第7話 可能性

 翌朝。プリシラは朝食を食べながら折笠からダンジョンの話を聞いていた。


 折笠から聞くダンジョンはプリシラ自身が知っているものと酷似していたが、一点だけ決定的に違う点があった。


「………願いが…叶う?」


「ええ。神様とされている方が叶えてくれるの。でも限度はあるし、ダンジョンによって叶えられる願いの幅も数も違うみたいなの」


 プリシラの知っているダンジョンでは最下層のボスモンスターを倒せば踏破報酬としていくつかのアイテムが入っている宝箱が出現するというものだった。願いを叶えるなどという荒唐無稽なものではなかったのだ。


 そこにプリシラは一筋の光を見たような気分だった。


「………今までに叶えられた願いは?」


「怪我を治して欲しいとか、宝石が欲しいとかがわかりやすいかしら。レベルを上げてとかもあったわね。行きすぎたのになると1メートル四方のダイヤモンドとかジョブを変えてほしいとかかしら。これはさすがにダメだったみたいだけどね。あとジョブを変えたって例もあったかしら」


「……………」


 折笠の話から叶えてくれる願いは曖昧だとわかる。どんな願いなら叶えてくれるのかまったくわからない。だからこそ、だからこそプリシラは期待してしまう。


「………元の世界に帰ることも?」


「…ごめんなさい。私にはわからないわ」


 プリシラに関わっている研究所の者たちはもうすでに知っている。いや、わかっている。プリシラが別の世界、『異世界』から来たということを。今までのプリシラの反応や言動からわかっていた。


「………そう…よね」


「気休めにしかならないけど………可能性は0ではないと思うわ。こんなことしか言えなくてごめんなさい」


「………気にしないで」


(プリ。元気出して)


(………うん)


(私はね。プリはダンジョンに行った方がいいと思う)


(………どうして?)


 頭の中に響くララベルの提案にプリシラはただ思うがままに返答した。


(この世界で生きていくためには働いたりしてお金を稼いで食べていかないといけない。幸いこの国にはダンジョンがある。ダンジョンのドロップアイテムは買い取ってもらえるんでしょ? だから生きていくためにはそれが一番手っ取り早い。この国の情報がなくてもプリならすぐに稼いでいけるよ)


(…うん)


(プリは強いからね! きっとすぐお金持ちだよ! それにね。さっきの話。私も聞いてたけどさ。わかってるんでしょ?)


(うん………帰れるかもしれない。またお母様に会えるかもしれない)


(じゃあ決まりだね! もし帰れなかったとしてもさ。生きていくって……決めたんでしょ?)


(うん)


(じゃあさっそく恵にダンジョン行きたいって言おう!)


 ララベルに道を示され、プリシラは前を向き進むことにした。自分のことを誰よりもわかっていて信頼しているララベルはいつも道を示してくれていた。唯一同じ世界から来た存在、共に過ごしてきた存在だからすぐに決めることができた。


「………恵、ダンジョンに行きたい。行くことにした」


「私ではあなたをどうこうすることはできないわ。まだあなたの処遇が決まっていないの。上には伝えておくわ」


「………別にあわてないからいい」


 プリシラが意識を取り戻してから4日。日本の上層部はプリシラの扱いには困り果てていた。本人が王族と名乗ったことも懸念の一つである。プリシラを国賓として扱うかどうかも悩みの種だった。


 さらにプリシラは『異世界』から来た者だ。政府が『異世界』を認めてしまえばどうにかして『異世界』に行こうと奇行に走るものたちが絶えそうにないからだ。もっとも、すでにダンジョンというある意味『異世界』の産物があるので杞憂だという意見もあるが、慎重に公表内容を吟味している。


 上層部はプリシラの詳細を公表する気はあるが、どこまで公表するか頭を抱えている。本人にも話さなければいけないが、体調がまだ万全でないと担当医師である九嶋から報告を受けているため、負担をかけないようにしている。


(プリ! ダンジョンとジョブの情報ももらおう! ダンジョンに行くには必要な情報だよ!)


