそうな魔物はスタンピードにいた?」


「………ミスリルゴーレムなら破れると思う。もっと強い結界にする?」


「それなら安心ね。体拭いて寝ましょうか。寝袋もう一つ出すわ」


 テントの中に寝袋をマジックバッグから出す。タオルを濡らして絞ったものを持ってテントに入る。


 テントのチャック式の入り口を閉めて装備を外して二人で体を拭いているとプリシラが遥を押し倒した。


「…嘘でしょ?」


「………今日の分を揉んでない」


「ここダンジョンよ?」


「………結界があるから大丈夫」


「………………」


 遥は諦めてされるがままに揉まれるのだった。いつも通りプリシラはおっぱいに顔を埋め幸せそうな顔をしていた。表情が変わるのはこの時くらいである。

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