第37話 戦火の告白


「ひるむな! 応戦せよ!」


 ドリスさんは声をはりあげたけど、急に現れて押しよせる謎の武装集団に、王国の兵士たちはあきらかにひるんでいて、簡単に次々と倒されていった。

 

 処刑場のまわりは一瞬にして大混乱におちいってしまった。


 群衆にまぎれこんでいた集団はかなりの人数みたいで、あっという間に僕たちがいる処刑台のところまで迫ってきた。


「ジェシカ殿! ハナヤ殿をつれて逃げてください! やつら、新帝国の特殊部隊です!」


 ドリスさんは、全身が変な迷彩柄の鎧を着た複数の敵と格闘しながら僕たちに叫んだ。群衆はパニックに陥っていて悲鳴をあげながら逃げまどい、あちこちの建物からは火の手があがり始めた。


 役人たちも散り散りに逃げてしまい、立会人の貴族たちは処刑場の一角に追い詰められていた。

 僕はといえばこわくて仕方がなくって、ふるえながらジェシカさんの腰にしがみついているありさまだった。



 ドリスさんと同じくらいこわい髭面顔で、ぶあつい迷彩柄の革ベストを着て、全身にナイフだらけで眼帯をしているおじさんが怒鳴り声をあげた。


「そこにいる王国の反戦派貴族どもを全員始末しろ!」


 たちまち貴族の護衛兵たちと迷彩柄の斬りあいがはじまったけど、王国側はかなりぶが悪そうだった。

 唯一、ワサビンカさんだけはフェンシングのような剣で敵と華麗に戦っていた。


 どうやら眼帯のヒゲおじさんは新帝国の特殊部隊とやらのボスみたいだった。僕はボスと目が合ってしまい、ますます震えがとまらなくなった。

 しかも、おじさんは僕のほうに悠然と歩いてきた。来なくていいのに。


「お前が、エルフとつるんでいる花の専門家とやらか? そういえば、抹殺リストにのっていたな。」


「いいえ、ちがいます!」


「いや、そうだがなにか?」


 信じられないことに、ジェシカさんがあっさりと認めてしまった。


「ジェシカさん(怒)!」


「あ、すまぬ。つい。」


 僕がジェシカさんを叱っていると、桐庭さんが間に立ってボスをさえぎった。


「隊長! 花矢くんには手をださないっていう約束でしょ?」


「俺は上の命令にしたがうだけだ。」


 隊長は桐庭さんを突きとばすと、ごついナイフを両手にして僕に迫ってきた。


「あわわわわわ。ジ、ジェシカさん、たすけて!」


「いや、店主殿。その前に下を履きかえないと。」


「優先順位が違いますってば!」



 僕はジェシカさんの背中にしがみついて、隊長から見えないように隠れたけど、それは彼をイライラさせてしまっただけらしかった。



「おい、そこのエルフ! 邪魔をするなら貴様も容赦せんぞ。」


「まあまて。いま、店主殿の着替えを…。」


「だからジェシカさん! 状況を考えてよ!」


 ジェシカさんが僕の下を脱がそうとしてきて、僕は必死で彼女の手をつかんでとめた。


「なぜいやがる? ちゃんと替えの下着と服を持ってきているぞ、はやく着替えよ。」


「やめてってば! こんな時に!」


「おい、なにをもめているんだ? いい加減にしろ!」


 隊長がついにキレて、ナイフをぶんぶんまわしながら突進してきた。僕は血の気がひいて観念しかけたけど、ぶちキレたのは隊長だけではなかった。



『う・る・さ・い! し・ず・か・に・せ・ぬ・か! 店主殿のきがえ中だ!』


 

