第36話 僕の公開処刑!?


 人は最期の時って、今までのことが頭の中をかけめぐるらしいけど、僕もそんな状態だった。



 まさかこんなところで僕の人生が終わるなんて。僕はただ、異世界でお花屋さんを経営したかっただけなのに。

 いったい何をまちがってしまったんだろう。



 おいつめられた僕は、ある人の名前を大声で叫んだ。


「たすけて! …さん!」




 広い家にひとり。僕の最初の記憶。


 おもちゃだけはたくさんあったけど、僕はそんなものはぜんぜん欲しくなかった。

 僕の両親は、会社員をやめて始めた個人輸入業が大成功したらしく、しょっちゅう海外に買いつけに行くようになっていた。


 僕はよく泣いて手がかかる子どもだったみたいで、昼に夜にあまりに泣きすぎて、酔った両親はよく僕をどなりつけていた。


『いいかげんにして!』


『うるさい! 寝られないだろ! お前なんか必要ないんだ!』


『もう、産まなきゃよかった。』


 僕はこうして、両親に罵倒されながら育った。


 僕が泣き虫なのはまったくなおらなくて、ついにはベビーシッターさんも音をあげて、僕は頻繁に祖父母の家に預けられた。

 

 そこで僕は花や木々に出会った。


 祖父母の家は古い日本家屋で広い庭や池があり、僕にとってすぐにそれは楽園になった。

 

 その祖父母が経営するお花屋さんは町の商店街のアーケードにあった。小さくて本当にごく普通のお花屋さんだったけど、町の人々からは親しまれていた。


 僕は花の美しさ、かわいさに魅了されてすぐにお花屋さんを手伝うようになった。

 図鑑を買ってもらって、花について勉強もした。

 そんな僕を、祖父母は自由にさせてくれて、いつも優しく暖かく見守ってくれた。


 ある時、僕はおじいちゃんに聞いた。



「おじいちゃん、お店にあったこのお花、図鑑に載ってないよ。なんていうお花なの?」


「葵、それはな、なんでもないお花じゃよ。」


「変なの!」


 おじいちゃんはなぜか言葉をにごしていた。



 両親は帰国するたびにまたすぐに出国してしまい、めったに僕に会いにも来なかった。結局、僕は子ども時代をほとんど祖父母の家ですごした。


 桐庭かりんさんと出会ったのはこの頃だった。彼女は最初、お花屋さんに買物にきた親に連れられていた。近所に住んでいることがわかり、両親が共ばたらきだからと、すぐに頻繁に祖父母の家に遊びに来るようになった。

 僕は彼女となかよしになり、長い時間を庭の草花で遊んだりしてすごした。



 ずっと続くと思っていたけど、そんな時代は終わりを告げた。

 僕が小学6年生のとき、祖父母が急にいなくなってしまったのだ。

 残っていたのは、遺言めいた書き置きだけだった。


 後でわかったけど、日本家屋は貸し家で、商店街のお花屋さんはかなりの赤字だったらしく、遺産めいたものは何もなくて両親は不平不満を言いながら後始末をした。


 ただひとつ、僕に残されたものがあった。

 祖父母の家にあった、古そうなクローゼットだった。おじいちゃんは戦後の闇市で買ったと言っていた。



『葵へ。このクローゼットは葵のものだ。絶対に捨てたりしないように。葵の部屋に置いておきなさい。必ず、葵の夢に役立つときが来るだろう。あきらめずに、本当にやりたいことをおいかけなさい。 おじいちゃん、おばあちゃんより。』



