第6話 ララベル・ジニアスフィー
(良かった。起きたのね。ララ)
(何この綺麗な場所? どういうことなのプリ)
(話すと長い)
(ゆっくりで良いよ~)
端的に言えばプリシラは二重人格である。互いに愛称で呼び合うほど二人の中は良好だ。彼女の名前はララベル・ジニアスフィー。プリシラのジョブが後天的に『聖魔拳王』になった原因となる人物である。
プリシラは右目が赤で左目は青色の瞳のオッドアイをしている。生来からオッドアイだったわけではない。この左目はララベルの目なのだ。二人が貴族の男の嫌がらせによる暗殺未遂事件でプリシラは左目を失い、ララベルはもう命が助からないという状況で魔法を使い自身の左目をプリシラに移植した。
その結果プリシラの中にララベルの人格が残った。移植を行なった本人も予想外だったようで当初は困惑した。母の友人ということもあったが、二人は仲が良くすぐに馴染んだ。馴染んでいくうちにララベルが体を動かすこともできるようになった。
ララベルは歓喜した。プリシラの体は魔力も多く聖力も多く使えるとあって魔法の研究が進むと喜んだ。だが元々プリシラの体のため、たまにプリシラにお願いして実験させてもらうくらいだった。さらにララベルが持っていら大半のスキルは失われたため研究も限られたものしか出来なかった。
ララベルが表に出ると次の日には顔の筋肉が痛むプリシラ。プリシラと違ってララベルは非常に感情表現が豊かで表情もコロコロ変わる。そのため普段無表情で使わない顔の筋肉を使うため筋肉痛になること多々あった。プリシラとララベルの両者を知る者ですらこの差にはいつも驚いていた。
ララベルへの説明を終えたプリシラ。考え込むララベルの反応を待った。
(う~ん………困ったね)
(うん。すごく困った)
(でも帰れないのならここで生きていくしかないよね。プリが自分で命を絶ったらアリシアも悲しむよ)
(うん………だからそうすることにした)
(それがいい! ところでさ、何でずっと頭の中で喋ってるの? 二人の時はいつも声に出してたじゃん)
(ここは監視されているから。一応ララのことは話してない)
(ふ~ん。実感したほうが早いからちょっと体動かしていい?)
(疲労が凄いから気をつけて)
プリシラはララベルに体の主導権を移した。
(うわっ! 疲労感凄いね。何日か経ってるんでしょ?)
(うん。これでも少し良くなった。最初は体を起こすのもやっとだった)
(ていうか魔力うっす~い。むしろ無いねこりゃ!)
体を起こして着ている服を触るララベル
(この服もすっごい上質な服だね。何で出来てるんだろう?)
(わからない。技術力が物凄く高い国だということはわかる)
(だね~。服も然り、このベッドも然り、部屋もあの鏡もね。あの向こうから監視してるっぽいね)
(そうみたい)
(少し部屋調べてもいい?)
(あまり魔力は使わないでね。魔力がなくなるとまたララが起きれなくなるから)
(わかった~。その辺りはまたあとで聞かせて~)
ベッドの上に立ち上がり周りをキョロキョロと見回すララベル。鏡を見ながらプリシラに語りかける。
(あれ壊しちゃダメ?)
(ここの人たちに助けられたし、食事ももらってるから迷惑は出来るだけかけたくない)
(じゃあちょっとイタズラするくらいにしておこう!)
ララベルは飛行魔法を発動させて鏡に張り付いて軽く鏡を叩いた。
(驚いてるかなー!?)
(私のする行動じゃないから驚いてると思う)
(お! 天井のあの黒いのなんだろう?)
(たまにあそこから声が聞こえる。あそこから聞こえる声は言語理解のスキルがあってもわからない)
天井のスピーカーに興味を持ったララベル。だがすぐに興味を失い、今度は扉のほうに飛行魔法で飛んでいき着地した。扉を開けようとするララベル。
(あれ? 開かない。これどうやって開くの?)
(仕組みはわからないけど、恵は開ける時に何か当ててるからそれで開くんだと思う)
(魔道具の一種ってこと?)
