地獄でばらばら晒し首
第1話 唯愛。屋根に上る
慌ただしい年末が過ぎ、新しい年を迎えた。
家の中ではいつもと変わらない新年なんだけど、私の中では特別な年明けだった。
それは去年の終わりに幼馴染の中村烈と再会したこと。
なんと烈は「殺し屋」で、私もその仲間になったのだ。
「どうした?唯愛」
「ん?」
「なんだかボーッとして心ここに有らずって感じだぞ」
朝食の納豆を混ぜながら圭吾さんが私に声をかけた。
「えっ?そ、そうかな?」
「お嬢、そりゃあ休みボケってやつですよ」
「そうそう。冬休みなんて特にクリスマスやら年越しやらイベント盛り沢山っすからね」
「あ~たしかにね~」
政と竜二の言うことに納得する。
ちなみに休みの日は、神社で破魔矢売りをみんなでしたりと割と忙しかった。
「俺らなんて休みが終わる頃には学校始まる日すら忘れてたもんな」
「そうそう。アニキとヒッチハイクで旅行しようなんて計画立てたら学校始まって二日目でしたからね」
「キャハハッ!なにそれ?いくわ私でもそこまでボケてないよ」
「なにを朝から馬鹿なこと言ってんだよ。ほら、時間だぞ」
「あっ!そうだ!急がなきゃ!」
ご飯を済ませてから、仏壇に手を合わせた。
新学期初日は気持ちの良いくらい晴れ渡っていて……
いつもとなにも変わらない。
私は殺し屋の仲間になったけど、実際は今までとなんら変わらない日々が続いていた。
あの、目の前で繰り広げられた凄惨無比な光景すら、こうして毎日暮らしていると現実味が薄れてくる。
烈はどうなんだろう?
同じような感覚なんだろうか?
ただ、私と烈が決定的に違うのは直接人を殺していないということだ。
私もこの手で人を殺したらなにかが変わるんだろうか……?
歩きながら自分の掌を見つめた。
烈は私に「人殺しはさせない」とあのとき言った。
じゃああなたは?
あなたはなんで人を殺してるの?
どうして殺すようになったの?
放っておくとどんどん頭の中に疑問がわいてくる。
今度、ちゃんと聞いてみようかな……
前に聞いたときは拒否られたけど……
烈……
次から次にわいてくる疑問を遮ったのは清々しい朝には不釣り合いな怒鳴り声だった。
「いいかげんにしろよガキー!!」
「オヤジはどこにいるんだよ!え――っ!?」
見るからにセンスの悪いジャージを着たりとガラの悪そうな男が二人、女の子を塀際に押し付けるように囲んでる。
「なんとか言えや!!」
金髪のジャージが女の子を張り倒した。
「ちょっと大丈夫!?」
男二人を押しのけて女の子に声をかけた。
うちの学校の制服でもないし、中学生?
この辺ではあまり見かけない制服。
「なんだてめーは!?」
金髪でジャージ姿の男が私に凄む。
「なんだじゃねーよ!あんたらこそなんだよ?朝っぱらから大の男が女の子囲んで手をあげるなんざみっともねーんだよ!」
「なんだてめー!」
ジャージが怒鳴ると女の子がビクッとする。
するともう一人、スーツ姿で鼻ピアスをつけた奴が穏やかな口調で言ってきた。
「あのなー、俺たちゃあこいつのオヤジに金貸してんのよ。そのオヤジが雲隠れしてるんでこうして子供に話しつけに来てるんだ。俺たちだってつれーのよ」
「はあ?まともな金融屋が朝っぱらから女の子相手に取りたてなんかするかよ!」
「なんだあ?」
「おまえら闇金だろ!!ふざけんな!!馬鹿野郎!!」
「このガキ~!!だまりやがれ!!」
鼻ピアスが殴りかかってきたのをバク転でかわす。
もう一人の金髪ジャージが私を捕まえようとするのを避けると、塀に飛び乗った。
「なんだこいつ!?降りてこい!!」
「猿みたいに身軽な女だ!!」
驚く二人を尻目に私は声を張り上げた。
「みんなー!闇金だあー!!暴漢だあー!!痴漢だよー!!だれか110番お願いしまあーーす!!」
何事かと二三軒の家から人が出てくる。
「てめえ!ふざけるな!!」
「なにが痴漢だ!デタラメ言うんじゃねえよ!」
下から二人が慌てて叫ぶ。
「はあ~?今さっき、私の体を触ろうとしただろう?立派な痴漢じゃないか!!このエロジジイ!!」
「いい加減に静かにしねえか!」
なおもでかい声で叫ぶ私に鼻ピアスが周りを気にしながら怒鳴る。
「黙らせたかったら捕まえてみろよ!」
私は手を叩いて挑発する。
「キャハハハッ!やーい!ダニ!!上がっておいでよ!!」
「てんめえ~!!」
金髪の顔が怒りで真っ赤になってきた。
周りの家からは人が出てきたり、窓から顔を出したりしてくる。
「痴漢だあー!!変態だあー!!助けてえー!!」
だんだん人が集まってきて、その中には日向と朋花がいた。
グッドタイミング!!
