第13話 微笑み

 日本のテレビ局ほぼすべての局がプリシラの公開を生放送していた。


 ○○テレビ局ではエルフ公開生放送番組では芸能人たちが中継を見ながら番組を進めていた。


「お台場に現れたエルフ女性の公開された情報がこちらになります」



 プリシラ・プリミエール

 年齢:24歳

 性別:女

 種族:エルフ

 ジョブ:聖魔拳王


 プリミエール王国第2王女



「いやー王女様だったんですねぇ」


「意外と歳いってません? 10代かと思ってましたぁ~」


「やっぱりエルフだったんですね。あのジョブなんでしょう?」


 出演しているコメンテーターの芸能人たちが好き勝手に公開された情報にツッコミを入れる。


「『聖魔拳王』ですか。これは未確認のジョブでは?」


「おそらくそうでしょう。名前の通りのジョブなんでしょうかね」


 公開情報について話していく芸能人たち。話を進めていくうちに中継と繋がり、フラッシュ騒動が起きた。しばらくして遥と一緒にプリシラが出てきたことにスタジオにも安堵の空気が流れた。


「いきなり報道陣のフラッシュで中断しましたが無事に進みましたね。一条さんはファインプレーでしたね」


「まさかですよね。いくら何でもひどいですね。報道陣にはしっかりしてもらわないと。ねえ○○テレビさーん!」


「「「「ハハハハハハハ!」」」」


 一人の番組いじりに笑いが起きる。そしてすぐに司会の者が中継へと話を戻した。


「鈴木厚生労働大臣との握手が交わされました。少し戸惑ったのは文化的な違いでしょうか」


「ところで何で総理大臣じゃないんでしょうね? 何か情報はないんですか?」


「それが何もないんですよ。理由は不明です。探索者協会の田原副会長が笑ってますね。和やかに話は進んでいるみたいです」


「それにしてもプリシラ王女殿下美人ですねぇ~。創作だとエルフって大体美人に描かれてますけど本当に美人なんですね」


「お人形さんみたいですよねぇ~! 表情が変わらないんで余計にそう見えちゃいますぅ~」


「隣の一条二尉もアイドルや女優顔負けの美人すぎる自衛隊員として有名なんですけどね」


 出演者たちが中継を見ながら感想を漏らしていると現場には動きがあった。


「おや、もう模擬戦に行くようですね」


「挨拶程度でしょうからね。時間も押してるんでしょう。フラッシュで」


「「「「ハハハハハハハ!」」」」


「おや? 一条二尉と安藤一尉が何か揉めてませんか?」


「そのようですね? 音は………拾えそうに…ないみたいですね。ん? ああそうですか。この間に今回模擬戦に参加する注目の自衛隊隊員を紹介しましょう」


 司会の者が指示を受けて応えると画面が隊員のステータスへと変わった。


 隊長の安藤、そして隊員の加藤と和田の3人のステータスが映された。一部の自衛隊隊員はステータスが公開されている。



 安藤 健

 年齢:33歳

 性別:男

 種族:人間

 ジョブ:炎魔導士

 レベル:210

 SP:820/820

 MP:1500/1500

 力:250

 体力:300

 敏捷:300

 器用:315

 魔力:410

 聖力:320

 運:90


 スキル:火炎魔法LV6 魔法強化LV4



 加藤 拓海

 年齢:36歳

 性別:男

 種族:人間

 ジョブ:大剣術師

 レベル:230

 SP:990/990

 MP:420/420

 力:320

 体力:300

 敏捷:220

 器用:200

 魔力:160

 聖力:300

 運:80


 スキル:大剣術LV6 身体強化LV5 ウェポンエンチャントLV3



 和田 聖

 年齢:28歳

 性別:男

 種族:人間

 ジョブ:大関

 レベル:190

 SP:1300/1300

 MP:560/560

 力:360

 体力:360

 敏捷:140

 器用:240

 魔力:260

 聖力:350

 運:100


 スキル:相撲格闘術LV4 身体強化LV4



「「「「おお~!」」」」


 ステータスが表示されスタジオから声が上がる。


「何度見ても凄いステータスだなぁ。これでトップチームじゃないってんだから驚きだよ」


「自衛隊のなかでは確か三、四番目のチームでこれですからね」


「私そんなに詳しくないんですけどぉ~、加藤さん人気あってレベルも高いのにステータス低くないですかぁ~? 和田さんよりも低いですよぉ〜?」


「ジョブによってもステータスの伸びが変わるんですよ。加藤さんは俗にいう『下位ジョブ』なので伸びにくいんですよ。レベルは少し上がりやすいんですけどステータスは伸びないんです。なのに加藤さんは凄く頑張ってますよ! その頑張る姿と人格がとても良いのが人気なんですよね。探索者たちからは『カトチン』の愛称で慕われてます」