(この国の技術で作られた物だと思う。魔力は感じないから魔道具じゃないはず)
(そっかー。無理矢理開けることもできそうだけどやめた方がいいか)
諦めてベッドにダイブするララベル。
(なんとな~くここの異常さを理解した。プリミエール王国とは凄い違いだね)
(うん。今は体も魔力も万全じゃないから大人しくしてる)
(それで正解だよ。動くにしても助けてもらった恩を返してからだね。それにこの国の情報が足りない)
(明日この国にあるダンジョンのことを教えてもらえることになってるからまずはそこから)
(それがいい! ところでプリ)
(何?)
(着てた服とか、武器とか防具は?)
(………忘れてた)
◇
「なるほど………そんな事情があったのか」
「すべての男性がそうではないとはいえ嫌いになっても仕方ないと思います」
折笠からの報告を受けて九嶋は納得していた。こればっかりは時間をかけて解決しないといけないためすんなりと諦めた。むしろ原因がわかってすっきりしているくらいだ。
「良かったじゃないか九嶋君! 君のいやらしい視線は関係なかったようだよ!」
「底橋さんじゃないんですから僕はそんな視線送りません」
「あの……彼女の様子が…」
オペレーターの女性が異変を伝える。無表情だったプリシラの表情が変わっているのだ。そして興味深そうに周りを見渡しているのだ。見渡すことは今までもあったが表情は真顔のままだった。
「え? ………折笠君。彼女のあんな表情を見たことがあるかい?」
「………ありません」
表情に驚いていると、今度はその場に浮き上がった。
「う…浮いてる………うわぁ!」
驚いているといきなりプリシラがモニター室のマジックミラーに張り付いて来たのだ。そして軽くミラーを叩いている。
「何が………起きてるの?」
折笠が驚きあっけにとられているとプリシラは入口の扉に飛んでいき、扉を開けようとしてる。しばらくすると諦めたようにベッドに飛び乗った。
「何だったんだ………九嶋君。大丈夫かい?」
「あ…はい。大丈夫です」
マジックミラーにプリシラが張り付いた際、驚きのあまり尻餅をついてしまった九嶋。底橋に声をかけられるまで放心状態であった。
「おそらくMP回復ポーションを飲んだことでスキルか魔法を試したんじゃないだろうか?」
「おそらくそうでしょう。今までの彼女の行動にはなかった行動です」
「でもあの表情は………」
底橋とオペレーターが話しているところに折笠が声を上げる。MPに関しては納得できるが表情に関しては理解ができない状況だった。これまでプリシラと最も関わって来たのは折笠だ。短期間ではあるが関わってきた彼女からするとあり得ないことだった。
「では直接聞いてくるといい。行って来ていいよ。折笠君」
「そうですね………それが一番早そうです」
底橋に言われてモニター室を駆け足で退出する折笠。折笠が退出した後に底橋は呟いた。
「多分………二重人格かなぁ」
◇
実験場の入り口前まで来た折笠。呼吸を整えてからノックして、認証式自動扉を開ける。開けると、プリシラが体を起こしておりこっちを見ていた。その表情は真顔でなく少し目を開いて驚いているような表情だった。
(あの子が恵? 私が相手していい?)
(いいよ。ララのことは遅かれ早かれ話さないといけない)
(じゃあ私が相手するね~)
「えーっと………プリシラ。さっきのは………何だったの?」
「魔力が少しだけ戻ったからね~。試したんだ」
今までとは違う少し困った表情と口調で話すプリシラを見て折笠は唖然とした。あまりにも今までのプリシラと差がありすぎるのだ。口調も違えば表情もこんなに感情表現が豊かではなかった。
折笠の中で彼女は本当にプリシラなのだろうかと言う疑問がすでにある。MPが回復したことで元の人格になったのかなどの疑問が頭をよぎる。
「………あなたは本当にプリシラなの?」
「半分正解かな! プリの体には魂が二つあるんだ。私はこの体の中にあるもう一つの魂。名前はララベル・ジニアスフィー。よろしくね~♪」
「……魂が…二つ?」
「そうそう。この体にはプリシラ・プリミエールとララベル・ジニアスフィーが存在してるってわけ。私は魔力がなくて起きたのはついさっきなんだけどね。魔力がないと起きれないなんて知らなかったよ。あ! プリに変わろうか?」
「つまり………二重人格?」
