第2話 怒れる人
放課後になると私たちは繁華街に繰り出した。
駅前の大きな交差点を横断して、ファッションビルの前にある広場に行くとサークルのメンバーが 20 人ほど集まっていた。
サークルメンバーの総勢は 50 人くらい。
部活とかバイトといった用事があって来れない子もいるからね。
学校も年齢も違うけど、みんな女子。
上は高校生で下は中学生まで。
集まってる面々の顔を見てから号令をかけた。
「よし!みんな行くよッ!」
「「「おう!!」」」
通行人が何事かと一斉に見る。
私を先頭に 20 人が街を練り歩いた。
こうして歩いていて一番多いのが変な奴に声かけられてる女の子に声をかけたりとか。
最近では怪しげなスカウト連中は、私たちを見ただけでどっかに消えていく。
こう見えても私は腕にはかなり自信があって、そのへんの男には負けない自信がある。
小さいころに圭吾さんからいろいろ教わったっていうのもあるけど。
一時間ほど見廻りをしてから解散した。
「さっ!これから面接だね~」
「ちょっと緊張~」
朋花と日向が話してる側で、私はあることが気になった。
「あのさあ、これって家に電話とかされるのかな?」
「ああ、もしかして圭吾さん?」
日向が私に聞くと頷いて返した。
「ああ~圭吾さんって厳しいもんね。でも大丈夫。そういう煩わしいのはないって聞いたから」
朋花が私を安心させるかのように言う。
「なら大丈夫か……」
圭吾さんは私の親代わりで、それは感謝してるんだけど、私からしたら過保護すぎるんじゃないかってところがある。
実のところ、私がやってるサークル活動にもあまり良い顔はしていない。
動機が動機だけに反対こそしないけど……
とにかく私たちは電車に乗り、バイトの面接へ行った。
「あ~暑かった……」
「汗かいちゃったよ~」
「生き返るね」
時間的に帰宅ラッシュが始まる頃だったので、電車はかなり混んでいた。
それにこの時期は暖房があるから、混雑の熱気にプラスされて暑くなる。
三人ともホームに降りたときは生き返った心地だった。
駅前にあるカフェの前に朋花の友達が待っていた。
「朋花!」
「ごめん!待った?」
「ちょっとね」
朋花の友達は千春といって、ギャル系の子だった。
私と日向も挨拶する。
そのまま千春の案内で事務所があるビルに向かう。
「お店でやるんじゃないんだ?」
朋花が聞くと千春は「ああ~今は混んでる時間だから」と笑って言った。
そのとき目を逸らしながら言っていたのが気になった。
「今日は千春ちゃんもバイト?」
「う、うん。これも仕事のうちだし」
「これも?」
私が聞くと千春は歩きながら説明した。
なんでもアルバイト志望者を紹介すると、紹介者には紹介料が入るらしい。
私に説明するときの千春は目を見て話していて、さっき感じた違和感のようなものはなかった。
気のせいか……
「着いたよ~」
大通りから脇に入ると五件くらい奥にそのビルはあった。
一階にはなんの店かよくわからない派手な看板がある。
「ここ?これなんの店?」
朋花が聞く。
「これはうちの店と関係無いから」
「ふうん。そっか」
千春は手を振りながら言うとビルの中へ私たちを案内した。
「ここの3階と2階がお店なの」
エレベーターの中で千春が説明する。
私たちを乗せたエレベーターはお店がある階をスルーして事務所があるという階に着いた。
「やあ。よく来たね」
無精髭を生やした三十代くらいのスーツを着崩した男が笑顔で出迎えた。
千春は私たちにこの人のことを社長と紹介した。
事務所の奥にある会議室で私たちは紹介者の千春を交えて面接した。
社長は気取ったところがない気さくな人という感じ。
冗談を交えながら仕事の説明をした。
仕事はホームページにあったようにメイドカフェがメインで、オプションで散歩とかあるだけ。
それも、いつでも店のスタッフに連絡が取れる体制とか。
あと、社長の話が面白くて、私たちはこれが仕事の面接かと思うほど笑っていた。
ただ一人、千春を除いて。
「よし。じゃあ君たち採用だ。いつから来れそうかな?」
社長の質問に私たちは来週からお願いしますと言った。
面接が終わると千春がエレベーターの前まで送ってくれた。
「じゃあ来週からよろしくね!」
「う、うん」
私の言葉に返した千春はなんだか元気がない。
「どした?千春」
朋花が心配そうに見る。
「具合でも悪いの…?」
「う、うん。ちょっと風邪気味なだけ」
朋花に千春は苦笑いしながら答えた。
「大丈夫?無理しない方が良いよ」
日向が労る。
「ありがとう。適当なとこで早退するよ」
「そっか。じゃあ気をつけてね」
朋花が言うと千春は笑顔で頷いた。
私たちがエレベーターに乗り込み扉が閉まるまで千春は笑顔で手を振っていた。
「かなり割のいいバイトでラッキーだったね」
日向が私に言った。
「うん。最初は大丈夫かなあ?って思ったけど、話聞いた分には危なくないし」
「朋花の友達に感謝だよね」
日向が朋花にふる。
「うん。持つべきものは友達だね!」
小腹の空いた私たちは、ちょっとだけファーストフード店に寄ってから帰った。
それにしても……
写真で見た店の制服は可愛かったなあ……
あれ、私に似合うかな……?