 これが所謂ジョブ格差である。ジョブによって数値の伸びが違うためダンジョン探索の限界が来るのも早い。また、習得するスキルも少なく威力のあるスキルを覚えられないため高ランクダンジョンだと攻撃が通じなくなってくる。そのため加藤のような『下位ジョブ』と言われているジョブでレベル200を超える者は少ない。


「加藤さんがこのステータスでも前線にいるのはスキルのウェポンエンチャントのおかげですね。休日にダンジョンに行ったらたまたまスキルオーブが出たらしいですよ。本人は運が良かったと言ってました」


 スキルオーブはダンジョンの魔物が極稀にドロップするアイテムで、新たにスキルを取得することができる。しかし、生来持っているスキルと比べるとスキルレベルが上がりにくい傾向にある。ものによってはスキルレベルが上がらず全然使えないものもある。


「私は何度見ても和田隊員のジョブが気になりますね。当時『大関』って相撲系のジョブは笑いましたよね。なんで相撲って昔騒がれましたよね」


「懐かしいですね! 皆突っ込んでましたよね。あとは忍者系も突っ込まれてましたね。でも相撲系のジョブって凄く強いんですよね。ヘイトを取るスキルもありますし、攻撃力も高い強力なスキルもある上に頑丈。アタッカーも出来るしタンクも出来る。素早さはありませんが凄く強いジョブです」


「隊長の安藤さんは見て分かる通り魔法が強力です。最近隊長に抜擢されてさらに躍進していますね」


「あ! 動きがあったようですよぉー! 中継に戻りましょうよぉ~!」


「そうしましょう。………どうやら…これから模擬戦みたいですが。あ…今から模擬戦の内容を説明するようですね」


 一同が中継を見る中驚くべき模擬戦の内容が説明されていった。


「え? 大丈夫ですか…これ……」


 スタジオは騒然とするのだった。


 ◇


 現場では遥がまた憤慨していた。


「ふざけてる! 本当にやるなんて!」


「さすがに俺も真顔で答えてくる上官相手に顔に出そうになった」


 安藤が確認に行ったが結果は変わらず1対20だった。上層部は何を考えているんだと二人で憤慨している。


「私が抗議しに……」


「………別に構わない。1対多は得意」


「プリシラ………ごめんなさい。こんなことになってしまって」


「………問題ない」


 ステータスの高いプリシラとはいえさすがに1対20は無理があると遥は思っていた。自衛隊は前衛のジョブも後衛のジョブもいる。ステータス差があっても対処できないだろうと。


 人類は未知のダンジョンに挑み耐久力が高い魔物や大型の魔物にも対抗してきた。それは人類には知能という最大の武器があるからだ。ステータスに差があっても考えを巡らせ数々の魔物を倒してきた。


 今回も同様だ。チームで格上を倒す。自衛隊にとってはいつものことなのだ。今回は対人戦で異なる点はあるが人か魔物かの違いだ。いくら動きが速くても動きを止めてしまえば関係ない。そういう戦い方をして止めてしまえば攻撃を当てるだけだ。


「……安藤さん。本人が良いと言っているので準備に入ってください」


「…いいのか?」


「…上からの指示ですから」


「…わかった。準備ができたら合図する。そっちは一条が離れることが準備完了の合図としよう」


「わかりました……」


 上の命令だからと自分を殺す遥。悔しくて歯を食いしばる。安藤は二人から離れて部隊へと戻り隊員たちに今の出来事を話す。


「…安藤隊長、本当に20人で相手するんですか?」


「ああ。そうしろってよ」


「上は何を考えてるんだが………」


「わからん。とにかくやるぞ。怪我はさせないようにな」


「「「「「はい!」」」」」


 隊員が安藤の声に返事をする。だが、全員いつもより若干声が小さかった。


「加藤さんは彼女の戦うところを見たことがあるんですか?」


「ちょっとだけな。というか安藤。俺はもう隊長じゃないんだからな」


「硬いことはなしです。それでどうでした?」


「正直に言うぞ? 今すぐ逃げ出したい」


「「「は?」」」


 数人の隊員が素っ頓狂な声を上げた。下位ジョブでありながらレベルを230まで上げた加藤は人望があり同部隊の全員から慕われている。必死に頑張ってきた加藤がこんなことを言うとは思っていなかったのだ。


