人身売買地獄行き

第1話 殺し屋学生

「いただきまーす!」

今朝もいつもの朝がやってきた。

「お嬢の作る朝飯は最高っすね!」

「まったく!」

政と竜二がご飯を頬張りながら言う。

「そう?遠慮せずにどんどん食べなね!」

政は背が高く、ヒゲを生やして髪はオールバック。

竜二は少し痩せてて、くせっ毛。

二人は兄弟分で、私のお父さんが亡くなる少し前に組に入ってきた。

二人とも高校中退だったかな?


お父さんが亡くなってから、組員が一人、また一人と足を洗って抜けていく中、圭吾さんとこの二人が残った。

二人は私を先代の忘れ形見として上に見ているけど、私としては感覚的には男友達兼兄妹みたいなもん。

「この前の飯時にはなにか思い詰めてたふうだったが、すっかり元気みたいで良かった」

圭吾さんが私を見ながら言った。

ギクッとした。

なるべく出さないようにはしたんだけどな。

「ちょっといろいろあってね…でも解決したみたい。それに土日はゆっくりしてたし」

「そうか」

圭吾さんはニッコリと頷く。


「あれ?お嬢、なんかあったんすか?」

「全然普通でしたけど」

政と竜二には気が付かれてなかった。

「友達の友達がね。ちょっと悪い男に引っかかってさ。それで心配してたの」

嘘は言ってない。

「へ~まあ、恋愛じゃあよくあることっすね」

頷きながら政が言う。

「そうなの?」

「よくあるじゃないすか。付き合ってみたらほかに女がいたとか」

「ふうん……」

「付き合ってると思って貢いでたら、実は相手は自分をなんとも思ってなかったとかね」

竜二も政に続くように言う。

「それ酷いね」

「男が騙すときもあるし、女が騙すときもある。まあ、恋愛なんてそんなもんすよ」

政が締めくくるようにまとめた。

「ふうん……」

いろいろあるんだね。

恋愛について語った二人だが、そういえばこの二人の浮いた話とか聞かないな。

「で?解決ってどうなったんだ?」

圭吾さんがお椀を持ちながら聞いてきた。

「うん。なんかその男が〆られてケジメとったみたいよ」

事務所での出来事。

鮮やかに烈を思い出した。

その後、二人で歩いたことも。

「唯愛も気をつけろよ。変なのに引っかからないようにな」

「大丈夫だよ圭吾さん。こんな口が悪くて手も早いようなのが相手にされるわけないじゃん」

私は笑って言ったが、圭吾さんは複雑な顔をした。

「お嬢も黙ってればアイドル顔負けの美人なんすけどね」

「政、おだまりよ!」

キッとにらんでから自分の食器を片付けた。

そろそろ学校行くかな!

「じゃあ行ってきます!」

「おう。気を付けてな」

「「お嬢!行ってらっしゃい!」」

見送りの三人に手を振って学校へ向かった。

今朝はとても気分が晴れやか。

原因は昨日の夜の出来事。

そして戻ってきた中村烈の存在。

あの烈が殺し屋になって私の前に帰ってくるなんて……

しかも強くてカッコいい。

その烈が転校してくるのは今日だ。

同じクラスだったらいいなあ~。

また昔みたいに仲よくしよう。

なんて思いながら学校に着いた。


「唯愛――!」

「朋花、日向、おはよ―!」

教室に入ると朋花と日向が駆け寄ってきた。

「千春が今日退院だって!」

「マジで!良かったじゃん!」

朋花とハイタッチする。

「あの社長たちも事件に巻き込まれたみたいで全員死んだからね。これで千春も、もう死のうなんて考えなくてすむよ」

日向が少し声のトーンを落として言う。

「ほんと。それが一番安心だよね」

あいつらが生きている限り、千春が再び自殺しないとも限らない。

千春だけじゃない。

被害にあった大勢の女の子たちも。

幸いにもニュースでは奴らの悪行には触れていなかった。

証拠の品は全部処分したんだし、もう誰も知る由もないだろう。

被害者の誰かが名乗り出ない限りは。

「ざまあみろだよ」

朋花が嬉しそうに言う。

私も日向も同意見だった。

「そういえば今日転校生が来るんだってね」

「こんな時期にね」

二人が話している転校生とは烈のことだとわかった。

「そうなの?」

私はわざとすっとぼける。

「なんか男子みたいよ」

日向が言う。

「へ~」

「どんな子だろう?イケメンだと良いな♪」

「そうだね~」

朋花に返しながら烈の顔を思い浮かべた。

あれはイケメンだわ。

しかも「超」が着く。

やがてチャイムが鳴り、みんなが席に着く。

そういえば烈ってどのクラスになるんだろう?

