第5話 恨み受け取り

今日から七海たちを見張ることになった。

早速、いつもより早く家を出て学校へ行く。

目的は七海がアルバイトしてる弁当屋だ。

少し離れた場所から見ると、レジ打ちしている七海の姿が見えた。

学校へ行く時間を考えると、そろそろ上がりかな?

待つこと10分。

店から制服姿の七海が出てきた。

「おはよう!」

「あっ…おはよう…ございます」

不意に声をかけた私に七海は戸惑いながらも挨拶を返した。

「送ってくよ」

「えっ!悪いですよ」

「イーノイーノ!気にしないで。さっ!行こう!」

戸惑う七海の手を引いて歩きだした。

こういうときは勢いでまるめこまないとね。

「昨日はあれから大丈夫だった?」

「はい」

「昨日も言ったけどさあ、なんかあれば遠慮なく相談してよ」

「優しいんですね……なんで昨日会ったばかりの私にそんな……?」

「性格かなあ…?お父さんやお母さん、お祖父ちゃんにお祖母ちゃん、みんなそうだったから」

「私のクラスメイトとは大違い」

「クラスメイト?」

「私、家があんなじゃないですか…取り立てにあんな恐いのくるし」

「うん」

「だからみんな私には関わらない、話さないって空気で」

「それ、友達甲斐が無さすぎでしょ」

「いいえ…やっぱ恐いし……私も逆の立場なら距離置くだろうし……」

七海は自嘲気味に口許を緩めて言った。

「でも、それももうすぐ終わるんです」

「そうなの?」

そりゃあそうだ。

烈たちに依頼したんだから。

「お父さんとお母さんと、私と妹。家族揃ってやり直すんです…明日から」

「お母さん?帰ってきたって?」

たしかシュウさんは出て行ったって言ってたよね。

「昨日、急にアパートに来たんです……出て行って悪かったって私と妹に謝りました」

「許してあげたの?」

「はい。妹は大好きなんです。お母さん……あの人のこと」

「あの人?」

「後妻なんですよ。本当のお母さんは妹がまだ小さいときに亡くなって……お父さんが男手一つで育ててきたんです」

「そうなんだ……」

「そうしたら、ある日お父さんから結婚したい人がいるって言われました……紹介されたのが今のお母さんで……若くて凄く綺麗なんです」

そう話す七海の目に、どこか憧れのようなものを感じた。

「この前帰ってきたとき、妹にはお母さんが必要なんだなって実感しました」

「そっか……良かったじゃない!」

「はい!」

七海の笑顔は幸福に満ちているように見えた。

私は無性に嬉しくて……

自分まで幸せな気持ちになった。

七海を送ってから学校に行くと、烈は休みだった。

悪徳金融業者のことを探ってるんだろう。



私は放課後になるとシュウさんのカフェに行った。

私が行くとシュウさんは温かい紅茶を出してくれた。

「と、いうわけで七海のとこにお母さんも帰ってきたんですよ」

「へ~母親がね~」

シュウさんも私と同じ紅茶を口にする。

「後妻って言ってたな~凄い綺麗で優しくて、妹がとても懐いてるんですって」

「どっかの店でNo.1だったらしいよ」

「店ってキャバとか?」

「ああ。若くて美人な奥さんとか羨まし限りだよ」

「シュウさん結婚したいの?」

「いやあ……この仕事してるとねえ…諦めてるよ」

照れくさそうに笑うシュウさん。

「ところで明日には東京を出るんだって?」

「はい」

「俺のところにも父親から連絡があったよ。明日の夜には出発するらしい」

「じゃあいつ殺るの?」

「明日の朝までにはケリをつけたいな……まあ烈の調査結果次第だけどね」

シュウさんが言い終わると同時に店に革ジャンを着た烈が入ってきた。

「なんだ、来てたのか」

私の顔を見て素っ気なく言う。

「まあね」

私もツンとして返した。

「どうだった?烈」

シュウさんが尋ねる。

「ようやく大本がわかったぜ。大洋ファイナンスの山野幸男って奴だ」

「へ~大物じゃない」

シュウさんが感嘆する。

「貸金業がメインだが土地売買にも手を伸ばしてる。再開発の利権狙いさ」

「なるほどね~」

「こいつが主犯で土地を巻きあげようって魂胆だ」

「巧妙にダミー会社や枝葉の業者を使ってたが、ついに辿り着いたな。烈、お手柄だ」

「いつ殺るの?七海たちは明日には東京を出るみたい」

「山野は今、日本にはいない。帰国が今晩だ。この件に関わってる手下連中も集まるらしい」

烈は七海たちに取り立てにくるチンピラたちの事務所に盗聴器を仕掛けていたらしい。

ようやく山野の名前が連中の口から出て辿り着いたわけだ。

「じゃあ……?」

「今晩、山野が帰宅したら仕掛けるか」

「あそこはセキュリティがかなり厄介な家だぜ?」

「悪党ってのは用心深いからな。でも所詮は個人宅。いくらでもすり抜けられるさ」

烈とシュウさんの話を聞いていて私の中でも何かが昂ってきた。

「殺る相手は山野、それに取り立てしていたチンピラ二人だ」

シュウさんが言うと烈と私はうなずいた。

「俺と烈がやるから唯愛ちゃんは見張り頼むね♪」

「はい」

いよいよ今夜だ。

これで七海たちは幸せになれる……!!


「なんだそれ?」

「やっぱボスだから?」

「ちげーよ。仕事前に半人前がうろちょろ動くと迷惑だからだよ。シュウが俺に行けって言ったのは、唯愛がドジ踏まねーように見張れってことだ」

「なにそれ!」

「ほら。着いたぜ」

烈があごで指した先に七海のアパートが見えた。

「さっさと行ってこいよ。俺はここで待ってるから」

「一緒にお別れしないの?」

「この姿で会ってねーだろ」

「ああ……そっか」

納得した。

たしかに七海が烈の姿を見たのは、学校にいるときの烈だからね。

「じゃあ、行ってくるね!」

烈はうなずくと、革ジャンのポケットに手をつっこんで、塀にもたれた。

一人で七海のアパートの部屋へ行くと呼鈴を押した。

返事はないがドアの向こうに人の気配を感じる。

「はい…」

七海の声だ。

「七海?私!」

少ししてドアが開いた。

「唯愛さん!」

「おっす!」

「どうしたんですか?」

「ちょっとお別れ言いたくてさ」

「それでわざわざ」

「うん」

私が返事をすると、部屋の奥から男の人の声が聞こえた。

「七海ー!誰が来たんだ?」

「私の友達だよー」

七海が返す。

「お父さん?」

「はい」

七海はうなずくと、玄関から出てきてドアを閉めた。

「もしかして忙しかったかな?」

「ちょっとバタバタしてますけど、大丈夫です」

「どこ行くかは聞かないけど、落ち着いたら連絡してよ」

「はい」

「学校とかはどうするの?」

「それも急なんで……向こうに行ってから今の学校の手続きとかすると思います」

「そっか……」

「唯愛さん、いろいろ気にしてくれてありがとうございます」

「いいんだって!気にしないでよ」

「彼氏さんにもお礼言っておいてください」

「彼氏?」

「ほら、学校まで一緒に来てくれたメガネの」

「メガネ…って烈か!あいつは彼氏とかじゃないから!ただの幼馴染!」

「そうなんですか?」

「うん」

「カッコイイしお似合いだったから、彼氏かと思っちゃった」

「ハハハッ!伝えとくよ」

私たちがドアの前で話していると、コンビニ袋を下げた、綺麗な女の人がきた。

「七海…お友達?」

七海のお母さんか。

私を警戒するような表情をした。

「うん。唯愛さん、お母さん」

「はじめまして」

私が会釈すると、お母さんは「七海と仲良くしてくれてありがとう」と、笑顔を見せる。

綺麗で派手目なメイク。

ネイルもすごいや……

このアパートの雰囲気とはちょっと違うと感じた。

「お弁当買ってきたわよ」

「ありがとう!」

お母さんは買出しに行ってたのか。

「じゃあ唯愛さん!お元気で!」

「うん!七海も負けないでね!」

互いに拳をコツンと合わせた。

お母さんに促されて部屋に入る七海を見て、私もアパートを後にした。

「どうだった?お別れできたか?」

電柱の陰にいた烈が出てくる。

「うん。なんか幸せそうだったよ」

「そうか」

あとは私たちが今晩、あいつらをキッチリ仕留めれば大丈夫だ。

そう思いながら帰り道を歩いていて、交通量の多い交差点を渡ったときだった。

信号が変わると黒塗りの車が私たちが歩いてきた方へ曲がっていく。

中には見覚えのある顔が乗っていた。

七海に朝絡んでいたチンピラだ。

「あれ!烈!!」

私が言う前に、烈は鋭い目で車を見ていた。

「嫌な予感がするな」

一言いうと来た道へ戻ろうとした。

しかし信号が変わらない。

「唯愛はここで待ってろ」

「えっ!ちょっ!危ない!!」

焦れたように言うと烈は、通りに飛び出して車を避けながら横断歩道を駆け抜けた。

けたたましくクラクションが鳴る。

待ってろとは言われても、胸騒ぎを無視出来ない。

信号が変わるのを待つことなく、烈を全力で追いかけた。


七海のアパートに来ると妙に静かで、車の姿も見えない。

七海の部屋のドアが半開きになって、中から「しっかりしろ!!」という烈の声が聞こえた。

急いで私も中に入る。

「ああっ!!」

私が見たものは、血塗れ姿の七海と妹、父親の姿だった。

「おい!しっかりしろ!!」烈が仰向けに倒れている父親に声をかけている。

私も七海に駆け寄った。

七海は妹を守るように抱きしめながら倒れていた。

「七海!七海!」

耳元で叫ぶ。

「うっ……」

七海がうっすらと目を開いて小さく声を漏らした。

「烈!生きてる!」

私の言葉を受けて烈もこっちに来る。

「なにがあったの!?どうしたの!?」

「お……お母さん……グルで……騙された……」

「母親が奴等とグルだったのか!?」

烈の問いかけにうなずく七海。

「そういえば母親がいない!!」

「いたのか!?」

私はうなずくと周りを見た。

さっき母親が持っていた「弁当」も袋ごと見当たらない。

「とにかく救急車呼ばないと!」

「ああ……これは毒だな……」

烈がうなずくと七海が首を振った。

「最初から……私たちを……騙して……恨み……私たちの恨みを」

七海の最後の気力を振り絞った目が私を見る。

その目を見たら言わずにはいられなかった。

「わかった!必ず仇はとるから」

私の言葉を受けて七海はガックリと頭を垂れてこと切れた。


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