第12話 お披露目
お披露目当日。時間までいつも通り資料に目を通して過ごすプリシラ。
一方の遥は苛立ちが募っていた。プリシラを見せ物のようにされることはもちろんのこと、その後にプリシラにかかる面倒ごとなどを考えると腹が立ったのだ。プリシラのことを何も考えていない上層部への苛立ちもあって非常に機嫌が悪かった。
「………遥」
「何?」
「………どうして怒っているの?」
「上の決定に苛立っているのよ。今日のあなたは見せものよ。しかも模擬戦なんてすればあなたの実力が知れ渡るわ。世界中からあなたの力を利用したい輩が来るとわかってるのよ。あなたに面倒ごとを持ってくるようなことをするのが苛立つの」
この苛立ちをどこにぶつければいいのかわからず拳を強く握ってしまう遥。こんなにも苛立つのは久しぶりでどうすればいいかわからなくなっていた。
「………私にはよくわからない」
「この世界を知らないんだから当然よね」
「………どこの国でも上にいる者たちは勝手で自分のことしか考えていない」
「王女様だけあってそういうのはわかるのね」
「………私はそれで殺されそうになった。何度も」
「!?」
遥は目を見開いてプリシラを見た。報告書でどういった経緯で男嫌いになったかも読んで知っていたが殺されかけた等は地割れに落とされた時のことしか書かれていなかった。
「………今日は殺される心配はないんでしょう?」
「え…ええ。その心配はないはずよ」
狙撃されることなども考えたが今日使用する訓練場は高い壁があるのと周りに狙撃が出来るような高さの建物はない。あるとしたら近距離での発砲やスキルによる攻撃だがそんな距離ならプリシラは簡単に防いでしまうだろう。
「………この後のことは嫌なことかもしれない。だけど、殺されるよりはいい」
「そうね………ごめんなさい」
「………別に謝らなくていい」
「…………」
何か喋ろうとしても言葉が出ない遥。過ごしてきた環境と価値観の違いに戸惑ってしまった。プリシラのいた世界は地球で言うところの中世ヨーロッパ程度だと予想されている。一般的な移動手段が馬車だということからの予想でしかないが大方当たっていた。
そんな時代の者と、現代を生きる者の価値観は違って当然だ。さらにプリシラは王族だ。政治の嫌な部分などたくさん見てきたのだ。
遥とは生きてきた環境が違いすぎる。何を言葉にしようか悩んでいると部屋の扉がノックされて、折笠が入室してきた。
「そろそろよ。行きましょうか」
「…わかりました」
二人が立ち上がり折笠についていく。模擬戦があるためプリシラは歩きながらガントレットをつけていた。
しばらく歩いて開けた場所に来た。大きな扉があり外からはざわめきが聞こえてきていた。
「プリシラ。体は大丈夫?」
「………大丈夫」
「ならいいわ。あの扉を出ると外に出るの。その先に国のお偉いさんがいるわ。挨拶してくるでしょうから適当に答えてちょうだい。あなたがどういう性格かは伝えてあるから配慮してくれるはずよ。遥はサポートをお願いね」
「できる限りのことはします」
「じゃあよろしくね」
そう言って折笠は歩いていった。
「じゃあ……行きたくないけど行きましょうか」
「………うん」
二人で扉の前まで歩き遥が扉に手をかけ開いて体を出すと、凄まじい数のフラッシュとシャッター音が飛び交ってきた。
「………」
遥はその光景に嫌気が差して体を引いてそっと扉を閉めた。
「………どうしたの?」
「…昨日光のことを少し話したでしょ? 凄まじい数の光が飛んできたの。なしにするって言ってたのに……」
「………少し見えてた」
「どうすればいいのよ………」
外ではざわめきが大きくなっている。悩んでいると外から「フラッシュはやめてください!」と聞こえてきた。周知していたが守るものはほとんどいなかった。集団心理も働いて自分一人がフラッシュを焚いても問題ないだろうと考えるものが多数だったのだ。『赤信号、皆で渡れば怖くない』もここまでくるかと遥は呆れるのだった。
1、2分して中から案内の女性職員が来た。
「すいません。もう大丈夫かと思いますので」
「またフラッシュが来たらどうすればいいですか?」
「その時はまた戻ってください。同じことが起きれば全報道陣から機材を没収しますと告げてあります」
「随分な強硬手段ですね。わかりました」
「よろしくお願いします」
女性職員は戻らずにその場に残った。同じことが起きた時に対処するためだ。
「さっきも言ったけど、行きたくないけど行きましょうか」
「………うん」
再び扉に手をかけて開いて外に出る遥。それに続くプリシラ。今度はシャッター音だけでフラッシュは来なかった。それでも何回かフラッシュは焚かれた。
「まったく……まだフラッシュ焚くのね」
呆れつつも前に進む遥。プリシラは不思議に思ったが遥が歩いていくので付いていくのだった。プリシラは研究所の外に出るのはダンジョン以外では初めてだった。そのためキョロキョロしながら歩いていく。
