第4話 生きていく

(………知らない天井)


 目を覚ましたプリシラは天井を見つめて状況把握につとめる。


(………ここは…どこ? 私は助かったの? ………体が…重い…戦いの疲労が抜けてない)


 疲労の溜まった体に鞭を打ち何とか体を起こすプリシラ。服も上質な絹のように肌触りの良い青白い服に着替えさせられていた。


 周りを見渡すとここが広い部屋だと言うことがわかる。自分がいるベッド以外にはテーブルと棚、それと椅子が二脚あり白い壁の一箇所に扉のような物が見てとれた。広く殺風景な部屋という印象。だがその部屋には異質な大きな鏡があった。プリシラの常識では考えられないほどの幅広な大きな鏡だった。


(大きい鏡………プリミエール王国にはあんな鏡はない………ワンド王国? 違う。あそこもこの鏡を作るような技術力はない。この服もそう…………ここはいったいどこなの? それにあの鏡の奥………誰かいる?)


 わからないことが多すぎて困惑するプリシラ。再び横になりプリシラは考える。


(……よくわからないけど…私は助かったのね。………今は助けてくれた人が来るのを待つしかない………か。それがいい。そうでしょ? ララ。…………ララ?)



 ◇



「彼女が起きたのかね!?」



 担当医師である九嶋は報告を受けて加藤隊員と共に実験場のモニター室に大急ぎで来た。マジックミラーとなっておりモニター室からは様子が見てとれる。



「はい。今はまた横になっていますが、先ほど体を起こしました。目も開いています。起きた時の映像を確認されますか?」


「見せてくれ!」



 交代で見ていたオペレーターの女性から映像を見せてもらい確認した。



「なるほど。今も意識はあるみたいだね。さっそく彼女の元に行こう。きっと困惑している」


「九嶋さん待ってください。あのステータスですからいきなり行くのは危険です。まずはここから呼びかけ意思疎通が出来るか確認すべきです。周辺に武装した隊員を配置しますので少し待ってください」


「そ…そうですね。すいません…」



 加藤が無線で隊員たちに指示を出す。しばらくして加藤に配置完了と連絡を受けた。モニター室にも三人武装した隊員が来た。調査リーダーの底橋もモニター室に駆けつけた。九嶋の助手である若い女性医師の折笠恵も一緒だ。



「では、呼びかけますが………いいですか? 加藤さん」


「どうぞ」



 加藤隊員に確認を取り、九嶋はマイクのスイッチを入れた。



「あ~………聞こえますか?」



 九嶋が喋ると実験場にる少女は一瞬驚いたように目を見開きゆっくりと体を起こした。その動きはどこか無理をして体を動かしているようだった。



「聞こえているようですね」


『※※ ※※※※※』



 聞いたこともない言語で話してくる少女。周りを見渡しわかるかどうかを確認する九嶋。周りを見渡しても全員が首を振った。



「落ち着いて。名前はわかりますか?」



 言語が異なり伝わらないことがわかっているが、九嶋は出来るだけ優しい声でマイクを通して話した。



『※※※※※※※※※※※※』



 九嶋はマイクのスイッチを切った。



「ダメですね。言語が違って何を言っているのかわからない。皆さんも同じですよね?」



 改めて周りを見渡す九嶋。全員が首を縦に振った。



「致し方ありません。身振り素振りでコミュニケーションを取るところから始めましょう。加藤さん。隊員たちを何人か私につけてください。実験場に行きます」


「わかりました。念には念を入れて武装した隊員を五人つけます」


「待ってください」



 九嶋と加藤のやり取りにオペレーターの女性が声を張り上げて待ったをかけた。驚いた九嶋はオペレーターに声をかける。



「……どうしました?」


「彼女は女性ですよ。いきなり武装した男性5人で取り囲むのは良くないと思います。警戒されて何も喋らない可能性があります。せめて武装していない女性隊員を連れていくべきです。出来れば女性だけが良いでしょう」


「しかし…君も知っているようにあのステータスですよ? 我々の安全が…」


「おそらく問題ありません。見たところ彼女は体を起こすのもやっとの状態ですし、先ほどのやりとりからもこちらとコミュニケーションを取ろうとしているのが見てとれました」


