第5話 殺しの助っ人

シュウさんが姿を消して、烈は邪羅威と組むのが気に入らずご機嫌斜め。

私は二人の間になにがあるのか全くわからないので、正直どうしていいかわからない。

そして、私がいくら烈を気にかけ悩んでも、時間は当たり前のように過ぎて日常は繰り返される。


せっかく二人で会ったのだから羅刹に聞いとけば良かったな……

いつもの朝の食卓で昨日の晩、羅刹と二人で話したことを思い出した。

彼女の凄惨な過去。

そして現在。

他人事ながら思い出すと気が滅入ってくる。


「どうした?また考え事か?箸が止まってるぞ」

圭吾さんがお椀を持ちながら心配そうに私を見る。

「え?あ、ああ~……ちょっと友達の友達って子の境遇がね」

「境遇?」

「うん。虐待されてたの」

私は詳しいことは伏せてそれとなく話した。

「嫌な話ですね」

「昔からあったんだろうけど、最近のは聞くに堪えねえや」

政と竜二が言う。

「子供にとって無条件に愛して守ってもらえる存在が親だ。その親から惨い仕打ちをされるんじゃあ、子供にとってはさぞ地獄だろうよ」

圭吾さんが茶碗を置く。

食卓に重く暗い雰囲気がのしかかった。

「ごめんごめん!私が変な話したばっかりに暗くなっちゃったね!」

「そんなことはねえよ」

「なんか観ようか」

圭吾さんは労わるように言ってくれたが、せっかくの朝の食卓を暗くして申し訳ない。

テレビのリモコンを手に取り点けると、ニュースがやっていた。

内容は特殊詐欺にあった高齢者が自殺したというものだった。

暗くなった食卓がさらに暗く重くなってしまった。

「こういうのも恐いっスね。これ、電話かけさせたり振り込まれた金を口座から出すのはバイトがやるって話じゃないですか」

「しかもカタギの学生とかを、上手い話で誘ってから手を汚させて抜け出せなくさせる」

「そうなのか。おまえら随分詳しいな」

政と竜二の話を聞いていた圭吾さんが口を開いた。

「いえね。結構入ってくるんですよ。このての話が」

「インターネットでもそれとなく集めてるって」

「それはヤクザがやってるのか?」

「まあ、ヤクザっていうか、半グレの場合もありますし」

「捕まるのも末端ばかりで、本丸は藪の中ってのが多いらしいですよ」

「鵺みたいなもんか。それにしてもカタギにやらせて自分は手を汚さねーで甘い汁を吸う……これが今の極道かと思うと情けねえ」

「許せないね。弱い人をターゲットにしてさあ」

朝から腹が立って仕方ない。


その日、私は学校が終わるとシュウさんの店に行った。

「でね、朝から腹が立って仕方なかったのよ!」

「なんだよ?いきなり」

店は休憩で閉まったいたので、地下の部屋に行き朝の憤懣をぶちまける。

「お爺さんやお婆さんをターゲットにして、ほんっとに許せないんだよね!特殊詐欺とかやってる奴ら」

「なら良かったじねーか」

「え?なにが?」

「シュウが残していった仕事。その特殊詐欺やってる連中が的だぜ」

「マジか!?」

烈から今度の的が特殊詐欺グループと聞いて、私は自分の体の芯が熱くなるのを感じた。



シュウさんが残しておいた資料には奴らのアジトや構成メンバーと詳しく記されていた。

それをもとに特殊詐欺グループを私と烈は調べ始めた。

学校が終わった後に私はサングラスにマスク、帽子にコートという怪しい出立で烈といつもの公園で待ち合わせた。

「なんだよおまえ?その恰好は」

「なにって、変装に決まってるじゃない」

「あのなあ、どっからどう見ても怪しいだろうが」

「だって街の中には防犯カメラがあるんだから、万が一を考えてこれくらいはやっておかないと」

「逆に目立つんだよ。防犯カメラ調べるまでもなく、怪しい奴がうろついてたって言われるだろうが」

「あ……そっか」

仕方なく、サングラスは外して帽子を目深に被った。

連中のアジトは代々木と渋谷のちょうど中間の住宅街にあった。

少し古いマンションで、三階の部屋に個人名で入居している。

奴らの活動時間は主に昼間。

高齢者が家に一人でいる時間帯だ。

一纏めにやるには昼間ってことになるのかな?

マンションなんて他にも住人いるし、大丈夫なんだろうか?


アジト周辺の防犯カメラの位置をチェックしながら、少し離れたところで人の出入りを監視した。

「あっ!あれはこいつじゃない?」

「そうだな」

資料にあった構成員の写真と、アジトに出入りする人間を見比べて確認する。

「あれ?」

「どうした?」

「あいつ、この資料に載ってないんだけど」

「見せてみろ」

頭の半分を真っ赤に染めた、色白の優男といった風な男子がコンビニで買ったような唐揚げを食べながらマンションの部屋に入っていく。

見た感じは10代というか、私達と変わらない年齢に見えた。

「シュウさんの調べに漏れがあったのかな?」

「いや。シュウのやることに漏れがあるはずがねえ。大方、出し子のバイトだろう。どっちにしろ写真のない奴は的じゃねえから放っておけ」

「うん」

ニュースを思い出す。

こいつらが弱い高齢者をターゲットに非道を繰り返しているのか。

しかもその金で豪遊してるとか聞いたら、怒りで目眩がしそうだ。

「そうだ。今度の依頼は誰から?」

「被害者の遺族からさ」

「遺族?」

「詐欺の被害にあって金を騙し取られて自殺した。孫のために貯めてた僅かな金まで騙し取られてな」

「ふざけた奴等だよ!そんな金で酒飲んでるなんてさあ!」

「まあ、熱くなるな。奴等はキッチリ地獄送りにしてやる」

烈の言葉を聞いて私は無言で、強く頷いた。

そのとき、烈のスマホに着信がきた。

「シュウからだ!」

烈の表情が変わる。

着信はメッセージアプリからで、すぐ店に来るようにとあった。

「すぐに店に来いだってよ。勝手なこと言いやがる」

「行くの?こっちの監視は?」

「行くしかねーだろう。いろいろ聞きたいこともあるからな」

かなり怒ってるなこれは……

なんだか嫌な予感しかしないが、とりあえず特殊詐欺グループの監視を切り上げて、私と烈はシュウさんの店に向かった。



「どういうことなんだよ!?シュウ!!」

「まあまあ落ち着けよ」

店に来て開口一番に烈が強い口調で問い詰めた。

ようやく帰ってきたシュウさんは怒り心頭の烈をなだめる。

私が言うのもなんだけど、烈が怒るのも無理はない。

あの因縁深い邪羅威と組むと本人から聞かされ、自分はなにも知らされていないのだから。

当然、烈は問い詰める。

「なんで邪羅威たちと組むんだよ!?聞いてねーぞ!!」

「今回はさあ、大仕事なんだよ。頼みの筋は"神楽会"からだし」

「神楽会……」

烈の表情が変わる。

「ねえ……なに?その神楽会って?」

「あ~、唯愛ちゃんは知らないよね。では説明しよう!」

「おい!俺の話は終わってねーぞ!!」

「わかってる、わかってるからちょい待ち」

必死に烈を宥めると、シュウさんは私の方を見て改まって話だした。

「え~とね……まず神楽会っていうのは関東の殺し屋を束ねる組織なわけね」

「そんなのあるんですか!?」

「あるんだな。殺し屋同士で争わないように、所属する殺し屋に仕事を回したり、ときには助けたりする組織。それが神楽会」

「へ~…私たちも所属してるわけ?」

「もちろん。神楽会に所属してなければ東京で仕事なんてできないからね」

「で?その神楽会がどんな仕事を俺たちにまわしてきたんだよ?」

烈がいらついたようにシュウさんに聞く。

「西から中国系の殺し屋集団、黄龍党がやってくる」

「殺し屋集団?黄龍党?」