聞いとけばよかったな……

ガラッ……

扉が開いて担任が入ってきた。

「入って」

後ろを向いて廊下に声をかけると、一人の男子生徒が入ってきた。

教室がザワつく。

入ってきたのは烈だ!!

うそだあーー!!まさか本当に同じクラスになるなんて思ってなかったし!!

「カッコイイ…」

「美形じゃない…?」

女子のあいだでざわつきが拡がる。

「烈!」

私はなんか嬉しくて手を振った。

さらに教室がざわつく。

「なんだ九龍。知り合いか?」

「ええ。幼馴染です」

担任が烈に「そうなの?」という感じで聞くと烈はニッコリとして小さくうなずいた。

担任はざわついた場を仕切り直すように咳払いしてから烈を紹介する。

「えー、今日から君たちのクラスメイトになる中村烈君だ」

「中村です」

烈の声は陽だまりのように柔らかく届いた。

「九龍」

「はい」

「幼馴染ならちょうどいい。放課後にでも校内を案内してくれ」

「は~い」

「よし。じゃあ中村はこの列の一番後ろに座ってくれ」

「はい」

先生に言われて席に向かう烈は私の方には見向きもしなかった。

気取ってんのか照れくさいのかはわからない。

幼馴染なんだから、もうちょい愛想良くてもいいと思うんだけどな……

それに秘密を知ってる仲なんだしね。


休み時間になると朋花と日向が私のところにきた。

「ねえねえ、中村君が幼馴染ってマジ?」

「うん」

朋花に聞かれてうなずいた。

「唯愛にあんなカッコイイ幼馴染がいたなんてね~」

「しかも勉強できそうだし、意外」

「意外ってどういう意味よ?」

「まあまあ気にしない」

日向と朋花が笑って宥める。

「そうだ!二人のこと紹介するね!」

「えっ!いきなり?」

朋花が驚く。

「当然じゃん。私の親友なんだから」

二人を連れて烈の席へ行った。

何人かの積極的なクラスメイトに囲まれた烈の前に行く。

「烈!まさか同じクラスになるとはね!」

「唯愛さん、お久しぶりです」

「久しぶりって、先週会ったじゃん」

「えっ?そうなの唯愛」

朋花が聞く。

「うん。偶然ね。こっちに引っ越してきたからウチの学校に来るって聞いたの」

「なんだ~、じゃあ唯愛は転校生来るって知ってたんだ」

「ごめんごめん」

日向に笑って返した。

「唯愛さん、そのお二人がこの前話していた親友ですか?」

「おお!そうそう!朋花と日向!よろしくね♪」

「中村烈です。よろしくお願いします。朋花さん、日向さん」

「よろしくね!」

日向が鈴のような笑顔で言う。

「よろしく!ねえ、烈君って彼女いるの?」

「えっ?いませんけど」

「ふうん…そうなんだ」

朋花が意味深な笑みを浮かべる。

「ちょっと朋花!」

「えっ?なによ?」

いきなりそんなこと聞くか?

「楽しいお友達ですね」

烈がニッコリして言う。

全然違う……

夜に見た烈と。

今、目の前で愛想良く笑っている烈の顔にこの前見た「殺し屋」の顔が重なる。

口調も雰囲気も全然違うんだよな~……

「どうしたの唯愛?」

「えっ…?なに?」

「いや、ボーっとしちゃって」

「ああ……なんでもない、寝不足かなあ?」

日向に言われてとぼけた。

「烈君に見惚れてたとか?」

「違うって!!」

「見つめてたよ」

「見つめてないし!」

朋花と日向は私を冷かして笑った。

「まあ、あんなカッコいい幼馴染と再会したらどうにかなっちゃうよね」

朋花がみんなと話す烈を見ながら言う。

「ハハハッ!どうにもなりゃしないって」

笑い飛ばしたけど、みんな……特に女子と話す烈を見ていると胸中穏やかじゃない。

もう……

大丈夫かな?殺し屋ってバレないかな?


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