「確かに……彼女の言う通りだ。九嶋君。少し落ち着きなさい」



 底橋から声をかけられ深呼吸する九嶋。



「そうですね。わかりました。女性だけにしましょう。私の代わりに折笠さんに行ってもらいます。いいですか? 折笠さん」


「わかりました」


「加藤さん。女性隊員は何人います?」


「二人います。二人に武装を解いて同行してもらいましょう。ですが、さすがに護衛が必要ですので武装した隊員を二人連れて行かせてください。前には出ずに後ろに控えさせますので」


「わかりました。準備をお願いします。ああ、食事の用意もお願いしますね」



 それぞれが準備へと動き出し折笠医師はモニター室を退出した。






 ◇






(何も言ってこなくなった………わからない言語だった。言語理解のスキルがあるのに……)



 プリシラは突然どこからか聞こえて来た声に驚いた。こちらと話をしようとしていることだけはわかったが、如何せん何を言っているかわからないので対応に困っていた。



(………困った。ララも返事がないし………魔力もない………………そういえば…ステータス)



 声が聞こえる前に少しだけ落ち着き自分の体の状態を把握していたプリシラは自身にMPがないことに気づいていた。そして自身のステータスを確認していないことを思い出した。



 プリシラ・プリミエール

 年齢:24歳

 性別:女

 種族:エルフ

 ジョブ:聖魔拳王

 レベル:495

 SP:7000/7000

 MP:0/6200

 力:S

 体力:A

 敏捷:SSS

 器用:S

 魔力:SS

 聖力:SSS

 運:C


 スキル:聖拳術LV10 身体強化LV10 全属性魔法LV10 結界魔法LV10 飛行魔法LV10 言語理解




 自身のステータスを見て、残りのMPが0だと言うこと以外には問題ないことを確認した。



(魔力がないからララが起きない? …………それにここは魔力が物凄く薄い。何とか魔力を回復させないと………)



 現状を改めて理解したプリシラ。考えを巡らせていると、扉らしき所から叩く音が三回聞こえた。プリシラは扉を見つめた。扉が横に開き白衣で眼鏡をかけ髪を後ろでまとめた女性を先頭に女性が二名。武装していると思しき男性が二人入って来た。女性はこちらに歩いて来たが男性は扉の両横に控えている。



「初めまして」



 白衣の女性がそばに来て声をかけてきた。プリシラは今度は言葉を理解できた。言語理解のスキルがちゃんと機能していることをプリシラは理解したので言葉を返した。



「………初めまして……あなたたちが…助けてくれたの?」


「!?」(なぜ彼女の言葉がわかるの?)



 医師の折笠は驚きを隠せなかった。無表情で小さい声で話す彼女の声が理解できるのだから。モニター室で聞いていた時は理解できなかったはずなのにと。



「………どうしたの?」


「…失礼しました。改めてご挨拶させていただきます。私は医者をしている折笠恵と申します。あなたの名前をお聞きしてもいいですか?」



 意識を切り替えてコミュニケーションを取る折笠。いきなりのことで少し混乱しているが持って来ていたタブレットを女性隊員から受け取り、まずは名前から聞くことにした。



「………プリミエール王国第二王女。プリシラ・プリミエール」


「! …王女様でしたか。ご無礼をお許しください」


「………構わない」


「先ほどの質問ですが、結果的に我々が倒れていたあなたを助けたことになります」


「………ありがとう」



 無表情で無機質に受け答えしお礼を言うプリシラに折笠はやりにくさを感じていた。人形のように美しい顔立ちをし右目が赤で左目が青のオッドアイで耳が尖っているプリシラの表情から感情が読み取れない。元々感情が読み取れないこういう相手は苦手だった。



「いえ、当然のことをしたまでです」


「………そう……良い人が多いのね」


「ありがとうございます。先ほども申しましたが私は医者です。いくつか質問させていただきます。治療が必要になることがあるかもしれませんので」



 折笠は医者としての職務を全うすることにした。






 ◇






「会話している!? いったいどういうことだ!?」



 モニター室で折笠のやりとりを聞いていた九嶋たちは驚いていた。見た感じ折笠も驚いており同じのようだ。



「先ほどはわからなかったのにね。誰かわかるかい?」



 驚く九嶋に対して軽い口調で話す底橋。



「マイクがひろってくる彼女の声はさっぱりわかりませんね」


「私もわからないですね」


「だよねぇ。ハッハッハ」



 オペレーターの女性と加藤隊員が答え、底橋は笑いながら返答し場の空気を軽くした。



「底橋さぁん……!」


「ん? 良いじゃないか別に。直接ならコミュニケーションが取れることがわかったんだから。折笠君が帰ってくるのを待とうじゃないか!」


「………そうですね」



 高校の先輩後輩の底橋と九嶋。九嶋は底橋のペースにいつも自分のペースを乱されていたが今回ばかりは感謝した。だが、いつもの流れということもあり普段通りに文句を言うような感じになってしまった。