「こんなの許していーのか!?だれか110番してくださーい!!」
「110番だって!」
「どうする!?」
「通報しよ!!」
「じゃあ私、動画撮っておく!」
日向と朋花が野次馬に混ざって大きな声で言う。
「ちくしょー!!」
「覚えてろよ!!」
金融屋二人は野次馬に八つ当たりするように荒ぶりながら立ち去った。
これでよし!
「唯愛!」
日向と朋花が駆け寄ってくる。
私はぴょんと飛び降りた。
「サンキュー。日向、朋花!助かったよ」
「ていうか、あんたどうしたのよ?あんなとこで叫んでさあ」
「ほんと。ビックリしちゃったよ」
朋花と日向が心配そうな目を向ける。
「ごめん!詳しいことは学校行きながら話すから」
あっ!あの子はどうなった!?
辺りを見回すと、さっきの子は道路にぺたんと座り込んだままだった。
「大丈夫?」
「あ、あ…はい」
助け起こして汚れを払ってやる。
「二中の子じゃん。どうしたの?唯愛」
カバンの校章を見て朋花が聞いてきた。
「さっきの奴等に絡まれてたの」
二中って隣町にある中学校だ。
場面が場面だけに、そこまで気が付かなかった。
それにしても中学生、しかも真面目そうな女の子に大の大人が凄むなんて普通じゃない。
なんかあるな……
「ねえ?なにがあったの?あんなチンピラヤクザがあなたみたいな子に絡むとか普通じゃないよ」
「大丈夫です……」
女の子が俯きながら言う。
「いや、怪我してるし大丈夫じゃないでしょ」
日向が女の子の膝を指して言う。
見ると皮がズル剥けで血だらけ。
「手当してあげるよ。おいで」
「でも学校行かないと…」
「いいから」
躊躇する女の子の腕を掴んで歩き出す。
「ウチら包帯やら消毒液買ってくるよ。行こう日向」
「OK!駅前のドラッグストアなら24時間やってるしね」
「うん。向こうの公園で傷洗ってるから」
四人で歩き出すとばったり烈に会った。
「朝から無駄に騒がしい人ですね」
「はあ?なにそれ?」
「麗しい女子が塀に飛び乗ったり、大声で汚い言葉を叫んだり、褒められたもんじゃありませんね」
「見てたの?」
「あれだけ騒げば嫌でも視界に入りますよ」
「あっそう!それよりさあ、この子を公園に連れていくんだけど手伝ってよ」
「いいですよ」
えっ?意外とすんなりOKがでたので驚いた。
烈がガッと私の腕をつかんで耳元で囁く。
「今度の依頼人ですよ」
「えっ!?」
驚く私の口元に人差し指をあてる烈。
私は無言で二三度うなずいた。
「さあ。行こうか」
烈は女の子の肩に手を添えて歩き出した。
後ろに私が続く。
公園につくと女の子をベンチに座らせて、私と烈は水道でハンカチを濡らしに行った。
「ねえ?依頼人って?殺しの」
「ええ」
「大丈夫なの?あんた?」
「僕が直接依頼を受けてるわけじゃないですから」
「つまりあなたの代わりに依頼を受ける人ととかがいるわけね」
「そういうことになりますね」
「私も仲間なんだから、そのへん教えてよ」
「今度教えますよ」
ひそひそと話しながら濡れたハンカチをもってベンチに戻る。
「少ししみるかもしれないけど我慢してね」
濡らしたハンカチを傷口にあてる。
「はい…つっ!」
顔をしかめる女の子を見た。
中学生……
しかも依頼人……
烈の依頼人ってことは、当然「殺し」の依頼ってことよね。
的はやっぱりさっきの借金取りかな?