その名称を聞いて私は首をかしげたが、烈は眉根を寄せるだけだった。

「それはなに…?」

「中国マフィアお抱えの殺し屋集団だ」

烈が私に説明する。

「金のためなら関係ない人間まで巻き添え上等の外道集団さ」

烈は吐き捨てるように言った。

「バスに乗った一人の標的を殺すのに、無関係な乗客もろとも爆破したりね。あいつらはなんでもあり」

シュウさんが首を振りながら言う。

「その殺し屋集団が東京に?」

「そう。神楽会を無視して東京の仕事を独占するためにやってきた。既に何人か神楽会所属の殺し屋が殺られてる」

「ええっ……じゃあもう東京に?」

私は口に手をあてた。

「そいつらの始末を誰がやるか?俺が引き受けてきたわけ」

「ちょっと待てよ。そんな大事をなんで俺たちだけに任すんだ?普通なら東京の殺し屋が一致団結して戦うのが筋だろ?」

「いいところに気がついたね~列君」

シュウさんはパチンと手を叩くと冷蔵庫の方へ行く。

中から烏龍茶の缶を三つ取り出すと、二つを私と烈に投げてよこした。

「神楽会の会長としては抗争で目立ちたくないんだよ。とくに警察から目をつけられたら終わりだ」

シュウさんの話だと、殺し屋組織同士で全面戦争なんかしたら警察の思うつぼらしい。

今まで闇に紛れていた殺し屋たちが派手に殺り合ったら芋づる式に目をつけられる。

相手はそこも見越して攻めてきてるんだろうって。

「そこで会長とは古い繋がりがある俺に相談が来たのよ。なんか妙案はないかってね」

「それで邪羅威か?」

「正解!!」

シュウさんがピッと烈を指さす。

「ふざけんじゃねー!!」

烈が怒鳴った。

「いやいや、もうお金払ってるし、それにマフィアと繋がってるような奴等、俺たちだけじゃ無理でしょ」

「相手がどんなヤバイ奴等だろうと、それとこれとは別だ!!」

烈は今にもシュウさんに掴みかかるような勢いだ。

そのときーー

「誰だ!?」

「きゃあっ!!」

烈がドアの方を向いて叫ぶと同時に、私の体をソファーの陰に突き飛ばした。

私を守るように前に身を屈めると、懐に手をやりながらドアを警戒する。

「シュウ!!」

しかしシュウさんはさっきとかわらずキッチンに佇んで、警戒するような素振りは見せない。

ただ、表情に異様な緊張が現れているように感じた。

ガチャッ……

ドアが静かに開く。

黒いコートにスーツの、あの男が入ってきた。

「邪羅威!!」

「よお。少しはプロらしくなったかと思ったが、相変わらずだな」

邪羅威がせせら笑うように言う。

邪羅威に続いて羅刹も入ってきた。

「私たち、今回はチームなんだから仲良くしましょう」

二人からは敵意とか殺気のようなものは感じない。

「俺が呼んだんだ。今後の仕事のことを話さなきゃならないし」

烈に宥めるように言うシュウさん。

「シュウ。久しぶりだな。元気そうでなによりだ」

「ああ。おかげさまでね」

えっ!?

シュウさんと邪羅威は知り合いなの!?

「しかし教育が成ってねーな」

「そうか?烈は育ってるぜ?もしかしたら俺やあんたの想像以上にな」

「フン……」

邪羅威は再び烈を見る。

「俺と組むのが気に入らないなら降りるか?俺はかまわねー。俺たちがその分殺ればいいだけだからな」

「なにっ」

邪羅威と烈の間に異様な緊張感が生まれた。

私はチラッと羅刹を見た。

ええっ!?

自分のネイル眺めてるし!!

この緊迫した場にいてなんてマイペースな!!