 そしてしばらくして折笠がモニター室に戻って来た。実験場ではベッドの上でプリシラがお粥を食べている。その所作にはどこか気品が感じられた。


 折笠から報告を受けている底橋と九嶋、加藤は頭を抱えていた。王女だということを聞いたからだ。



「………九嶋君。どうしたら良いと思う?」


「…そのまま報告するしかないでしょう」


「女王様でなく王女様に踏まれる。とても良さそうだね!」


「いい歳して何を言ってるんですか………」


「ハッハッハッ! タバコ吸って来ていいかい?」


「ダメです。現実逃避は報告が終わってからにしてください」


「………続けますね」



 呆れた折笠が話を進める。報告は彼女の健康状態についてだったが、問診では疲労が溜まっていることとMPが回復しないことがわかった。健康状態に関しては検査でもある程度わかっていたためMPが回復しないこと以外は想定内だった。



「最後に彼女の話す言葉なのですが………」


「モニター室では相変わらず何を言ってるかわからなかったよ。何か聞くことが出来たのかい?」


「はい。彼女のスキルに関連するのですが、『言語理解』というスキルを持っているためどんな言語であってもスキルが自身が理解できる言語に変換してくれるそうです。これは彼女が話す内容にも適応されるそうです。なので、私が『言語理解』というスキルを持っていなくても会話が成立するんだそうです。また、書かれている文字もわかるそうです」


「便利なスキルだね! これで踏まれる時も安心だね! 九嶋君!」


「………セクハラになりますよ」


「ハッハッハッハッ! モニター室からわからなかったのは直接聞いていないからだと考えられるね!」


「………底橋さんの考えであっていると思われます。報告は以上です。聞きたいことは多々あるかと思いますが、今日のところはこれで十分でしょう。質問攻めにするわけにもいきません。話を聞くのはまた明日ということで」


「わかった! タバコ吸ってくるね!」


「やめたほうがいいですよ~」



 さっそく現実逃避しにいく底橋。残った九嶋も現実逃避したい気分だった。



「加藤さん。今後どうなると思います?」


「わかりません。でも九嶋さんはいいじゃないですか。彼女の健康状態に気を遣えばいいだけなんですから。私たちは王女の護衛に付いている騎士にでもなりますよ」


「いや…そうなんですがね………」


「考えすぎです。なるようにしかならないでしょう。我々のような末端の考えることじゃありませんよ」


「………そうですね」


 そして九嶋は考えを切り替え、プリシラの健康状態を改めて確認するのだった。



 ◇



 プリシラが意識を取り戻してから三日。プリシラは研究所の者たちから情報を少しずつ集めていた。


 自分の知らない間にステータスを調べられたことは少し腹が立ったが助けてもらった恩もあるし、得体の知れない自分を調べるのは当然だと思い納得した。それにプリシラにとってステータスを知られたところで何も問題はなかった。


 今自分が居る場所が知りたくて地図を求めた。そして絶望した。


「………これ…は………」


「あなたの知っている場所はありますか?」


 折笠が渡した日本地図と世界地図。プリシラはそれを見て言葉を失った。自分の知っている場所は何一つなく未知の場所だとわかったからだ。プリミエール王国で大陸の地図を見たことは立場上何度もある。知っている大陸の形はどこにもなかった。


 プリシラは最愛の母にはもう二度と会えないと悟ってしまった。


「プリシラさん?」


 プリシラは一緒に地図を見ていた折笠の問いにもしばらく反応できず静かに涙を流した。


 それを見た折笠はなんとなくだが察した。自分の知っている場所がなかったのだろうと。そして愛する家族にも会えないと悟ったのだと。折笠はプリシラが王族だと本人から聞いている。


 この様子からして家族には愛されていたのだろうと考えた。もう家族には会えないプリシラに何を言えばいいのかわからず黙ってしまった。居た堪れなくなり折笠はその場を後にした。


 しばらくして落ち着きを取り戻したプリシラ。どこか違う世界に来てしまったことに嘆きもう母に会えないのなら自ら命を絶つことも考えた。


 だが自分は生きている。自ら命を絶つことは会いたかった母も悲しむだろうと思いこの世界で生きていく決意をするのだった。

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