「………それと、処遇を決めている間にダンジョンとジョブのことを知っておきたい。資料が欲しい」


「…それも私には決められないの。上には伝えておくから」


「………わかった」


(なかなか上手くいかないね…)


(しょうがない)


 プリシラ自身都合良くいかないことはわかっている。自分自身がどれほどこの国にとって厄介な存在かなんとなくわかっているからだ。プリミエール王国でもいきなり知らない種族が現れたら大騒ぎになるとわかるからだ。そういったことがわかっているため、折笠の対応にも理解があった。


「そろそろ今朝の問診を始めさせてくれる? MPが回復してどう変化があるか知りたいから」


「………昨日よりずっといい」


 意識を取り戻してから毎朝受けている問診を受け、MP回復ポーションをもらい朝の時間は終わった。






 ◇






 朝にダンジョンの資料が欲しいと言った日の昼。既に許可が降りたようで折笠は昼食とタブレットを持ってプリシラの元に来ていた。


 プリシラが昼食を食べ終わり、ダンジョンとジョブのデータが入ったタブレットの説明を折笠はしていたのだが………


「………?」


「えーっとね………タブレットって言ってね。これで資料を見ることができるのだけど………」


 折笠は使い方を説明していたのだがプリシラはよくわかっていないようだった。画面のスワイプは出来るのだが、無表情なため何がわからないのか読みにくいことこの上ない。今回は首を傾げてくれているのでわかっていないということは見てとれた。


「………板の中が動く」


「そういうものなの。これも今じゃどの国でも使われているような技術よ」


「………本当に技術力が高い」


(プリ。変わって)


 プリシラは関心したり起きた事象を口にするだけで先に進まない。ララベルは見かねて最も大事なことを説明することにした。


「えーっとね。使い方はなんとなくわかるんだよ。中が動くのもそういう技術のものなんだろうって。だけどね、何が書いてあるかさっぱりわからないんだよ」


「え? ……ああ、ララベルに変わったのね。書いてあるのがわからないって………『言語理解』のスキルは?」


「全然ダメだね。多分だけどね。こういう技術を通したものにはスキルが適応されないんだと思う。その証拠にこれの裏に書いてあるのはわかるんだよね。えーっと陸上自衛隊ダンジョン研究科って書いてあるよね」


「それで合ってるわ……う~ん困ったわね。アナログな資料になると凄い量になるし資料室に行くわけにも………また聞いてくるわ」


「お願いね~」


「それとダンジョンに行きたいって言っていた件なのだけど………」


「………それも気になる」


「毎回驚いてしまうわ………」


 折笠はプリシラのダンジョン行きの条件を話した。折笠も予想以上に早い対応に驚いていた。プリシラの予想ステータスを上層部も知っているため、ダンジョンからもたらされる物に期待してのことだろうと考えた。


 上層部はいくつか条件を出してきた。


 ドロップアイテムの優先買取

 護衛を一人はつけること


 最低限この2点は了承してもらいたいと。


「………ドロップアイテムはわかるけど、護衛?」


「はっきり言うわ。監視よ」


「………それくらいはわかる。私に付いて来られるの?」


「…無理でしょうね。あなたのレベルからして」


 防衛省と日本探索者協会は世界中の実力者を把握している。しかし、プリシラに匹敵する者となると世界でも百人程度だろう。さらにプリシラは男性嫌いなため女性に限られる。プリシラについていけそうな世界レベルの女性探索者などせいぜい二十人だ。二人は日本人だが自衛隊の者ではないため無理があった。


