第11話 公開日
「さて、報告なんだがな。彼女の一般公開日が決まった」
その報告に遥は苛立ちを隠そうともせずに眉間に皺を寄せた。
「不満か?」
「彼女はモノではありませんし、動物園で公開される新種の動物でもありません」
プリシラの扱いに苛立つ遥。まだプリシラと関わって二日だが、エルフという種族であってもプリシラのことは一人の人間と思い接している。寡黙で無表情だが感情があることはわかっている。それをモノの様に扱うお偉方の扱いに苛立っているのだ。
だが世間では新種の動物扱いだ。何せファンタジーの世界にしかいないと思われていたエルフが現れたのだ。プリシラ以外には確認されていないため地球で唯一のエルフということになる。そんな存在を自衛隊が保護という名目で情報を明かさずにいるのだから変な憶測が飛び交ってもおかしくはない状況なのだ。
「………いい言葉が思い当たらんのだ。世間は自衛隊が彼女を実験動物にでもしていると思っているのかマスコミにもインターネット上でも騒がれていてな。彼女の健康上の問題として誤魔化しているが限界らしい。それでマスコミも入れて大々的にお披露目しようというふうに決めたらしい」
「………日時は?」
「11月1日1500。ここの屋外訓練場だ」
「三日後ですか。早いですね」
「ああ、マスコミやらへの準備があるからこれでも伸ばしたほうだろうよ。その割にゃ日曜日を指定するあたり圧力の強さが窺い知れるな」
「ウエモタイヘンデスネ」
「あからさまな棒読みの気遣いありがとうよ」
形ばかりの気遣いをする遥。正直なところ遥は上の苦労などどうでもいいのだ。むしろ苦しめと思っている。
「それで、今日はここのダンジョンに行ってきたんだろ? 彼女の状態はどうだ?」
「問題ありません。MPもかなり回復した様で快調だそうです。九嶋さん。折笠さんから報告は受けてませんか」
「受けているよ。健康上は問題ありません。MPが回復しきっていないことくらいですね。可能なら公開日前にもう一日ダンジョンに入れてあげてMPを回復させてあげた方がいいでしょう。彼女にとってはダンジョン内の方が快適らしいので」
「なら前日にもう一回入ってもらう方がいいかな。所長、手配しますがよろしいですね?」
「いいよ。そのあたりは底橋君に任せるよ」
「わかりました」
底橋がさっそく連絡し手配している。性癖に問題があっても優秀な男なのだ。
「ところで、公開と言ってもどんなふうにするんです? 総理大臣でも来て凄まじいフラッシュの中握手させるんですか? その後に記者会見でもするんです?」
「握手するのは厚生労働大臣だってよ。記者会見はないらしい。あとレベルが高いことがわかっているから自衛隊との模擬戦だってよ。意味がわからん」
「なんで厚労省………ああ、大臣が女性だからですか。少しは気を遣ってるんですね」
「ああ、あれそういうことか」
上にはプリシラが極度の男性嫌いだと報告書に記載していため、関係のない厚生労働大臣を指名した。本人も聞いた時は何故と首を傾げたほどである。
「気づいてくださいよ。それと模擬戦ですか…正直意味がわかりませんがダンジョンに潜るってことも公開するわけですね。さすがにステータスをすべて公開するのはやめた方がいいと思いますよ」
「公開するのは名前とジョブと種族だってよ。あんなん見せても信じられるかわからんし常識的にも良くない。模擬戦を見れば実力はわかるしな」
「ところで上は彼女のステータスの予想数値を知っているのでは? 何故わざわざ模擬戦を?」
「何日か前のお前と一緒で信じられないんだろ。もしくはただの好奇心で見たいだけだろーよ」
「………私が言えたことじゃないですがひどいですね」
「まあそういうわけだからよ。公開日は彼女についてやっててくれ。以上だ。じゃあ俺は行くからよ」
「わかりました」
立ち上がり退出する坂本。その後ろ姿には疲れが見てとれた。
「さて、じゃあ………彼女の報告だけどね。ダンジョン内のことはMPの回復のためとだけ報告するようにしようか」
「え? 所長? 何故そんなことを?」
底橋が田原の言葉に疑問を感じて聞き返した。それは残っている九嶋と一条も同じ気持ちだった。
「だって模擬戦に向けてダンジョン内で体動かすんでしょ? どんな動きをしていたとか言わない方がいいでしょ?」
「まあ…いきなり体を全力で動かすのは不安なので私はそうしてもらうつもりでしたが、なぜ内容を報告しないんです?」
担当医の九嶋はプリシラの体を気遣い模擬戦前には一度感覚を取り戻す様に体を動かしてもらうつもりだった。だが、所長である田原はそれを報告しなくていいと言う。
「いや~だってさ。不公平でしょ? 何人と模擬戦するか知らないけど向こうは彼女のステータス情報全部知ってるのに彼女は知らないんだよ?」