しげしげと顔を見ながらあれこれ想像した。
そんな私を見て女の子が首を傾げる。
「どうかしました?」
「ああ…いや、この辺じゃあ見かけないから。二中の生徒って」
「近くのお弁当屋でバイトしてるんです」
「そうなんだ…大変だね」
「妹と二人暮らしだから私が頑張らないと」
「二人暮らし?親は?」
「いません。二人とも出て行って行方知れずです」
「それで借金取りがあなたのところに?でも中学生が払えるわけないじゃんね」
「あの人たちは、お父さんを探してるんです」
「でもどこにいるのか知らないんでしょう?」
「はい……」
なんだか奥歯にものが挟まってるみたいな感じがした。
まあ、会ったばかりの人間にぺらぺら話すような内容でもないか……
女の子の名前は竹村七海といって中学二年生。
お父さんは町工場を経営していたけど、友人の借金の連帯保証人になったのが運の尽きだった。
利息で法外に膨れ上がった借金の催促は苛烈を極め、父親の工場は経営することすらできなくなった。
そしてそのまま逃げるように姿を消す。
「あの人たちはお父さんが持ち出した土地の権利書と生命保険を狙ってるんです」
「それ、警察とかは?」
私が聞くと烈が七海の代わりに答えた。
「警察は借金とか民事には不介入ですからね。まあ、口頭注意、それに向こうも弁護士やら抱えてるからめんどくさいんですよ」
「めんどくさいって、そんなの許せないよ!」
「唯愛さんが怒っても警察は変わりませんから」
あー!なんだろう?烈のこの冷静さは!?
「ん?どうかしました?」
「べつに」
烈の冷静さにちょっと頭にきたところで朋花と日向がドラッグストアの袋を下げてやってきた。
「お待たせー!」
後から来た二人も七海とさっきの件が気になったのか、質問する。
七海は私と烈に話したことと同じ内容を聞かせた。
「そういうのって、警察より弁護士なんじゃない?」
「お父さんもいろいろあたったんですけど、質の悪い相手らしくてみんな断られました」
朋花に七海が返す。
「いつもこんな手荒な真似されてるの?」
「いいえ……」
日向の問に七海の顔が曇る。
「そろそろ学校に行かないと」
言いながら七海は立ち上がると頭を下げた。
「ありがとうございました。手当までしてもらって」
「いいよ。気にしないで」
「包帯や消毒のお金は今度払います…今はお金なくてすみません……」
「いいって!そんなの気にしないでさあ」
気まずそうに言う七海に朋花が手を振って言う。
「それより歩ける?」
「ハイ!大丈夫です!」
日向に応えるように七海は二三歩前に出た。
でも、ちょっと痛そうに見える。
「大丈夫?」
「はい…あっ!」
よろけた七海を烈が支えた。
「送って行きますよ」
「そんな…大丈夫です」
「さっきの奴等がまた来るかもしれないしね」
「大丈夫ですから……あの人たち、そんな来ないですから。さっきはたまたま会っただけで」
「たまたま朝から住宅街にいるような連中にも見えないけど」
言いながら烈は七海が持つバッグに手を添えた。
「僕が持つから遠慮しないで」
「は、はい……すみません……」
七海の頬がほんのり赤くなる。
なぜ赤くなる!?
「あっ!私も一緒に行くよ!」
「そんな、ほんとに悪いですよ」
「こういうときは人が多い方が良いって!ねえ?」
「そうですね。唯愛さんにしては珍しく理にかなってますね」
「はあ?なにそれ!?」
「じゃあ私も行く!」
「私も!!」
朋花と日向も手を上げた。
「ああ……朋花さんと日向さんは先に学校へ行って、僕たちが遅刻する事情を説明しておいてください」
「ええ~私も中村君と一緒に行きたい~」
「ほら。危ないかもしれないじゃないですか。だから朋花さんは先に行っててください」
「えっ!なんかそういうふうに心配してもらえると嬉しいんだけど」
もろに喜ぶ朋花を見て日向がクスッとした。
「さあ。行きましょうか」
七海のバッグを持って烈がスタスタと歩き出す。
「ちょっと!待ってよ!」
私は七海の肩に手を添えながら、ゆっくりと七海の歩調に合わせた。
「ごめん!朋花、日向、先生に言っといて!」
「わかった!気をつけてね」
「OK~♪」
二人にお願いすると、烈と七海の三人で二中へ向かった。
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