 そのため、日本の上層部は自衛隊に所属する隊員何名かから選ばせて育ててもらおうという目論見でいる。


「何人か隊員を連れてくるから選んでくれない?」


「………」


「まずは会ってみてくれない? 全員女性だから」


「………仕方ない」


「じゃあ準備が出来次第連絡するわ」


「わかったよー。資料だけどね。監視の子選ぶのに参考にするからジョブの資料を先に見せて。会う前に見せてね」


「わかったわ」


 急に変わるのに慣れてきた折笠。ララベルの補足も難なく対応できるようになってきていた。


「それとね。プリが着ていた服とか武器防具はどうしたの?」


「ちゃんと保管しているわ。服は勝手に綺麗になるし武器防具は付けることすら出来なかったってここの所長が嘆いてたわ」


「そういうやつだからね。あれプリ専用装備だもん」


「……専用装備なんて聞いたことないわ」


 ダンジョンに潜っていたことがある折笠は多少知識がある。しかし専用装備など聞いたこともなかった。


「とにかくお願いね~」


「わかったわ。ところで、あの装備の詳細って教えてもらえたりする?」


「プリどうする~?」


(…構わない)


「いいってさー。まあどうこうできる物じゃないけどね」



ディバインガントレット

材質:アダマンタイト

効果:MP貯蓄(片方500) 不壊 自動洗浄


蒼黒の天衣(ジャケット)

効果:MP貯蓄(5000)  自動修復 自動洗浄 斬撃耐性 腐食耐性 炎耐性 プリシラ専用装備


蒼黒のハーフパンツ

効果:MP貯蓄(5000)  自動修復 自動洗浄 斬撃耐性 腐食耐性 炎耐性 プリシラ専用装備


蒼黒のアンダーウェア

効果:快温調整 自動修復 自動洗浄 プリシラ専用装備


蒼黒のブーツ

効果:MP貯蓄(片方500) 自動修復 自動洗浄 プリシラ専用装備



 ララベルから装備の詳細を聞き出しタブレットに入力したは良いものの折笠は口に手を当てて動かなくなった。


「まあそんな感じの装備だよ。ガントレット以外は私が作ったの」


「……なんていうか…効果が凄くて驚いたんだけど……補助系が多いのね」


「プリの要望通りに作ったからね〜。あとは私の助言いっぱいかな。セットで効果出るようにとか大変だったよ〜」


「セット効果……」


 あまりにも次元の違う装備とララベルの技術力に驚いた折笠。地球の技術ではこの装備を作ることが出来ないのは素人ながらに理解できた。多少探索者の経験があるので装備の効果は知っているがこれほどのものなど見たことがなかった。


「あ…そうだ。装備に残ってた魔力そろそろ切れるんじゃないかなぁ。この世界は魔力がないみたいだし、もう脱がしてから七日くらい経つよね? プリの魔力がなくなっても貯蓄分は少し残るようにしてあるんだけどね。魔力がなくなると装備も出来るようになると思うし壊すこともできるんじゃないかなぁ。壊れたら今の私じゃ直せないんだよね」


「え?」


 思い出したように喋るララベルの言葉に折笠は焦る。プリシラの装備は現在保管という名で所長たちがいじり回しているのだ。






 ◇






 研究所にあるとある研究室。


「所長。これやっぱり今の技術じゃ到底わかりませんね」


「んなこたぁない。そうやって諦めるのは良くない」


「だって服はどうやってみても勝手に直るじゃないですか。中の構造とか魔法陣見ようにも見れないですよ」


「それをどうやって見るか考えるんだろう」


 所長である田原と研究員である底橋の二人がプリシラの装備をいじくり回していた。今見ているのはジャケットだ。だが何をどうやっても元に戻るため調べようがなくお手上げ状態だった。


 そこへ慌てたように認証式自動ドアを何度もドンドン叩かれた。


「うるさいなぁ。底橋君出てくれない?」


「しょうがないですね~」


 底橋が認証式自動ドアを開けに行く。プリシラの装備を保管? しているこの研究室は限られたものしか開けることができない。そしてタチの悪いことに外からの連絡が出来ないようになっている。つまり、今認証式自動ドアを叩いている者はここに入る権限がない者だ。