「今回限りだ。シュウ、進めてくれ」

若干忌々しいように言うと、烈は懐のナイフから手を離して立ち上がった。

ホッとしたところで私も立ち上がる。

痛てて……さっき突き飛ばされたときに膝ぶつけて痛いや……

「じゃあ……全員揃ったところで細かい話をしようか」

シュウさんがリモコンを操作すると壁にかかった大きな液晶画面のスイッチが入った。

全員が画面を見る。

「これが黄龍党を抱えてる中国マフィア、聖夏会の幹部たち。新宿を拠点にしてる」

画面には数人の男の顔が映し出される。

「この真ん中のが聖夏会の首領、劉玄昊(リュウ・ゲンコウ)ね」

シュウさんは黒髪をオールバックにして口ひげを生やした眼光鋭い壮年の男を指した。

「数年前に激烈な跡目争いを制して、聖夏会を強力な武闘派組織にしたのがこの男だな。去年になって日本の裏社会に進出してきた」

邪羅威がシュウさんに確認する。

「ああ。ちなみに跡目争いの抗争で大活躍したのが殺し屋集団の黄龍党ってわけだ」

「聖夏会の根城は新宿だったな」

「ああ。劉玄昊の私邸に構成員が戦闘員もかねて寝泊まりしてるよ」

シュウさんが烈に答える。

「だいたい何人くらいいるの?」

私が烈に聞いた。

「構成員は正確にはわからねー規模だ」

「そんなに!?」

「だが、この私邸にいる奴らが純粋な構成員だとすると50人ってとこか。あとは聖夏会の看板で仕事がしたいチンピラだからな」

驚く私に画面を見ながら烈が答える。

「その私邸にいるのは選りすぐりの武装した50人よ」

羅刹が私の後ろから落ち着き払った声で言った。

「この仕事で厄介なのは、黄龍党を潰しても聖夏会がいる限り、大規模な報復といずれは第二の黄龍党に代わる組織を連れてくるってことだ」

シュウさんがため息交じりに言う。

「つまり、黄龍党と聖夏会。この二つを同時に始末しないとこの問題は解決できない。そういうことだな?シュウ」

「そういうこと」

邪羅威の問いにシュウさんはウインクして答えた。

これは大変な仕事だ……

話を聞いていて私も「大仕事」ということを理解した。

「黄龍党のメンツは把握してるのか?」

「いや。メンツはわかっているが何処に潜伏しているのかがわからない」

邪羅威に促されてシュウさんがリモコンを操作すると別の七人の男女の顔が画面に映った。

「一番上が黄龍党の頭目、梁凰稀(リョウ・オウキ)だ」

「こいつか。聞いた名前だが顔を見るのは初めてだ」

「ああ。あらゆる殺しの技術に精通している凄腕って噂だ」

額に傷がある精悍な顔つきで、鋭い目つきの二十代といった感じの男だ。

「いいだろう。聖夏会は俺たちが全滅させる。いいな?」

「Ok!」

邪羅威の言葉に羅刹が答えた。

「じゃあ黄龍党は俺たちがやるか」

烈が梁凰稀の顔を見ながら言う。

「仕事は黄龍党の潜伏先がわかったらすぐにでも取り掛かるってことで、みんないいかな?」

「いいだろう」

「Ok」

「ああ」

「う、うん!」

みんなの返事につられて最後に私もうなずいた。

「わかり次第、俺たちに連絡しろ」

