第4話 殺しの元締め
「どうぞ」
烈が扉を開ける。
「は、はい」
ヤバイ!ガチガチになってるぞ!
「早くしてくださいよ。冷気が店内に入るでしょう?」
「わかってるわよ」
深呼吸しながら店に入った。
あれ……
普通に営業してるし、お客さんもいる。
どこ?どこにボスがいる!?
「おかえり」
「へっ?私?」
カウンターにいた丸メガネの男の人に声をかけられた。
ぱっと見たときに、細くて柔らかくて陽気な感じがすると思った。
「唯愛さんじゃなくて僕ですよ。ただいま」
「ただいまって…ここ、烈の家!?」
「ええ」
烈が答えると丸メガネの人が私に声をかけた。
「いらっしゃい。烈の彼女?」
「へっ!?えっ!?いやいやいや!」
慌てふためいて大きく手を振る。
「マスターの溝呂木修也です。よろしく」
溝呂木修也(ミゾロギ シュウヤ)と名乗ったマスターはニッコリと微笑む。
「あっ!九龍唯愛と申します」
私がお辞儀すると烈がマスターに声をかける。
「ちょっと仕事の話で」
烈は「仕事」と口にした。
それを受けたマスターの視線が一瞬、今までの陽性のものから変化した。
「ふうん…君がね。烈から聞いてるよ」
すぐに営業用というかさっきまでの柔和な笑顔に戻った。
じゃあこの人も仲間?
もしかしてボス?
「下に行ってろよ。後で飲み物持っていくから」
マスターが烈に言う。
「はい……唯愛さん、こちらへ」
「う、うん」
カウンターの横にある扉を開くと下に降りる階段が。
私は烈に続いて降りて行った。
会談を降りきるとまたドアがあり、烈がその中に入っていく。
私が入ると烈が壁にあるスイッチに触れた。
パチッ。
「わあ…」
部屋を見回しながら中程まで歩いた。
入った部屋は打ちっ放しのコンクリートの壁に囲まれていて、真ん中にソファーとテーブル、対面には壁掛けのモニターがたくさんある。
画面にはさっきの店内、それに外といろんな場所が映っていた。
防犯カメラ……?
部屋の奥にはキッチンがあり、その横にはドアが左右に二つ。
天井はダクトが剥き出しになっている。
「ここって…?」
「俺の部屋だ」
振り向くと烈はコートを壁掛けにかけるとメガネを外している。
ふうっと息を吐いて頭を振ると、ふんわりした髪がファサっと揺れた。
「ここが烈の家ってことは、さっきの人は?」
「俺の保護者。裏の顔は俺のボスさ」
あの人が保護者もやってるのか……
それにしても、とても殺し屋の元締めには見えない。
そういったら烈もそうなんだけどね……
学校にいる烈を「殺し屋」と言っても誰が信じるだろう?
「そこらに座ってろよ」
ソファーをあごで指す。
もう学校の優等生モードじゃないわけね。
それにしてもスイッチの切り替えが早いな。
感心しながらソファーの真ん中に座った。
「おい。端に座れよ。俺だって座るんだから」
「ああ、ごめん」
横にずれると烈が座った。
そのまま無言で壁のモニターを見ている。
私も倣って一緒に映像を見ていた。
……
……
「ねえ」
「……」
「ねえ!」
「なんだ?」
モニターから目を離さずに烈が返事をする。
「いつもこんな感じ?」
「なにが?」
「家帰ってきたらずっとモニター見てるの?雑誌見たりテレビとかは見ないの?」
「そうだな。大体は監視してるかな。妙な奴がうろついてきてないかとか」
「疲れない?」
「慣れた」
「そう」
……
……
これが烈の生活かあ……
もちろんこれは一部なんだろうけど、擦り減ったりしないのかな?
「唯愛も慣れておけよ」
「モニター監視?」
「というより異なる情報を並行して視認して処理する作業だ」
「これがどう役に立つの?」
「状況把握。唯愛にまず必要なのはいかに多くの情報を早く処理することだ」
「なるほどね」
烈に言われて私もモニターの画面を見た。
一つの画面に集中するのではなく、なるべく全体を見るように。
そうして二人で画面を見ていると部屋のドアが開いた。
「お待たせ!店閉めてきたぜ」
マスターが入ってきた。
片手には飲み物を乗せたトレイを持っている。
「あっ!私持ちます」
「サンキュー」
私にトレイを渡すとマスターはキッチンのほうへ歩いて行った。
「この子がおまえが言ってた相棒か?」
烈に聞く。
「相棒じゃねーよ。見張り兼使い走りだ」
「ちょっと!パシリってなによ!?」
テーブルに飲み物を置きながら烈に噛みつく。
「他にできることねーだろ?」
「うっ…まあ…」
それを言われるとつらいが、もう少し他の言い方ってないかしら?
「見張りもパシリも大事な仕事だよ。唯愛ちゃん、よろしくね♪」
「は!はい!」
「今回の仕事のことはもう烈から聞いたのかな?」
「はい。あの…悪徳金融業者を始末するって」
「Good!」
マスターはウインクしながらサムズアップした。
陽気すぎてどうしてもこの人が殺し屋のボスには見えない。
前に公園で会った二人……
同じ殺し屋でも、邪羅威と羅刹とは全く雰囲気が違う。
「シュウ。俺ちょっと着替えてくるわ」
「おお。その間に細かい話はしておくよ」
シュウ…ああ!修也だからシュウね!
「唯愛ちゃんもこれからはシュウって呼んでね」
「いえいえいえ!そんな失礼な!」
「どうして?」
「だってボスじゃないですか?」
「嫌いなんだよね。そういう上下関係が表に出てるのって。もっとフレンドリーに行きたいじゃない?ね?」
「は、はあ…」
この人と話してると戸惑うな。
改めてマジマジと見てしまう。
歳は30にいってるかいってないかくらい。
陽気でどっか軽い。
この人が烈みたいに人を殺すのだろうか?
「ん?どうしたの?」
私の視線に気が付いたシュウが微笑みながら首を傾げた。
「ああ!いえ、その……」
「殺し屋っぽくないって?」
「はい…すみません!」
「ハハハッ!よく言われるんだよね~ご同業からも」
「正直。驚いて戸惑ってます」
「でもさあ、仕事だから。みんな普通でしょ?働いてる人。職人だってサラリーマンだって。それと同じでさあ、仕事の内容が〝人殺し″ってだけで〝普通″になっちゃうのよ。上っ面だけはいつの間にかね」
人殺しが普通の生活か……
「それは慣れるってことですか?」
「まあね。ただ職業的な習慣とかはあるから、わかる奴が見ればわかるけどね」
シュウさんはニコニコしている。
「まあ、こういう仕事する奴はだいたい事情持ちだよ。普通の世界ではいきれないって。あとは金のため食うため生きるため……」
シュウさんは一旦言葉を区切ってから、ダクトが剥き出しになった天井を見上げた。
「中には〝自由になるため。人を超えるため″なんてわけのわかんない理由の奴もいるけどね。もうそこまでいくと浮世離れしてて逆に面白いよ」
昼に日向の言った言葉と被った。
「自由」と「人殺し」
「そんな人いるんですか?」
「まあね」
シュウが頷くとドアが開いて烈が出てきた。
細身のパーカーにダメージジーンズ。
茶色の革ジャンを肩にかけている。
「またボロボロのジーパン?」
「いいんだよ。それより話してくれたか?」
「悪い。世間話しかしてなかった」
言葉とは逆にシュウさんは全く悪びれずに笑顔で言う。
「ったく…しょうがねえな」
「悪い悪い、じゃあこれから説明するわ」
シュウさんはキッチンからこちらへ来ると二枚の写真を見せた。
中年の男と中学生と小学生の女の子が映っている写真。
女の子の一人は七海だ。
「これが今回の依頼人ね」
「もう会ったよ」
「そうなの?」
シュウさんが素っ頓狂な声を上げる。
