第5話 ララ
プリシラが目を覚ましてから三日経った今でもMPは回復せず、疲労もなかなか回復しなかった。
(………魔力がないせいか疲れが取れない。………疲労回復に魔力が必要だなんて知らなかった)
プリシラがいた世界は魔力に満ちていた。そのためMPは自然回復するし寝れば回復するものだった。プリシラの中では自然に回復することが常識だった。それが覆った今プリシラ自身にMPを回復する術はなかった。
困り果てるがどうしようもないと言う結論に至り考えるのをやめてとりあえず寝ることにした。
プリシラが情報を得ていたのと同時に、自衛隊の研究所の者たちもプリシラから情報を得ていた。ステータスを勝手に調べたことに腹を立てた様子だったので謝罪したが特に気にしていないと言われて安心した。
相手が一国の王女と名乗っただけあって研究所の面々は非常に気を遣っている。順調に情報を得られているが一つの問題が発生していた。
それは担当医師である九嶋の身に起こった。何故かプリシラが九嶋を無視するのだ。話せば布団に潜り込んで聞く耳を持たない。話しかけてくることもない。
だが、助手として来ている折笠とは普通に話している。むしろ折笠は距離を縮めているように感じる。表情は相変わらずの無表情だがちゃんと会話が成立し、わからないところも質問して来ていると報告を受けている。
そんな中なぜ自分だけが無視されるのか。悩む九嶋は気分転換に屋上に来ていた。
「おや、九嶋君! 珍しいね。こんなところで会うなんて」
「……そうですね。あとここは喫煙スペースではありませんよ」
「固いことを言うんじゃないよ。落ち込んでいるようだが悩みでもあるのかい?」
「…あれですよ。彼女に無視されるんですよ」
「あれか。私も見ていたが…完全に睨まれていたね………君のいやらしい視線でも感じたんじゃないのかい?」
「サングラスでもしましょうかね……」
「あまり考えすぎてもいけないよ。折笠君の問いには答えているんだ。君の職務は全うできるだけ良しとしようじゃないか! 役割分担だよ。役割分担」
「はあ………そう考えるしかなさそうですね」
「そうするといい! しかしあれだね! 彼女に睨まれながら踏まれる! 良いお仕置きとは思わないかね?」
「……その方向の現実逃避にハマってるんですね」
「ハッハッハッ! 後ろをご覧! 所長も同意のご様子だよ!」
九嶋が後ろを振り向くとサングラスをかけた初老の男性が後ろで手を組み納得するように頷きながらこちらに歩いて来た。その人物はここの研究所の所長である田原義一だった
「いやぁ~素晴らしい。私も是非彼女にお仕置きされたいね」
「ですよね所長!」
「所長………真面目に悩んでるんですから……」
「ああそう! でも気にしすぎちゃいかんよ。それとね、あの件だけどやっと許可が下りたよ」
「やっとですか………」
「それだけお上も慎重なんだよ」
「あの件とは?」
底橋だけが話について来れてなかった。現実逃避のしすぎである。
「折笠さんから『MPが回復しない』って聞いたでしょう? 回復させるためのMP回復ポーションの使用許可ですよ」
「ああ! あれかー」
「さっそく折笠君にお願いして来ますよ」
九嶋はそう言い残して屋上から去っていった。底橋は新たにタバコに火をつけていた。
「さて、MPが回復することで彼女がどうなることやら」
「疲労が抜けないとも言ってましたからね。万全の状態の彼女はあのステータスからして相手にしたくないですな!」
底橋の言に頷く田原所長。彼もまた現実逃避に来ていたのだった。普段は研究だけしている名ばかりの所長だったが、今回ばかりは駆り出されていて精神的に参っていた。
◇
「やっと許可が降りたんですね」
「頼むよ。これね」
折笠は九嶋からMP回復ポーションを受け取って驚いた。
「え? これランク3のMP回復ポーションですよね? これ一本で10万円くらいしますよ。こんな高価な物いいんですか?」
ポーションはダンジョンにいる魔物を倒すとドロップする物だ。ダンジョンが出来て約30年。未だに人類の手でポーションの製造は出来ていない。流通しているポーションの全てがダンジョンからのものである。
MPを回復させるポーションもあれば傷を直す治癒ポーションもある。さらに病気を治すキュアポーションもある。ランクは1~5まで確認されており高いほど性能が良い。Aランクダンジョンのボスモンスターからドロップした治癒ポーションは部位欠損を治すほど高性能である。
今回使用するランク3MP回復ポーションはMPを500回復させる物で市場にも多く出回っているが値段が高い。