翌日学校へ行くと朋花と日向が青い顔をして私のところに来た。
「唯愛!大変だよ!」
「どうしたの?」
「千春が……」
朋花の様子を見てただ事ではないと直感した。
「あの子がどうしたの?」
「自殺未遂したって……」
「ええっ!?」
昨日、エレベーターまで送ってくれた千春の顔が頭に浮かんだ。
「様態は…?」
「命に関わるとかはないみたい……病院で手当して、少し入院するみたいだけど」
朋花の話しだと千春の友達から朋花にも朝イチで連絡が来たらしい。
千春が手首を切って浴槽に腕を入れたまま朦朧としているところを親が発見したんだとか。
「なんで…?なんかトラブル抱えてたの?」
「それが昨日電話がきて……バイトには絶対来ないでって…履歴書は処分したから」
「えっ!あのバイト絡み!?んぐっ」
日向がつい大きな声を出したので私と朋花で口元に手を当てる。
「で、やっぱりバイト絡み?」
改めて私が声を小さめにして聞いた。
朋花は首を振る。
「わからない……とりあえず病院は聞いてるから学校終わったら聞きに行こうって思ってる」
「付き合うよ。私」
「私も」
「唯愛、日向……二人ともありがとう」
朋花はちょっと涙ぐんだ。
それから放課後まで私たちは気が気でなかった。
それにしても……
千春はなんで私たちにバイトに来るなと言ったのだろう?
やはり自殺未遂の動機はバイトにあるんだろうか?
放課後になり私たちは千春が入院している病院へ行った。
病院に着くと、顔色こそ悪いけど無事な千春を見てホッとした。
ただ、腕に巻かれた包帯が痛々しい。
家族の姿は見えない。
「千春……大丈夫?」
「ごめん、心配かけて」
朋花が声をかけると千春は謝罪の言葉を口にした。
「私たちに謝ることなんてないよ」
私が言うと日向も頷く。
「それより千春、どうしたのさ?なにかあったの?」
朋花が尋ねると千春は唇をきゅっと結んで、シーツを掴みながら俯いた。
「あのバイト絡み?」
私が聞くとシーツを掴む千春の手が小さく震え出した。
「みんな……本当にごめんなさい……」
千春はぽつぽつと語り出した。
「私も三ヶ月くらい前に友達の紹介で入ったの……最初は普通のメイドカフェみたいな感じだったけど……」
千春は言い淀み、肩が震え出した。
「そのうち売春するように言われて、断ったらマワされて……それを動画に撮られて逆らえなくなった……」
「警察には?」
私が聞くと首を振った。
「考えたけど……恐くて行けない……だって死刑になるわけじゃないんだし、絶対に仕返しされる」
千春は本当に怯えていた。
「私たちを紹介したのも命令されたから?」
千春は小さく頷いた。
「代わりを連れてきたら動画を渡してくれるって言うから……ごめんなさい」
「私が千春の立場なら同じようにしてたよ。だから謝らないで」
朋花が千春の手を握る。
私の頭にニヤついた社長の顔が浮かんだ。
朋花の友達をここまで追い詰めて、朋花までも悲しませてる。
もっと沢山の女の子を追い詰め。悲しませてるに違いない。
吐き気がするほどムカムカしてきた。
「やっぱり警察に行くのが一番だよ。その間に引っ越したりしちゃえば連中も追いようがないし」
日向が言うと千春は「ダメなの」と短く言った。
「警察に言ったらお父さんやお母さんに全部バレちゃう!私がマワされたり売春してたこと……」
「でも……」
言いかけた日向に私は首を振った。
今は何を言っても千春の負担になるだけだ。
「ほんとうに酷い奴ら……私だけじゃなくって沢山の子が餌食になってる。あいつらそのお金で毎晩豪遊してるの……」
シーツを握る千春の手に目がいった。
それから30分ほど話して私たちは病院を後にした。
「どうしようか……」
朋花が歩きながらつぶやいた。
誰に聞くでもないように。
私も日向も答えが口から出てこない。
普通は警察に行くのが一番だけど、私たちは奴等を告発できる証拠も無い。
千春が言ったことを伝えれば、それは奴等に千春が警察に訴えたことがバレてしまう。
なにより、千春が一番望んでないことだ。
「私たちにできることなんてないよ……」
「だね……」
日向の言葉に朋花が返した。
たしかに千春の意思を尊重するなら、何もしないのはベターな選択だろう。
でもベターは一つじゃない。
もう一つの選択もある。
私はそのことを歩きながら考えていた。
一つはっきりと言えることは……
あいつらは許さない。
絶対に。
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