「それと知らずに…偶然知り合っちゃいまして…」
私は今朝の顛末をシュウさんに話した。
「Good!こっちの素性が知れてなければ無問題!それに依頼人へのサポートなんて願ったりだよ!」
「はい…」
良かった。
怒られるかと思ったよ。
「で、近日中にこの姉妹は父親と合流して東京から離れるから。悪徳金融業者を始末するのが今回の仕事ね!」
「質問良いですか……?」
「はい。唯愛ちゃんどうぞ」
「その……なんで七海のお父さんは他所に移るのに権利書を手放さいんですか?そうすればわざわざ殺し屋に頼む必要もないし、取り立てからも開放されるのに」
「いい質問だね~」
シュウさんは両手の人差し指を私に向けてニッコリした。
「あそこの土地は高く売れるのよ。再開発地区に指定されてるから。周りの家もどんどん連中に地上げされてる。依頼人の工場があった場所はちょうど真ん中あたりで再開発のキモにあたるんだよね」
シュウさんが私に説明すると烈が続いた。
「つまり依頼人としては上手くいかなくなった仕事より、土地を高く売って別な場所で再出発したいのさ」
「まあ……生活には金がかかるからね」
確かにそうなんだけど、なんか納得いかないな……
「土地だけならまだ最悪譲っても、生命保険にかけて命まで狙われてるからね。権利書を持ってるうちは子供も安全だしね」
「どうして?」
「子供になんかあってみろ。もし父親だけ逃げたら土地も手に入らずだ」
「なるほどね……だから七海たちもぎりぎり無事だったわけか……」
私は七海との会話を思い出した。
取り立ても嫌がらせ程度にやってたわけか。
嫌な連中だ。
これはなんとしても、お父さんと一緒の生活できるようにしないと。
あっ……
「そういえば七海のお母さんは?今まで全然話に絡んでないけど」
「出て行ったよ。一年前かな?取り立てや嫌がらせが耐えられなかったんだろうね」
言い終わるとシュウさんは烈にふる。
「それまでのやることは?烈君」
「連中の組織の把握」
「正解~♪的がはっきりしないと仕事にならないからね。で、役割分担は決まった?」
「ああ。俺は末端の連中は掴んでるから、そいつらを見張ってるよ。唯愛はそれとなく依頼人と接触してくれ」
「接触って?」
「それとなく仲良くなればいいんだよ」
「わかった」
「Good!じゃあこれは必要経費な!追加があったら言えよ」
パンツの後ろポケットから輪ゴムで止めた万札を無造作にテーブルに置くシュウさん。
「こ、こんなに!?」
私が驚くとシュウさんは手を振った。
「領収書はいらないから。その代わり余った分は正直に返すんだよ。ネコババ厳禁だからね」
「もちろんですよ」
「Good!じゃあ後は烈の指示に従って」
「はい」
「じゃあ俺は一休みしてから店開けるかな」
シュウさんは烈が出入りした反対側のドアのほうへ歩いて行った。
「行くぞ。途中まで送っていく」
「う、うん!」
慌てて残っていた飲み物を飲み干す。
「お邪魔しました!」
シュウさんにお辞儀する。
「あっ!そうだ唯愛ちゃん」
「はい」
「君って、どうして烈と一緒にこの仕事やろうと思ったの?」
「わ…私は……」
烈は黙っている。
「許せないのが多いから……弱い人が泣かされて殺されて……そんな連中が許せなくて」
「いいね~!その業界に染まってない初々しさ!」
「行くぞ」
「う、うん」
烈に促されて地下の部屋を後にした。
「どうだった?シュウは」
「うん……あんまりにも普通なんでビックリしちゃった」
「ハハッ…普通なわけねーだろう。俺もあいつも」
「そうなの?」
「今にわかるよ」
烈はそれ以上喋らなかった。
私もなんだか聞きにくくて、その日は公園まで烈に送ってもらい分かれた。
普通じゃない……
ってことは普通じゃなくなるってことだ……
ハッとして振り向くと烈の背中は遠くて小さい。
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