「いいみたいだよ。あと四本あるし」
「じゃあさっそく説明して渡してきます。ちょうど食事の時間ですので」
「あ~……それと…お願いがあるんだけどいいかい?」
「…何でしょう?」
「なぜ私を無視するのか聞いてきてくれないかい?」
「あ~~~………私も気になるので聞いてみます」
「…すまないね」
折笠も事情を知っているため九嶋の頼みを了承した。何か問題が起きても困るため解決しておくべきだと思ったからだ。
MP回復ポーションとプリシラの夕食を持って実験場まで来た。ノックしてから認証式の自動ドアを開けて中に入る。
折笠はプリシラとは少し打ち解けていて敬語は使っていない。プリシラが望んだこともあって敬語を使うのはやめている。敬語をやめたことで距離は少しずつだが近づいている。
「プリシラ。夕食よ」
「………ありがとう」
ベッドに取り付けてあるテーブルに夕食が乗ったトレイを置く。スプーンを手に取り食べ始めるプリシラ。その所作は王女だけあって気品があった。折笠と話しながら食事を取る。
「体は……相変わらず?」
「………うん。疲れが取れない」
「そうなのね。ところで、一つ聞きたいのだけどいい?」
「………何?」
「どうして九嶋さんを無視するの?」
「………男は嫌い」
「…それだけ?」
折笠はプリシラの返答に面食らっていた。予想外の返答とあっさり理由が判明したことのダブルパンチだ。
「………それだけ」
「どうして男性が嫌いか聞いてもいいかしら?」
折笠はプリシラから事情を聞いた。こちらに来る直前の出来事と、プリミエール王国で数々の嫌がらせを受け続けて来たことを話した。種族の差別はなかったが男女差別が一部では激しく女だからと常に馬鹿にされ続けてきた。だがプリシラは実力で戦果を上げて覆してきた。その結果、プリシラのことが気に入らない男性貴族たちから数々の嫌がらせを受けたのだ。話し終える頃には夕食を食べ終えていた。
「それは………嫌いにもなるわね」
「………話してたら腹が立ってきた」
「ごめんなさい。怒らないで。良い物もあるから」
「………良い物?」
プリシラの興味を引けたことに得意気になる折笠。白衣のポケットに入れていたMP回復ポーションの瓶を高く掲げて出した。
「これよ!」
「………………」
「ちょっとは反応して欲しかったわ」
「………早く出してとしか思わない」
「ごめんなさい………これはねランク3のMP回復ポーションよ」
「………えむぴー?」
「ステータスにあるでしょう?」
「………ああ、魔力」
「言い方が違うのね。このランク3のポーションはMPを500回復してくれるわ。あなたに効果があるかどうかはわからないけど飲んでみてちょうだい」
「………ありがとう。ポーションまで作れるなんて、凄い技術力」
「残念ながら私たちの技術で作った物じゃないの。これはダンジョンから取れるものよ」
「ダンジョンがあるの?」
「え…ええ……あるわよ」
一呼吸置いてから静かに話すプリシラが間髪入れずに返答したことに折笠は面食らった。
「………興味がある。ダンジョンのことを教えて欲しい」
「ええ。いいわよ」
ダンジョンのことを話そうとしたその時だった。
『折笠君。聞こえるかい? 聞こえていたら一度戻って来てくれるかな?』
部屋に取り付けられたスピーカーから折笠を呼ぶ声が聞こえた。声の主は九嶋だ。
「ごめんなさいプリシラ。呼び出しだわ。ダンジョンのことはまた明日話してあげるわ」
「………そう。わかった」
「じゃあこれ。飲んでみてちょうだいね。それじゃまた明日」
「………また明日」
互いに軽く手を振って見送る。折笠が夕食のトレーを持って退出してすぐにプリシラはMP回復ポーションの蓋を開けた。
(これで回復すると良いけど……)
一本を飲み干しプリシラは横になった。
そして数分経って自身のMPが回復していることを実感したのでステータスを確認した。
プリシラ・プリミエール
年齢:24歳
性別:女
種族:エルフ
ジョブ:聖魔拳王
レベル:495
SP:7000/7000
MP:500/6200
力:S
体力:A
敏捷:SSS
器用:S
魔力:SS
聖力:SSS
運:C
スキル:聖拳術 身体強化LV10 全属性魔法LV10 結界魔法LV10 飛行魔法LV10 言語理解
(本当に回復した。これで体の疲労も………)
(何ここーーーーーーーーーー!? 何処ここ!?)
頭の中にプリシラではない人物の声が響いた。
(良かった。起きたのね。ララ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます