唯愛の章 

正義の人

第1話 唯愛

朝から腹が立ってきた。

「あー!もう!ムカつくなあ!」

茶碗と箸をテーブルに強く置く。

「どうした?お嬢」

「そのニュース。朝から子供の虐待とか腹が立って仕方ないって!」

「気持ちはわかるがニュースに怒っても仕方ないだろう」

「わかってるよ!圭吾さん。私は世の中に怒ってるの!」

本当にろくなニュースがない。

「気持ちはわかるが、飯のときは怒るな」

「わかってるけどさ…」

「そういう正義感の強いところは先代譲りだな」

そう言うと圭吾さんは味噌汁をすすった。

「おっ……これは」

「へへへ…気がついた?」

「また上手くなったな!」

「まあね~」

「亡くなった姐さんの味に近付いてきたな…グズッ…」

「ちょっと!泣かないでよ!大袈裟だなあ!」

ティッシュを二枚手渡す。

「食事のときに怒るのもよくないけど、泣くのもどうかなあ~」

「すまねえ…」

「いいの!ドンマイ♪」

いつも和やかな食卓。

圭吾さんと二人でご飯を食べるようになってどれくらいだろう?

お父さんとお母さんが事故で亡くなってからだから、もう五年になる。

私の名前は九龍唯愛(クリュウ イチカ)16歳の高校2年生。

私の家は……

ヤクザ。

「暴力団」ではなくて「ヤクザ」ね。

ここは私のこだわり。曾祖父ちゃん、お祖父ちゃん、お父さんと続いてきた。

私が四代目。

まあ、予定だけど。

私の向かいに座っている、短髪で着流し姿の粋な人が花形圭吾さん。

ステゴロ最強って伝説の持ち主で、「ステゴロ圭吾」といえば極道の世界じゃあ知らない人がいないってくらいの有名人らしい。

ステゴロっていうのは素手のケンカのことね。

圭吾さんはお爺ちゃんの代から組にいた。

私のお父さんとお母さんが亡くなってからは、私の保護者としてこの家に住んでる。

私も小さいころから懐いていたから圭吾さんとの暮らしにはすぐに慣れた。

もちろん、私は圭吾さんの「ステゴロ圭吾」の顔を知らない。

でも私にとってはとても優しくて愛情にあふれた人だ。

あと、組には政(マサ)と竜二(リュウジ)って若い組員がいる。

その二人もここい住み込みなんだけど、今朝はバイトでいない。

情けないけど今のご時世、まっとうなヤクザ稼業だけでは厳しいんだよね……


朝食を済ませると仏壇の前で合掌した。

「じゃあ行ってきます!」

「おう!」

玄関まで見送りにきたおいちゃんに挨拶して学校へ向かった。

私の朝はいつもこんな感じ。

私には両親も兄弟もいない。

天涯孤独。

でも「家族」はいる。

圭吾さんに政に竜二。

血は繋がっていないけど、それがどれだけ幸せなことか。

でも、世の中には不幸な人が沢山いる。

それを食い物にしてる悪い奴らも。

そのことを考えると、自分だけ幸福を享受しているのが申し訳なかった。

同時に悪い奴らをどうにかしてやりたい!

なんて気持ちがいつもどこかにある。

そりゃあ、私なんかの力はたかが知れてる。

でも目の前で誰かが泣いていたら助けたい。

そう思っていた。


「おはよー!唯愛!」

「おはよう!」

「おはよー!朋花、日向」

教室には親友の日向(ヒナタ)と朋花(トモカ)が先に来ていた。


日向はふんわりくせの付いた髪を後ろに二つに結いてる。

目が大きく、幼顔でお人形さんみたいに可愛い。

口癖は「OK」。

前にいた施設にいた友達の口癖が移ったって言ってた。

日向は結構ハードな過去持ちで……

私たちも日向の口から出ること以外は聞いたりしない。

今も施設から通ってる。


朋花は茶髪のギャル系でノリのいい性格。

好奇心旺盛。

人見知りしない性格で社交的。

男女ともに人気があって、学校の外にも友達が多い。

そして慕う男を手足の如く遣う、いわゆる魔性の女……



「日向にも話したんだけどさ!いいバイトあったよ!」

朋花がスマホを見せる。

「なになに?」

覗き込む私。

「これよ」

ん~なになに?30分お散歩したりカラオケや食事をするだけで一日2万円?

「マジかこれ?怪しくないか~?」

いくらなんでも美味しすぎる。

「そうなの!私も最初は胡散臭え~って思ったんだけどさ、友達がやってたから」

「そうなの?」

「朋花の友達が言うには安心できるバイトみたいよ」

「へ~そうなんだ……」

年の瀬も迫って、なんか組のみんなが忙しいのは知ってた。

だから私もバイトでもして少しは家計に貢献したかった。

そこでみんなでバイトを探していたんだけど……

まさかこんな美味しいバイトがあるなんて!

「しかも指名取れると別にお金出るみたいよ」

「なんか夜の仕事みたいね」

朋花が言うにはお客さんが指名すると、指名料なるものが給料とは別に支給されるらしい。

キャバクラみたいだな……

「唯愛だったら№1いけるんじゃない?」

日向が肘で私をつつく。

「いや、無理でしょう」

「大丈夫だって!唯愛は愛想よくして黙ってれば超美人だから」

「それ褒めてないよ」

朋花に私が返すとみんな笑った。

私は黒髪ロングで色白。

背も高く、見た目は大人っぽいらしい。

この前の健康診断では168㎝だった。

朋花は「愛想よくして黙ってれば」と言ったけど、たしかに言いたいことを言わないと気が済まない性格で……

それで失敗も何度かある……

「とりあえず面接行こっか?」

「だね」

「OK~」

昼休みに履歴書を書いてから朋花の友達と放課後に待ち合わせて行くことになった。

「今日はサークル活動どうする?」

「ん?普通にやるよ。そのあとで面接って流れで」

「OK~♪私、あれ好き!」

「じゃあ友達にはその後って言っておく」

サークル活動。

実は私、学校内外の友達と自警団活動をしている。

昔、ひいお祖父ちゃんが戦争が終わった混乱期に悪人達から弱い人を守った。

それが九龍組の旗揚げにつながり、お父さんにも受け継がれた。

親子三代に渡り、九龍組は弱きを助け強きを挫く、昔ながらの任侠一家として地域から慕われた。

私もそれに倣ってるわけ。

まあ、最近は世間の風当たりは強くて家のヤクザ稼業は右肩下がり。

それでもお父さんの頃はなんとか保ってたんだけど……

亡くなった途端にガラガラと崩れていって今に至る。まあ……いろいろあったんだよね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る