 僕は両親の家に戻ったけど、僕は居場所がなくなったように感じていた。なかば無理やり入学させられた私立の中学ではまったく友だちもできず、ただ勉強ばかりの日々だった。


 僕は勉強にまったく興味がなくて、一向にあがらない成績に両親は怒ってばかりだった。



『葵! やる気がないのか! 頭のわるい子など必要ない!』


『塾代がもったいないわ。』


『成績をあげろ! さもないとおまえの居場所はないぞ!』



 唯一の僕の息ぬきは、学校の花壇で花を世話することだった。

 ここで僕は桐庭さんと再会し、つかの間の幸せを得た。




「あれ?」


 大群衆のどよめきが、僕を現実に引きもどしたらしかった。

 いつまでたっても僕の首は胴体にくっついたままで、なんとか目だけを動かして見ると、僕の真横に巨大な刃物が突きささっていた。


「ひえっ。」


 僕は声にならない悲鳴をもらし、どうやら下ももらしてしまったみたいだった。

 僕は泣きそうになったけど、なぜか背後からは泣き声が聞こえてきた。


 僕を固定していた木枠が外されて、僕はその場にへたりこんでしまった。

 誰が泣いているのかだけでも見ようとして、僕はその場に凍りついてしまった。


「桐庭さん!?」


 首斬り役人の黒いフードの中に、彼女の泣き顔がみえた。


「桐庭さん! そこにいたんだ!?」


「花矢くん…。今、花矢くんが叫んだ名前は…。」


 桐庭さんはよろめいて、刑場の床にひざまずいてしまった。群衆のざわめきが更に激しくなり、警備の兵士たちが慌ただしく動きはじめた。

 どうやらもうひとり、処刑場に現れた人…いや、エルフに反応したらしかった。


 陽の光を受けて、その金色の髪はさらに輝きを増していた。ジェシカさんは細剣を抜き放ち、悠然と歩いて僕たちに近づいてきた。


「呼ばれたから来たぞ、店主殿。今、私が助けてやろう。」


 ジェシカさんは僕のそばにしゃがみこみ、縄を解こうとしてくれた。


「ジェシカさん、さわらないほうがいいよ。僕、汚いから…。」


「案ずるな。問題ない。」


 ジェシカさんはにこやかに作業を続けてくれた。桐庭さんはその様子を見ていたけど急に立ちあがって、肉きり包丁巨大版を引き抜いた。


「葵にさわらないで! バカエルフ、もう頭にきた。葵を誘惑しないで! 死刑になるのはあんたよ!」


「死刑は私が貴様に執行してやろう。」


 ジェシカさんは颯爽と立ちあがろうとして、ふらふらして倒れてしまった。


「あれ? ジェシカさん?」


「ああ…店主殿がしばられて、首を斬られそうになって、苦しむ顔を見ていたらなんだか私、へんな気持ちに…ああん…。」


 立会人や役人、兵士たちや群衆がこけて、桐庭さんも包丁を落としてしまった。

 ジェシカさんは床の上で猫みたいにゴロゴロしていて、復帰困難な様子だった。


「このバカエルフ!」


 桐庭さんが包丁を持ちなおし、すさまじい速さでジェシカさんに斬りかかった。

 僕はジェシカさんがまっ二つにされてしまう、と思ったけど、彼女は細い剣でぶあつい包丁を楽々うけとめていた。


 しばらくの間、ギリギリと両者の刃どうしが音をたてて交差した。


「ほう。その細い体でなかなかの力だな。」


「あんたよりはマシよ!」


 突然、激しい金属音がして細かいかけらがとびちった。桐庭さんとジェシカさんの実力の差はあきらかだった。ジェシカさんはその細い剣で、肉きり包丁を粉砕してしまったのだ。


 ようやく兵士たちが壇上に集まってきて、槍を突きだして桐庭さんをとり囲んだ。ドリスさんが静かに進みでてきた。


「武器もないじゃろ。もう降参せんか?」


「かりん! 僕もお願いするよ、たのむから降参してほしい!」


「手を出すな!」


 ジェシカさんが鋭い目と声で一喝すると、兵士たちは縮みあがった様子だった。

 桐庭さんはフードをあげると、壊れた包丁を床に放った。

 僕はホッとして彼女に近づこうとしたけど、ジェシカさんに肩をつかまれた。


「店主殿。なにかおかしいぞ。」


「えっ?」


 僕が桐庭さんを見ると、彼女は泣きながら笑みを浮かべていた。


「やっとかりんって呼んでくれたね。あたし、葵のために頑張ったんだよ。ずっと見守っていたのに。」


 桐庭さんは手で涙を拭いた。


「葵、知らなかったでしょ。クローゼットはふたつあったんだよ。あたし、それを使って、ずっとこの世界で葵を見ていたの。頑張って魔法も学んだし、金融商会にも入って…。」


「なんだって!?」


「あなたのおじいちゃんがクローゼットをあたしにもくれたの。葵のことを頼むって。」


 僕は金づちで頭を叩かれたみたいな感覚がして、地面に立っているのも苦しくなってきた。


「ねえエルフさん、新帝国が先に動いたのはなぜだと思う? 戦争にはお金が必要よね。」


「まさか、貴様が新帝国をそそのかしたのか!?」


「いくらでも戦費を融資するし、戦時国債を引き受けるって言ったら喜んじゃってさ。」


 桐庭さんは笑いだして、僕に指をつきつけた。


「葵! あたしが目を覚ましてあげる! こんな世界、戦争で滅べばいいわ!」



 それと同時に、群衆の中のあちらこちらで騒ぎがわき起こった。長いマントを脱ぎ捨てる人たちが何人も現れて、みんなその下は武装していて、こちらに殺到してきた。

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