第9話 呪い
プリシラにとんでもない条件を出された遥。周りの者に説得され渋々了承した。
だが遥もタダでは引かなかった。
手始めに手当を増やせと要求。言っている本人ですら『おっぱいを揉まれる手当』とは一体何かを考えてしまった。
監視カメラのない部屋の移動。当然である。なぜ恥ずかしい絵面を見られなければいけないのか。
この二点で済むのならと表面上は複雑な顔をして坂本は了承した。坂本としてはこの程度ですむなら構わないという考えだ。女性としての尊厳を最低限守れば国に多大なる利益をもたらしてくれる者に付いていけるのだから。
馬鹿正直に作成してしまった書類を見て「なんだこれは?」と思わず口にしてしまったのは仕方のないことだ。誰だって『おっぱいを揉ませることへの手当』という書類があれば自分の目を疑うだろう。そういう店ではないのだから。特別手当に直して書類を作成し直すのだった。
そして遥はプリシラの世話係にもなった。護衛(監視)をするなら互いに分かっていた方がいいだろうとの配慮だったが要らない配慮だった。同性の折笠がサポートとして付いているが遥は納得できない気分でいっぱいだった。
翌朝からプリシラと遥の生活が始まった。
◇
遥は奇妙な生活になると思っていたが生活はおっぱいを揉まれる要素以外静かなものだった。プリシラは自分から喋るタイプではなかった。時折ララベルが出てくるが、喋らないプリシラと騒がしいララベルに慣れてしまえば普通だったのだ。折笠からも二重人格に慣れれば凄く大人しいと聞いていたが予想の上を行く大人しさだった。
移った個室でプリシラはジョブに関する資料を読み耽っているだけだ。わからない点があれば聞いてくる程度だった。
遥はなぜプリシラがダンジョンに潜りたがっているのかが気になったので聞いてみることにした。折笠からは敬語は必要ないと言われて戸惑いはしたが、友人に話しかけるような感じで話すのだった。
「ねえプリシラ」
「………何?」
「どうしてダンジョンに行きたいの?」
「………帰れるかもしれないから」
「…どこに?」
「………お母様のいる…こことは違う世界に」
「違う…世界?」
報告書でプリシラが異世界から来たであろうことは知っていた。だがいざ聞いてみるとピンとこない。身近にダンジョンというファンタジー世界の産物があるが、遥が生まれた頃にはダンジョンがありダンジョンがあることが当たり前だった。ダンジョンが出来てから生まれた者たちにとって『異世界』は非現実ではなく現実でしかなかった。
「………そう。私はこの世界の者じゃないから」
「家族に会うためにダンジョンに潜って、神様への願いに帰ることを要求するの?」
「………そういうことになる」
「家族………か」
遥は父親を亡くしている。もう会うことはできない。だからこそ会える希望を探すプリシラのことは理解できると同時に少しだけ羨ましかった。
まだ会えるかもしれないから。可能性は限りなく0に近くても0じゃないかもしれないと思えるのだから。
亡くなった父親のことを考えているとプリシラが話しかける。
「………あなたはどうしてダンジョンに?」
「え?」
プリシラからの不意の問いに驚いた遥。思わず固まってしまった。
「………言いたくないのなら、別に言わなくても」
「あ…ああ。ごめんなさい。別に言いたくないわけじゃないの。少し驚いちゃってね。私は亡くなった父に憧れていてね。父のように、誰かを守れる人になりたいの」
「………ダンジョンで亡くなったの?」
「スタンピードよ。ダンジョンから魔物が溢れ出したの」
ダンジョンから魔物が溢れ出すスタンピード。ダンジョンの魔物を放置し続けると起こると言われている。ダンジョンから溢れ出した魔物からはドロップアイテムも出なければ倒してもレベルも上がらない。倒せばただ消えてしまうだけだ。そのため魔物が人を襲い建物を壊すだけの災害が起きる。
「父は私と同じで高位のジョブについていて、剣術道場をやりながら探索者もしていたわ。スタンピードで探索者協会から呼び出しを受けて対処にあたってそれで亡くなったわ。父を連れて行った探索者協会を恨んだりもしたわ。でも何日かして家に人が来てね。私の父に助けられたってお礼を言いに来た人だったの」
「………立派な方だったのね」