 全員プリシラの予想ステータスを見て強いのは知っている。だが20人もいれば負けることはないだろうと踏んでいたのだ。これだけの人数ならば搦め手も出来る。


「はっきり言う。絶対勝てん。おそらく俺たちは何も出来ずに負ける」


「加藤さん。それは言い過ぎでは?」


「真面目に言ってる。うちで対抗できそうなのは藤原くらいだな」


「え? 俺っすか?」


 名前を出されて藤原は思わず声を上げる。藤原は日本人特有の忍者系ジョブの『上忍』で敏捷値が一番高かった。


「お前、敏捷値いくつだ?」


「今450ってところですけど」


 加藤は藤原が全力で動いた時の速さを知っている。だが遥がプリシラを試した時に見た速さには遠く及ばないとわかっていた。


「………無理だな。ほら。準備するぞ」


 隊員たちは加藤の言うことが信じられなかったが配置に着くことにした。




 ◇




 一方のプリシラはというと………


(硬い地面に砂)


(滑りそうだね~)


(問題ない)


(だろうね~)


 プリシラはしゃがんで地面の感触を確かめていた。例えるなら小中学校の土のグラウンドのような地面だった。


「プリシラ………本当にいいの?」


「………大丈夫」


「…わかったわ。無理しないでね」


 短い付き合いだがプリシラが自分に心配をかけまいとしていることがわかる遥は申し訳なさでいっぱいだった。彼女に何もしてあげられない自分に腹が立ち、無力だと実感させられた。


 今はプリシラの無事を祈るしかない。



「……遥」


「何?」


「……さっきも、今も、私のために怒ってくれてありがとう」


「え?」


「……自分のために怒ってくれる人がいるのが嬉しかった」


「…………」


「……組織に属するなら時には理不尽に耐えなければならない。それはわかる。


 納得できなくても、理解できなくても、命令ならばやらなければいけないことがある。それもわかる。


 怒りに身を任せて暴れてしまいたい時もある。でも出来ない。それは痛いほどわかる」



 プリシラは地球に来る前には戦いばかりだった。言われた通りに、命令通りに、理不尽でも納得できなくても理解できなくてもただ戦い続けてきた。時には怒りに任せて全てを壊そうとも思った。だが出来なかった。それをすれば多くの民が傷つくから。


 プリシラにそういった道徳があるのは母から学んだものだった。母と過ごしている時間だけが何もかも忘れられた。自分はただ母と過ごしたかっただけなのに。


 自分の思いが組織に消されていた時があったからこそ遥の気持ちが少しわかった。


 そして遥はプリシラの気遣いが辛かった。何もできなかった自分を責められている気がしたからだ。本人にその気がないのはわかっている。だが気を遣わせてしまったと言うことと、ここまで言わせてしまったことが遥の罪悪感を煽った。



「……だからね。遥の代わりに私が暴れてこようと思う」


「え……ええ?」


「……私が遥の代わりに怒ってくる。だから暴れてくる。それに、私も籠の中の鳥でいるのは飽き飽きして来た。あの男たちには申し訳ないけど鬱憤を晴らさせてもらう」


「え? ええ? ちょ…ちょっと…プリシラ?」


「……遥は凄く真面目。だから少しは発散したほうがいい。我儘になったほうがいい」


「そうしたいんだけどね………」


「……遥は…もう少し気楽に考えた方が良い」



 そう言ってプリシラは遥に微笑んだ。ララベルに変わる時以外には見ることができなかったプリシラの笑顔。


 その笑顔を見て遥は安らいだ。その笑顔には安心感があった。



「…そんな顔もできるのね」


「……ララみたいに上手くは変えられない」


「フフッ。訓練しないとね。わかったわプリシラ。任せるわ。私の代わりに暴れてきてちょうだい」


「……わかった」


「でも、ちゃんと手加減するのよ」


「……善処する」


「もう。頑張ってね」



 遥も笑顔になり一声かけてからプリシラの元を離れた。そしてプリシラは自衛隊の方に向き直り、左手と左足を前に出して右腕を曲げて手を胸の辺りにくるようにし、少し前傾気味に構える。


(遥のためにも頑張らないとね~といっても私出番ある?)


(必要ない)


(ありゃー結構怒ってるね?)


(遥の代わりに私が怒るから)


(相手はお気の毒だね!)


 向こう側も準備ができたようで手を上げている。


「それでは! これより模擬戦を始めます!」


 係員の声が訓練場に響き渡る。


「はじめぇ!」


 しばらくして開始の号令が訓練場に響き渡った。


 その直後にプリシラは地魔法を発動。石柱が自衛隊隊員たちの周りに計六本迫り上がった。


 自衛隊員たちは柱が迫り上がることに一瞬気を取られた。その一瞬でプリシラは距離を詰め自衛隊員たちの目の前にいた。


 プリシラは一番ガタイが良く大きい隊員、和田の腹に右手で掌底を叩き込んだ。


「!?」


 掌底を叩き込まれた隊員は声を出すこともできず吹っ飛び、後衛を一人巻き込んでプリシラの出した柱に激突した。


(まず二人)


 これを皮切りにプリシラの蹂躙が始まるのだった。

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