 ジェシカさんの大音量のどなり声が雷鳴のように響きわたり、あたりは瞬時にして静まりかえってしまった。

 隊長も、斬りあいをしていた兵士たちも、逃げまどっていた群衆までもがピタリと動きをとめてこちらを見ていた。



「さあ、静かになったな。はやく着替えよ、店主殿。」


「え? いま、ここで?」


「うむ。さあ、はやく。」


 満面の笑みでジェシカさんはうなずいて、僕に替えの下着と服を手わたしてくれた。

 僕がふるえる手でそれを受けとると、彼女はしゃがんでほおづえをついて、観察モードに入った。


「み、みんなが見てるけど?」


 僕ははずかしさのあまり、耳なりがして体はほてり、のどはカラカラだった。でも、ジェシカさんは非情にもうなずいた。


「いいから、さあ。」


 まわりを見まわすと、全員がはやくしろよとでも言いたげな非難する目つきで僕を見ていた。僕はもう気を失いそうだったけど、観念して下の服に手をかけた。


「ああ、店主殿がみんなに見られながら、なま着替えを…ああん…ゾクゾクする…。」


 ジェシカさんはまた床の上で猫みたいにゴロゴロしだして、とまらなくなった。

 僕がため息をついて手をおろしかけた時、倒れていた桐庭さんが立ちあがった。


「ダメーッ! 葵! なに考えてんの!? そんなバカエルフの言いなりになっちゃダメ!」



 それを合図に、また全員が動きだして周囲は騒然となった。剣のまじわる音や怒声、悲鳴が再びいっきょにうずまいた。

 隊長は大ジャンプして、僕の首筋に正確に突きをいれてきて、僕は死を覚悟した。


 でも、逆に体を貫かれたのは隊長のほうだった。地面からバネのように起きあがったジェシカさんが、細剣で隊長の肩を串刺しにしていた。


「エルフ、貴様!」


 ジェシカさんはニヤリとして、今度は大きな口笛を吹いた。


「私には援軍がいるぞ、残念だったな。」


「な、なんだと!?」


 

 遠くから犬の遠吠えのような音が聞こえてきて、地面がこまかく振動し始めて、それはどんどん大きくなっていった。何か灰色の巨大なかたまりが、僕の頭の上を通過した。


「エリゾンドさん!?」


「待たせたな、店主さんよ!」


 大狼のエリゾンドさんはひとまわり体が大きくなっていて、隊長に飛びかかってのどもとに深々とかみついた。


「ぐわあああっ!?」


 隊長のカエルみたいな悲鳴を合図に地響きが更に激しくなり、数えきれない灰色や黒色の塊が四方八方から津波のように押しよせてきた。

 それはみんな森の狼だった。


 狼たちの攻撃はすさまじく、ひとりの特殊部隊の人に数匹がいちどに襲いかかり、敵はみるみる食いちぎられていった。




 あっという間に形勢は逆転して、迷彩柄の帝国兵たちはみんな大けがをして捕まえられてしまった。

 隊長だけはしぶとく戦っていたけど、結局はジェシカさんに思いきり往復ビンタをされて昏倒してしまった。


 最後に残ったのは、桐庭さんだけだった。



「さあ、観念せよ。平和の種をわたせ。」



 ジェシカさんはエリゾンドの背にのり、狼の群れで桐庭さんを完全に包囲していた。僕はジェシカさんが桐庭さんをいたぶって喜ぶつもりなのがすぐにわかった。


「ジェシカさん! やめてよ! もう許してあげてよ!」


「そうはいくか。さて、どうやってはずかしめてやろうか。」


「ジェシカさん、わるい顔になってるってば!」


 桐庭さんは無数の狼に囲まれているのに平気な顔をしていて、微笑を浮かべてさえいた。


「いいわ。好きにしなさいよ。あたしを食いちぎれば? そういうの、好きなんでしょ? バカエルフ!」


「よかろう。」


 ジェシカさんの目がするどくなり、眉間がせまくなったので僕はつまずきながら慌てて前に出て、桐庭さんの前に立って両手を広げた。


「ジェシカさん! やめてって言ってるじゃないか! 桐庭さ…かりんさんは、僕にとって大事な人なんだ!」


「なんだと。」


 ジェシカさんはエリゾンドさんから飛びおりて、音もなく着地した。ドリスさんもワサビンカさんも、何かを言おうとして口を閉じた。

 僕でさえ、彼女の静かな怒りの波動をひしひしと感じた。


「あ。あの目はやばいぜ。総員退避!」


 エリゾンドは少しずつ後ずさりすると、群れの狼たちをひきつれて一瞬で近場の建物の中に隠れてしまった。



「もう一度言ってみよ、店主殿。よく聞こえなかったぞ。」

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