そう言うと邪羅威と羅刹は部屋から出て行った。

「ふう――ッ…恐かった」

シュウさんがキッチンの前にあるカウンターに寄りかかって大きく息を吐きながらぼやいた。

「恐いって?シュウさん?」

「邪羅威に決まってるじゃん!」

「だって知り合いなんでしょう?」

「知り合いだろうがなんだろうが、むこうの気分次第でこっちの対応が悪ければこれだからね」

シュウさんは自分の首に手刀をあてるとシュッと引いて見せた。

「ビビるくらいなら最初から組まなければいーんだよ」

烈が呆れたように言う。

「まあまあ、これが上手くいけば俺たちは東京…いや、日本でも最強クラスの殺し屋グループとして大きな顔ができるんだから」

シュウさがなだめながら言う。

「興味ねーな。仕事はキッチリするけどな」

言ってから烈は私を見た。

「送ってくよ」

「ああ、うん」

シュウさんに会釈すると烈に続いて部屋を出た。

いつもの公園まで歩いてきた。

「ねえ。なんか飲まない?」

「なんで?」

「なんでって……喉乾いたし、ちょっと話したいし」

「ふうん……まあいいけど」

私をベンチに待たせると烈は公園の中程にある自販機から飲み物を買ってきた。

「ありがと」

「いいよ」

私がお金を払おうとするとぶっきらぼうに断った。

「ありがとう」

改めてお礼を言ってブルタブを開けて口をつける。


「ねえ?ようするにこれって暴力団の縄張り争いみたいなもん?」

「まあな」

「変わらないのかな…?暴力団も殺し屋も」

「人間のやることなんてどこまでいっても変わらねえよ」

「ふうん……」

公園でくつろぐ。

「それよりさあ、黄龍党って実際はどうなの?私たちだけで勝てる相手なの?」

「さあな」

「さあなって……じゃあ危ないってこと!?」

「危なくねー仕事なんてねーよ」

私が何か言おうとするのを烈は手をあげて制した。

「なんだ?弱い人、悪い奴をやっつける仕事じゃねーから乗り気でないってか?」

烈に指摘されたことは当たっていた。

これじゃあ暴力団の縄張り争いと変わらない。

私はそこに抵抗があったんだ。

「奴らみてーな外道を野放しにしてたら踏みつけられた人の恨みを晴らす仕事もできなくなるってことだ」

「そうだけどさ……」

たしかにその通りなんだけど……

私の頭じゃいくら考えても正解なんてでてきそうにない。

そんな私を見透かしたように烈が言った。

「いいじゃねーか。納得いかなければとことん考えれば。そのうち納得できる答えが見つかるかもしれねえ」

「そうか…そうだよね」

これはこれで考えよう。

とにかく今は目の前の仕事を考えないと。

「そうだ!」

「なんだよ?」

「邪羅威たちは聖夏会を全滅させるって言ってたけど、二人で大丈夫なの?」

「ああ。これに関しちゃあ信頼できる。あいつらなら大丈夫さ」

烈はしっかりと言った。

その言葉には信頼すら感じ取れた。

烈は邪羅威を敵視しているけど、同時に全幅の信頼もしている。

この二人の関係はなんなんだろう?