「はいはい。どちら様ですか~?」


「今すぐその実験をやめてください!」


 認証式自動ドアを開けると慌てた様子の折笠がいた。


「え? どうして?」


「プリシラの装備だからですよ! 貯蓄されてるMPもそろそろ切れる頃合いだそうです! 今すぐやめてください!」


「あ! MP貯蓄まで出来るんだ! 所長ー新情報です!」


「ん? どうしたの?」


「ですから! すぐにその実験をやめてください! 装備の詳細を知りたかったらやめてください。壊れたら直せないそうです! あと彼女のレベルの肥やしになりたくなかったらやめてください!」


「よし! やめよう!」


 命の危険を感じた田原はすぐにやめることを決断した。生きていればいずれわかるかもしれないし詳細も教えてもらえるかもしれないのだから。


 そして田原と底橋は折笠からタブレットに記録したプリシラの装備の情報を見た。 実験をやめさせたはいいが折笠も混じり三人で装備談義をしていた。


「専用装備ねー。そんなのがあるなんてねー。彼女のいた世界はこういう装備への付与に関してはずっと先をいってるね」


「しかも効果が凄いですね。アンダーウェア以外にMP貯蓄に自動洗浄に自動修復、斬撃耐性に腐食耐性に炎耐性とはねぇ。ガントレットにも魔力貯蓄に不壊の効果とはね。アンダーウェアには快温調整までついてるしチート装備のオンパレードだね」


「でも強化系が一つもないんですよね。所長たちが作ってる装備とかダンジョン産の武器とか防具って大体強化する類の効果付いてません?」


「折笠君も詳しいね! 大体そうだね。ダンジョンから出る装備はセットで装備すると効果上がったり複数強化が付いたりする物もある。こういうサポート系や防御系はあまり見ないね。おそらくだけど彼女の装備はMP貯蓄に多くを回してるんだと思う。強化系なんて彼女には必要ないんだろうね」


 人類が作っている装備はステータスが上がる効果を付けるのが一般的だがプリシラの装備は補助系ばかりだし、セットで効果を出すなんてダンジョンでドロップする装備でしか確認されていない。しかも数は極めて少なく高価なため研究は進んでいない。


 所長の田原は世界で初めて装備に強化付与をつけることが出来た強化付与の第一人者なのだ。その技術は世界中で使われている。その特許で一財産を気付いたが世界のために技術を全て公開。「もう遊んで暮らせる分はあるからね!」と余計な一言をつけて公開した。だが、この技術でダンジョンの資源をより多く活用できるようになったことは事実。誰も彼に文句は言わなかった。


 彼自身自分以外の研究を知りたいと数多くの学会に出席している。「自分の子供が巣立っているようで嬉しいよ」といつも楽しそうにしている。


 現在は道楽で自衛隊のダンジョン研究所の所長をしながら研究をしている。業務は基本的に副所長に丸投げである。だがプリシラが来てからは忙しかった。


「それで~? 彼女はこういう装備を作ることは詳しいの?」


「プリシラはからきしでララベルは詳しいそうです。ですがプリシラの体ではスキルがなくて作れないそうです。というかこの装備はガントレット以外ララベル作だそうです」


「いろいろ聞きたいけど、俺じゃ無理そうだなぁ」


「お仕置きもしてもらえそうにありませんなぁ!」


 底橋がいつも通りだが折笠は無視した。


「男性嫌いですからね。あと、彼女にタブレットで資料を見せようとしたんですが、どうもこちらの機械を通した文字もスキルが適応されないみたいです。なので資料室のアナログな資料を彼女の元に持っていってもいいですか?」


「スピーカーの音もそうだったね。別にいいけどたくさんあるよ?」


「ダンジョンに潜る際の護衛を決める参考にジョブ関連を先にと言われています。なのでそこまで多くはありません」


「なるほどね。護衛………いや、監視。彼女につく子は大変そうだね」


「でしょうねぇ………それじゃ私は資料を持っていきますのでこれで失礼します」


 折笠はさっそく資料室にあるジョブ関連の資料を持っていくのだった。

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