「………こちらでは私たちのような魂が二つある者をそう言うのね」
「え? ……ええ。そうよ」
いきなり表情が真顔になり、いつものプリシラに戻り驚く。変化量が大きすぎてついていくのがやっとの折笠。
「その…二人の差がありすぎて驚くわ」
「よく言われるよー! 初めて見る人は皆驚くから面白いんだよ! イェイ! イェイ!」
ララベルに変わったようで今度は満面の笑顔で両手を上げ下げしている。プリシラの顔でそういったことをするものだから驚く折笠。きっとモニター室でも同じ反応だろうと思い、とりあえず深呼吸して落ち着くことにした。
「とりあえず………疑問が解決して良かったわ」
「良かった良かった! ところで、恵? だよね。プリの相手してくれてありがとうね。ここの人たちも助けてくれてありがとう。いつか何らかの形で恩を返させてもらうよ」
「え? ええ。どういたしまして……」
急にララベルにお礼を言われて戸惑ってしまった折笠。
だが、その戸惑いも一瞬にしてなくなってしまう。目の前のララベルの雰囲気が笑顔のままで変わったからだ。
「でもね、プリを利用しようとしたり、嫌がるようなことをさせるんだったらね………」
対峙している折笠は怯えた。これが恐怖というものなのかと。目の前の自分よりも若い見た目をした少女から放たれる気が折笠に恐怖を感じさせた。
「容赦………しないからね♪」
「ヒッ!」
目を見開き口角を上げ、首を傾けながら放った言葉は威圧感に溢れていた。それを目の前で聞いた折笠は思わず尻餅をついた。
「そっちもね!」
顔をグリンと鏡に向けて、指を刺して言った。そしてまた真顔に戻った。
プリシラはベッドから立ち上がり折笠の元に歩いてきた。
「………恵。ララがごめんなさい。立てる?」
「え? ………ええ。大丈夫よ」
折笠はプリシラの手を借りてなんとか立ち上がった。目の前の無表情な少女の変化が信じられない。わかってはいるが理解が追いつかない。そんな中プリシラが口を開いた。
「………ララは好戦的だから。私から言っておくから許してほしい」
(プリほどじゃないけどねー!)
「………ララはあとで絞めておくから」
(ええええええええええええええ!? ナンデエエエエエエエエエ!?)
「ええ………わかったわ。………ちょっと…落ち着きたいから戻るわ」
「………わかった。明日、ダンジョンの話を聞けるのを楽しみにしてる。おやすみなさい」
「……おやすみ」
退出する折笠。認証式の自動扉が閉まり、その場に座り込んでしまった。
(………あのステータスは………伊達じゃないってことなのかしら………)
折笠も学生時代にはダンジョンに入ってお金を稼いでいた。ジョブもそこそこ強いとされるジョブだったためそれなりの稼ぎはあった。ダンジョンでも多くの魔物と対峙してきた。時には怖くて仲間と一緒に逃げ出した時もあった。
だが、先ほど感じた恐怖はその比ではなかった。比べることすら烏滸がましいと思えるほどにララベルは圧倒的だった。
折笠は悟る。彼女たちを絶対に怒らせてはいけないと。
◇
「……予想通り二重人格だったみたいだけど………さっきのは驚いたね。九嶋君大丈夫かい? 君も大丈夫かね?」
「………なんとか」
「はい………大丈夫です」
モニター室ではさきほどプリシラから放たれた殺気のようなもので九嶋は座り込んでしまい、オペレーターの女性は机の下に隠れてしまった。
「加藤君は………大丈夫そうだね」
「ええ、ですがあんなのは初めてですよ」
「私もだよ。昔ダンジョンに入っていたけど、あんなのは感じたことがないよ」
「私もです。結構無理して高ランクのダンジョンに行ってるんですけどね。高ランクダンジョンの魔物が可愛く見えますよ」
「まったくだね。とりあえず、何を言ってたかわからないけど彼女を怒らせないようにしないとね」
「そうですね。今は折笠さんを待ちましょう」
「ところで九嶋君」
「何でしょう?」
「無表情な彼女に踏まれるのと、感情表現が豊かな彼女から恐怖を味わいながら踏まれるの。どちらがお仕置きとして良いかな?」
「………今はその空気の読めなさに助けられてますよ」
「俺は無表情かなぁ」
「いつの間にいたんですか所長」
「ついさっきかな」
いつの間にか所長の田原も交えて折笠を待つことになった。
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