私がますます疑問を抱いた時だった。

「そこまで信頼してくれるなんて嬉しいぜ。烈」

「うわっ!」

いつの間にか邪羅威と羅刹が後ろにいて、驚いた私は思わず声を上げてしまった。

「なにか用かよ?」

「なーに、ちょっと提案に来てやったのよ」

「提案?」

「シュウの描いた絵図はどうも消極的でいけねえ」

「他に手はあるのかよ?」

「ある!」

邪羅威はきっぱりと言い切った。

その様子に私も烈も少しばかり驚いた。

「黄龍党の居場所なんて最初から探る必要ないのよ」

羅刹が笑みを浮かべて言う。

「何を考えてるんだよ?」

「俺と羅刹が劉元昊の首と聖夏会を的に仕事を請け負ったという情報をリークする」

「ええっ!?」

「この時点で劉元昊は三つの選択しかできなくなる」

「なるほどな……」

烈が頷いた。

「なになに!?なんなのよ!?」

私にはさっぱりわからない。

「私たちに狙われてる劉元昊は、私たちを黄龍党を使って殺させるか、逃げるか、私邸に籠城して迎え撃つかを選択することになるわ」

羅刹が私に言う。

「そっか……でもどれを選択するかわからないじゃない」

邪羅威が笑った。

「現実的に考えれば、逃げるか籠城だ。つまり実質二択だな」

「なんで……?」

「はあー……わかんねーやつだな」

烈が呆れたようにため息をついた。

「なにが!?」

「黄龍党に邪羅威たちを探させて殺すのは時間も人も金もかかる」

「ああ……なるほど」

たしかに、何処にいるかわからない相手を探すなんて手間暇かかって仕方ない。

「籠城にしろ、逃げるにしろ、黄龍党は必ず劉元昊の身辺を警護する……こちらが探す手間なく自分たちから出てくるのさ」

「それに……」

「リークするのは私と邪羅威だけ。劉元昊も黄龍党もあなたたちの存在は知らない」

「どうだ?これで圧倒的に面白くなってきただろう?」

「たしかにな」

「ちょっと!ちょっと!いや、面白いとかじゃないでしょう!」

「ちんたら探して待つのは性に合わねー。穴篭もりした奴等は誘い出して片付けるに限る」

「俺も同意見だ」

「……」

「なんだよ?」

「なんか、あんた達って実は気が合うんじゃないの?似てるし」

「はあ?バカ言ってんなよ!!」

私と烈のやり取りを見て邪羅威が声を立てて笑った。

「シュウには俺から話しておく。早ければ二三日後に仕掛けることになる。そのつもりでな」

「わかったよ」

邪羅威に烈が答えると羅刹が私を見た。

「楽しみね」

クスッとして言う。

いやいやいや、楽しくないぞ!!

さっきのシュウさんの話を聞いてたの?

50人プラスαの武装集団に加えて凄腕の殺し屋集団まで一同に集めてどうするのよ!?

面倒くさくても個別に叩けばいいじゃない……と考える私がズレてるんだろうか?



「ダメダメダメ!絶対ダメだって!」

翌日になって烈から邪羅威の提案を聞いたシュウさんな、大きなリアクションをして全否定した。

「なんでだよ?」

「なんでわざわざ敵の戦力を集中させるんだよ?分断してた方が良いだろ!?」

「でも俺たちも分断してるだろ?」

「そりゃあそうだが……聖夏会の私兵に黄龍党かあ……」

シュウさんは悩んだように顔をしかめて天井を仰ぐ。

「やっぱりダメだ!ここは慎重策でいく!」

「シュウ!」

烈が抗議しようとした時、ドアが静かに開いた。

「取り込み中に悪いな」

「邪羅威……」

「せっかくの提案だが、俺は今回は慎重策をとる」

「あら……大変……」

羅刹が口に手を当てて眉を寄せる。

わざとらしい……

「なにが大変なのかな?」

シュウさんが首を傾げた。

「だって今さっき言ってきちゃったもの」

「なにを?」

「私らが聖夏会を潰すって」

「ああ、そう……ええええーーーっ!!?」

シュウさんは大声を出すと、ふらふらとカウンターにもたれかかった。

「いろいろ準備とかしてたんだよな……あれもこれも」

青ざめた顔でブツブツ言ってるシュウさんを見て同情した。

これでいかに不本意でも邪羅威の作戦にのるしかない。

だけど、今回の仕事に私は言い様のない拒絶感を抱いていた。

私も紛いなりにも殺し屋の仲間として働くのだから、そんなこと考えていけないのはわかっている。

頭ではわかっているのだけど、心は納得していない。

それは、今回の仕事は私が今まで関わってきたものとは明らかに違う。

今までは……

弱い者の晴らせぬ恨みを晴らす、許せない悪党共をやっつける。

世のため人のためなんて大層なことじゃない。

それでも傷付いた人、虐げられた人のために私は突き動かされてきた。

卑劣な悪を許せないという怒りが常にあった。

でも今回は違う。

言ってみれば暴力団の縄張り争いみたいなもんだ。

殺し屋の縄張り争い。

たしかに、話を聞いていればチャイニーズマフィアの連中を野放しにしていれば、この先たくさんの犠牲者が出ると思う。

もしかしたら、私の大切な人も知らぬうちにどこかで被害に遭うかもしれない。

でも、これで良いのだろうか?

私が烈の仲間になり、殺しの仕事に関わったのはなんのためだったのか?

そして羅刹の言葉を思い出した。

今度の仕事で、私は人を殺すことになるのだろうか。

そのとき、人を殺した私はどうなるのだろうか。

どす黒い靄が私の心を覆い尽くしたような感覚を覚えた。



第一部 完



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極悪の愛しかた 壱 sin @kouden

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