「そう思うわ。その時かしらね。父みたいに誰かを守れる人になりたいって思ったのは。だから自衛隊に入ってダンジョンに潜ってレベルを上げてるわ。幸いジョブにも恵まれてたからね。っと…喋りすぎたわ。こんなこと聞かれるのあんまりないから」
「………それは………本心?」
「? ええ。本心よ」
プリシラの質問の意図がよくわからず咄嗟に肯定する遥。
「………そう…ならいい」
質問の意図を聞こうとしたがプリシラが資料に視線を落としたので聞くのをやめた。よくわからないが特に聞く必要もないかと思い聞かなかった。
(可哀想だねこの子。亡くなった父親に呪われてる。しかも呪いを美化してる)
(うん。すぐに解けるものじゃないし、魔法で解けるものでもない)
(自分で気づくしかないもんね。それまでは何もできないね)
(だから何もしない)
(それがいい)
プリシラとララベルからすると目の前の遥は呪いにかかってるとしか思えなかった。
プリシラは「立派な方」と言ったがそれは父親のことではない。お礼に来た人物のことだ。父親に守られた人はもっと多くいたはずだし戦っていたのも父親だけではないはず。慰霊碑にまとめて感謝を祈るだけでなく、対処にあたった中の一人の遺族にお礼を言いにくることは立派だと思ったのだ。そのお礼に来た人というのも国の組織の者がただ回っていただけなのかもしれないとプリシラは推測した。ララベルに至ってはそういう呪いの掛け方もあるのかと感心したほどだ。
(なんていうか……この世界なのか国なのか……一面を垣間見た気分だよ)
(平和な国っていう証拠だと思う)
(理想? なのかなぁ~)
(わからない)
この世界のことを知らない二人にとっては良いことなのか悪いことなのかわからなかった。そういう世界なのだと思うことにしてジョブの資料を読んでいると部屋の扉がノックされて遥が立ち上がり対応し、扉が開くと折笠がいた。
「プリシラ。新しい部屋はどう?」
「………あっちより生活感があって良い」
「何よりだわ。体は?」
「………魔力以外は問題ない」
「やっぱり足りないわよねぇ~とりあえず今日の分」
「………ありがとう」
ダンジョンに行くと言ってからはランク3のMP回復ポーションが支給されるようになったが、プリシラの膨大なMPを全快させるほどではなかった。さらにプリシラの体は疲労を回復させるのにMPも使うようで減っていく一方だ。考え方によってはMPがある限り疲れないわけだがそんな都合良くはいかない。
「それと預かってたあなたの装備と服よ」
「おーやっと帰ってきたー! この青い服も慣れてきたけどこっちのほうが落ち着くんだよね! あ、この装備何もしてないよね?」
「安心して。何かしようにも出来なかったらしいわ」
「折笠さん………本当にこの変化に慣れてるんですね………」
「そのうち慣れるわ」
「………魔力が切れてる」
「魔力回復ポーションをがぶ飲みさせるわけにもいかないのよね~」
プリシラの装備は装着していないと貯めた魔力が少しずつ漏れていく。装備しているプリシラで蓋をするような作りのためそうなっている。
そこへ部屋の扉が叩かれて外から遥を呼ぶ声がした。応対し終えた遥が戻ってくる。
「プリシラ。ここで管理しているダンジョンに入る許可が降りたわ。明日には入れるみたいよ。魔物は初心者向けって感じだけど行ってみる?」
「………行く。ダンジョンなら魔力が回復するかもしれない」
「私もいくわ。リハビリにしましょう。だから激しい動きとかはダメよ。昨日凄く速く動いたって聞いて心配だったんだから。少しずつ慣らしましょう」
プリシラは不満そうに折笠を見るが無視された。
夜。プリシラと遥は同室で睡眠をとるのだが………
「ね…ねえ………プリシラ? 本当にするの?」
「………それが監視につく条件」
(グヘヘヘ。プリ。はやくしよーよ!)
おっぱいを揉ませるという条件を遥は了承したからだ。口約束だからと反故にさせる気のないプリシラがベッドの上で遥を追い詰めていた。
「………あー! もう! 好きにして!」
そう言った瞬間にプリシラは遥の胸に飛び込んでいた。遥のおっぱいの谷間に顔を埋めて幸せそうな顔をして両手で揉み出すのだった。
「………はあ」
もうどうにでもなれと遥は諦めるのだった。
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