第3話 末の弟
次の日、私は学校帰りの烈を捕まえて近所の公園に来ていた。
「その麻美って子の友達がいなくなる前に入れ揚げてたのが私がぶちのめしたホストだったわけ」
「ふうん……」
「なんか今年の夏休みに家出したときに知り合ったんだってさ。そのホストと。で、遺体になって発見されたってこと」
「それで…?」
「鈍いなあ~そのホストが一枚噛んでるに決まってんじゃない!」
「ちょっと発想が飛躍してる気がしますけど」
烈がメガネを人差し指で上げながら言う。
「なんで私と二人きりでも敬語なわけ?」
「普段はこの話し方にしたくて」
なんか調子狂うな。
まあ、いいや。
「その麻美って子に頼まれたのよ。あの子がホストとどんな関わりがあったのか?なんで死んだのかってわかるようなら探ってほしいってさ」
「そんなこと唯愛さんにできるんですか?」
烈の言葉には答えずにそのまま続けた。
「で、サークルの子達にもそれとなく聞いたら二人の子の周りに同じように消えた子がいたんだって」
烈はなにも言わずに缶コーヒーを飲む。
「ねえ?これって臭わない?」
「なにがです?」
「犯罪の臭いだよ。悪党の臭い、悪企みの臭い」
烈の顔をじっと見た。
「興味無いね。悪いけど」
「はあ?」
「僕は正義の味方でも警察でもないんで」
スっと立ち上がる。
「なんでさ?私たちでやっつけようよ」
烈はため息をつくと、やれやれといったふうに頭を振った。
「勝手に仲間にしないでほしいですね。もしどうしてもと言うなら、お金で依頼してください」
悔しいくらいの爽やかな笑顔で言う。
「それから一つだけアドバイスを」
「なに?」
「もしも違法性があれば、警察へ通報するのが一番良いですよ」
「そんなのわかってるよ!警察が動いてくれないからあの子がわざわざ東京まで来てんじゃない!」
「警察が動かない?」
「ヤク中の不良が家出した挙句の事故死。これで決着が着いてるからって所轄の刑事に門前払い」
「ふうん…所轄ね」
「ねっ!?やっぱり怪しいでしょう!?」
「さあね。じゃあ」
烈は缶コーヒーの礼を言うとスタスタ歩いていった。
烈が言うように女の子の失踪とホストは関係ないのかも。
死んだ友達の家族が失踪届けを出して二ヶ月になるけど、なんの音沙汰もないまま死体になってた。
警察があてにならないなら自分でやるしかないじゃない……
手伝ってくれない烈に心の中で不満を言いながら私も帰ろうとした。
!!
ゾクゾク…!!
もの凄い悪寒とともに、後ろから「怖さ」を感じた。
「あなた……」
いつの間にかあの人がいた。
この前、私にビルに入るなと忠告してくれた人。
黒いレザーのトレンチコートを着てる。
そしてもう一人。
異様に綺麗な女の人と一緒。
背が高くて、ストレートのロングヘア。
その人は黒いファーのコートを着てる。
そしてなにより、この女の人を見ていると気持ちがかき乱されるような感覚を受ける。
それが美しさからくるものなのか、他のなにかからくるものなのか……
「意外だな。殺しの現場を見たのに生きてるなんて」
男の人が私を見て口元を吊り上げながら言った。
「しかも仲良いじゃない」
女の人が笑うように言う。
「あ、あの…あなたは?あなたたちは烈の知り合いですか?」
「知り合い…そうだな。あいつは俺の末の弟だ」
男の人が薄薄な笑みを浮かべて言う。
「弟?じゃあ烈って兄弟いたんだ!?」
「よしてくれ。てめえと兄弟なんて反吐が出るぜ」
「烈!?」
いつの間にか私の後ろに烈が!
「久しぶりだな烈。元気そうで安心したぜ」
烈はにらむだけで返答しない。
「いいね~その目。久しぶりに遊んでやるか」
「離れてろ!」
ドン!!
「ええっ!!」
烈が私を突き飛ばし、地面に倒れた私が顔を上げたときには二人の姿はなかった。
「烈!!どこ!?」
「あそこにいるわ」
女の人が指差す方向、さっきいたとことは離れた場所で二人がいた。
二人の間には光が走り、研ぎ澄まされた金属がぶつかり合う音と共に火花が散る。
烈は左右の手に大きなナイフ。
男の人は片手で日本刀をふるっている。
二人とももの凄いスピードだ。
うそ……殺し合いだ……
止めなきゃ!!