「言われてみるとそうですが………」
「だから向こうには模擬戦で訛った体を慣らすみたいに思わせておけばいいんだよ。それにね」
何か悪巧みを思いついたかの様な目をサングラスの奥でしている田原だが、サングラス越しのため他の者は気づかなかった。
「そのほうが見る方は面白いでしょ? なにより俺が面白い。自衛隊の面々が彼女にボコボコにされるのが楽しみだよ!」
「「「……………」」」
唖然とする一同をよそに楽しそうにする田原であった。
◇
予定を伝えられるプリシラだが反応は淡白なものだった。「別にそれでいい」の一言だった。
模擬戦のことよりも新たに渡されたジョブの資料とダンジョンの資料を読む方がプリシラにとっては大事だった。
前日にダンジョンに入りMPを回復させて、地球に来る前のように体を動かすプリシラ。スキルもいくつか使用し自身の感覚を確認していく。
その様子を見ていた一条と折笠は開いた口が塞がらなかった。一条は現役でダンジョンに潜っており、折笠も学生時代にはダンジョンに潜っていたが、それでも考えられないことをプリシラやってのけていた。
空中を自由自在に飛び回わっていると思えば直角に動く方向を変えたり、地形を変えるほどのスキルを発動させたりしていた。ダンジョンの地形は時間が経てば元に戻るということが確認されているが、それでも元に戻るには時間がかかりそうなほどだ。
「………体やスキルは問題ない。あとは対人戦の感覚。少し訛っていると思う」
「凄まじいわね………こんなに凄いなんて思わなかったわ」
「はい。スピード型だと思っていたのでここまでの破壊力を持っているとは思いませんでした」
「………遥。模擬戦をしてほしい」
「…私じゃプリシラに手も足も出ないわよ」
「………私は防ぐだけ。攻撃するだけでいい」
「まあ……それならいいけど」
そう言ってプリシラと模擬戦をする遥。時には拳を寸止めされるなど遊ばれている様な気分になった。だがレベルの差はもちろんのこと、彼女の技量の高さも実感できた。同程度のステータスだったとしても技量で負けそうだとも遥は感じていた。
「プリシラ。そのくらいにしてあとは魔力を回復させましょう」
「………ん。わかった」
「はあっはあっはあっ! 終わりね……」
「………うん。付き合ってくれてありがとう」
「どういたしまして。明日は手加減するのよ!」
息ひとつ切らさないプリシラを見て明日のことが心配になった一条。明日プリシラと模擬戦をする者たちはおそらく攻撃を受けないといけないだろうと思うと心配になった。被害を出さないためにもプリシラには釘を刺しておきたかった。
「………大丈夫」
「心配だわ………」
「プリシラ。魔力はもう全回復してる?」
「………私の魔力は回復したから、あとは装備の貯蓄分」
「装備の貯蓄分は貯まりそう?」
「………あと半日居れば限界まで溜まると思う」
「う~んあと少しで戻らないといけないから無理そうね。なくてもあなたの魔力量なら大丈夫でしょう。あくまで模擬戦だから」
ダンジョンでの慣らしを終えて研究所に戻った三人。シャワーで汗を流して夕食を取った後に折笠がプリシラの元に来た。その手にはカメラがあった。
「プリシラ。ちょっと確認したいことがあるの。今からあなたに光を一瞬当てるから平気かどうか確認させて」
「?………わかった」
プリシラは何かわかってないようだった。折笠はカメラのフラッシュの確認に来たのだ。エルフにとってカメラのフラッシュがどう影響するかがわからないので試すことにした。
フラッシュを焚いて撮影する折笠。
「………何ともないけど」
「それならいいんだけどね。今のがたくさんくるとどう?」
「………目が痛くなりそう」
「やっぱりそうよね。一応フラッシュはやめてもらうことにするわね。わかったわ。ありがとう」
そう言い残して折笠は退出していった。プリシラはまだよくわかっていないみたいだった。
「明日のお披露目でああいう光がいっぱいくるかもしれないから確認したのよ。プリシラはあんな光なんて滅多に見たことないでしょ?」
「………夜の落雷くらい」
「そのくらいよね。そんな光が連続でたくさんくるかもしれないから気を遣ってるのよ」
「………どうしてたくさん光らせるの?」
「説明が難しいわね………」
どう説明したものか悩んだが遥は諦めた。まず写真の説明からしないといけないし、それを理解してくれるかもわからない。だから説明を諦めた。そしておっぱいを揉ませておけばどうでもよくなるだろうと考えた。
案の定おっぱいを揉ませたら何も聞いてこなくなった。何かと興味を持つことが多いプリシラだがおっぱいより優先度は低かったようだ。
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