歩いていく先にはスーツ姿の50代ほどと思われる女性が二人いた。
一人は厚生労働大臣の鈴木菊枝。今回女性だからと言う理由でこの場に選ばれた。
もう一人は探索者協会副会長の田原菫。研究所の所長である田原の妻でもある。
二人の元に歩いていく遥とプリシラ。その間もシャッター音は絶えなかった。遥が二人の前で止まるとプリシラもつられて止まった。遥が一礼して一歩横に移動すると二人がプリシラの前に来て一礼する。
「初めましてプリシラ王女殿下。日本へようこそ。厚生労働大臣の鈴木菊枝と申します」
「私は探索者協会副会長の田原菫です。お会いできて光栄です」
「………」
挨拶する二人に対して無言のプリシラ。厚生労働大臣の鈴木は握手を求めるように右手を差し出している。まったく反応がないため少し焦っていた。
そこへ遥がプリシラに近づき耳元で声をかける。
「ちょっと! 握手よ握手。わかるでしょ?」
「………ガントレットをしてるから」
プリシラのガントレットはそこまで大きいものではないとはいえ武器だ。それをつけて握手に応じていいものかを悩んでしまって動けなかった。
「あ………大臣。彼女はガントレットをしているので悩んでいたようです」
「そういうことでしたか。形だけで構いませんよ」
年の功か理由を聞きすぐに持ち直した鈴木。プリシラも手を差し出し触れるように握手をした。その瞬間にまた凄まじいシャッター音が聞こえた。田原とも握手をしてプリシラが話す。
「………見ず知らずの私を助けてくれたことに感謝を。何らかの形で恩は返したいと思う」
「当然のことをしたまでです。ダンジョンに潜ることを希望されていると聞いています。ダンジョンのドロップ品を国に卸していただけるだけで十分かと思います」
「………そのつもり」
「皆王女殿下に期待していますよ。皆の刺激になってあげてください」
「………期待に応えるつもりではいる」
思った以上にちゃんと受け答えするプリシラに大臣たちは安堵した。一条も問題なく話すプリシラに安堵した。
一方のプリシラは訓練場に視線を向けた。
「………あれが模擬戦の相手?」
「はい。自衛隊のダンジョンに潜る精鋭たちです」
「………前から思っているけど」
「何でしょう?」
「………ジエイタイというのは何? 騎士団?」
予想外の質問に唖然とする3人。今までわかっていなかったのかと遥は全力で突っ込みたかった。さすがに大声で突っ込むわけにはいかないのでどうしようか悩んでいると田原が声を上げて笑った。
「アッハッハッハ。殿下、似たようなものでございます。自らを衛るという意味ですよ」
「………国を衛る。そのままね」
「さっそく模擬戦に移りましょうか。一条さん。案内を」
「あ…はい! わかりました」
自衛隊の説明を放り捨てて遥に模擬戦へと移るように指示を出す田原。遥は我に帰りプリシラと自衛隊隊員たちの元へと向かう。
「プリシラ。ちゃんと手加減するのよ」
「………大丈夫」
「不安だわ」
訓練場の中央に男性隊員が一人代表でいる。総勢20名の部隊を指揮する安藤一尉。ジョブは『炎魔道士』で後衛職だ。その名の如く炎魔法を得意とするジョブである。
「お久しぶりですね。安藤さん」
「ああ、久しぶりだな一条。出世おめでとう」
「ありがとうございます。それで……模擬戦としか聞いてないのですが…どういうふうにやるんです?」
「いやー……それがな。俺たちも信じがたい指示を出されてな………」
「?」
不思議に思い詳細を聞くことにした一条。内容は単純だった。1対20という信じられない内容だった。
「一体どういうことですか!」
「俺も抗議したさ。ステータスが本当かどうか試せの一点張りだったんだよ」
「20人で相手するなんて…誇りはないんですか!?」
「俺に怒られても困るんだよ。とにかく落ち着いてくれ。念の為に今からもう一度確認してくるからよ」
安藤が駆け足でその場から離れて見学している上官たちへの席へと向かった。上官や政治家たちの席は見やすいように少し高い位置に設置されていた。
「まったくもう………」
「………別に構わないけど」
「ごめん。こっち側の問題が大きいの。さすがに自衛隊の精鋭20人が一人の女性に寄ってたかって攻撃する絵面は不味いのよ。しかもこれだけのマスコミの前で」
「………それだけ聞くと犯罪っぽい」
「でしょ? プリシラの国でも騎士団がそんなことしたら問題になるでしょ?」
「………死刑囚相手なら問題はない」
「あなたは死刑囚じゃないでしょう」
「………そうだった」
どこか抜けているプリシラにため息を吐く遥。このあとの模擬戦がさらに心配になるのだった。
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