「烈!!」
「動かないで」
駆け寄ろうとしたときに後ろから女の人の鋭い声が飛んだ。
「動いたら八つ裂きになるわよ。あなた」
「えっ」
「よーく周りを見て見な」
……
「あっ…これは?」
いつの間にか私の周りにとても細い糸のようなものが縦横に張られている。
時折、月明りを反射してキラキラとするからやっとわかった。
でなければ全然見えない。
「羅刹糸獄。糸に絡められたものは全て切断する。あの人の邪魔はさせない」
「でも…このままじゃあ、どっちか死ぬ……」
「大丈夫。彼にとっては遊びだから」
女の人は楽しそうにクスクスしながら言う。
この黒い男女はいったいなんなの!?
いつ終わるとも知れずに続くと思われた二人の攻防。
しかし終わりは唐突に訪れた。
ドガァッ!!
「ぐおっ…!!」
男の人の繰り出した蹴りが烈にクリーンヒットして吹っ飛ぶ。
烈はそのまま地面に胸を押さえて倒れこんだ。
「烈――!!」
思わず叫んだ。
駆け出しそうになったけど糸を思い出して踏み止まる。
「もう行っていいわよ。糸は解いたから」
「あっ」
見ると周囲に張り巡らされていた糸がない。
私は全速力で烈のところへ走った。
「烈!!大丈夫!!」
「く…来るな!!」
烈は苦しそうに起き上がり、私を制する。
「安心しろ。もう遊びは終わりだ」
男の人はそう言って刀を鞘に納めた。
「おまえ……つまんねーよ。温い仕事ばかりやってて弱くなったんじゃねえか?」
失望と蔑みが混じったような表情で男の人が烈に言う。
「う、うるせえ…」
「俺を相手にそこの女を気にするとか余裕噛ましてるからだよ。まあ、片手で済むと思ってたのが脚まで使わせたことは認めてやるよ」
この人は本当に遊んでいたんだ……
烈がどのくらい強いとか詳しくは知らない。
でも、この前のを見ただけでも常人よりずば抜けているってことはわかる。
それを手玉に取るなんて……
いくら私を気にしてたからと言っても……
「行きましょう」
女の人が私たちの横を通り過ぎて、男の人に傍らに立つ。
「そうだな。行くぞ」
「OK!」
立ち去る二人。
「ま…待てよ…!!」
ふらふらと立ち上がる烈。
「ダメだよ!手当てしないと!」
私は必死に烈の腕を掴んだ。
「なんだおまえ?」
「ダメだよ!あの二人はダメだって!!」
「離せ!」
烈が振り解こうとしたとき、タイミングよく酔っぱらった大学生っぽい集団が公園に来た。
あの二人はそのまま集団とすれ違って姿を消した。
「チッ…」
烈が舌打ちをする。
でも私は安心した。
強いとか勝ち負けとか、そんなもんじゃない。
そういうものを超えた「不吉なもの」があの二人にはある。
どんな結果になろうともタダでは済まない気がした。
「唯愛こそ怪我ないか?」
「私?私なら大丈夫!ほら!」
両手を広げてみせる。
「あの人、あなたたちを邪魔しなければ傷つけないって言ってた」
「そうか…」
「ねえ?あの人たちはなに?あの男の人、この前の一件のときも私がビルに入ろうとしたら〝今日は止めておけ〝って忠告したんだよ……あの二人はなんなの?」
「邪羅威と羅刹……俺とご同業だ」
ジャライ…ラセツ…
名前からして嫌な感覚でゾクゾクする。
「じゃああの人たちも殺し屋?」
「ああ……」
「末の弟っていうのは?」
「それこそおまえには関わりねえよ」
「でも……」
「もう俺には学校以外で関わるな。じゃあな」
「烈!!」
烈は私が呼び止めるも応えずに、そのまま歩いて行った。
私の前からいなくなって再開するまでの11年間、烈になにがあったんだろう?
一人歩いていく烈の背中に絶望的なまでの孤独を感じた。
それはあなたが望んだことなの?
それとも否応もなくそうなったの?
烈の背中が夜の闇に溶け込むのを見てから公園を後にした。
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