第35話 檻の中の再会

『3日後、王の広場にて以下の者の処刑を執行する。


 罪状 複数エルフに対する姦淫罪


 氏名 ハナヤ・アオイ


 職業 生花店経営者


 手段 斬首もしくはしばり首の選択制』




「出してくださいよお。」


 今は囚人服を着ているのは僕だった。王立監獄の地下深い牢獄に、僕は入っていた。

 太いけど錆だらけの鉄格子の向こうには、笑いをこらえているふたりのエルフが立っていた。


「なさけない声をだすな、店主殿。」


「あくまでフリですから。プフッ。」


 どうやらこの姉妹はふるまいは正反対だけど、問題のある性格は共通していそうだった。


「フリなら、ここまですることないじゃないですか? それになんですか、あの罪状は!」


「事実ではないか、店主殿。」


「相手はあのキリニワカリンですよ。これくらいしないと騙せませんよ。ねえ、ジェシカ?」


「ああ…私、檻の中で苦しむ店主殿を見ていたらなんだか…あん…。」


 ジェシカさんは顔が紅潮して呼吸が荒くなり、鉄格子につかまっていた。僕も鉄格子にしがみついた。


「僕のトイレはどうするんですか?」


「店主殿、そこに缶があるからやってみよ。ここで見てていいか?」


「いいわけないでしょう!」


 ついに怒りが爆発した僕は、鉄格子をガタガタとゆらしたけどびくともしなかった。


「では店主殿、私もいっしょに檻に入って共に夜をすごそう。」


 ジェシカさんが人さし指で僕の顔からお腹までをなでたので、僕はうしろにこけてしまった。


「それは絶対にダメです。」


「なんだと? 水も食事も与えぬぞ。よく考えておけ。」


「ジェシカ、何か別の目的になってますよ?」


 ふたりは腕を組んで、談笑しながら通路の奥に消えて行ってしまった。



 そう、これは桐庭さんをおびき寄せるための罠だった。3日後の僕の公開処刑の日に、必ず彼女は僕を助けに現れるとの作戦だった。

 つまりは僕をエサにして彼女を罠にかけるわけで、気が進まなかったけど僕には代わりのよい案はなかった。



 僕は凍えるような寒けを感じて、牢屋の隅に縮こまって座った。たいまつはあるけどまわりは薄暗くて、あちらこちらからはカサカサやチューチューと音がした。

 僕はミミズや青虫は平気だけど、Gだけはダメだった。


「おなかへったなあ。ひどいよ、ジェシカさん。」


「ですよねー? はい、店長さん。ユリが作ったお弁当ですよ。」


 あまりのつらさに、僕はついに幻覚を見るようになってしまったようだった。


「ちがいますって。ユリは本物ですよ。」


「ユリさん!?」


 僕は自分の目が信じられなくって、つい手を前にだしてしまった。


(ムニュッ)


「きゃっ!? なにするんですか!」


 僕の手が水風船みたいなやわらかさを感じるのと、ユリさんの強烈なカウンタービンタがまともにかえってきたのはほぼ同時だった。

 僕はあまりの痛さに気が遠くなった。


「あら、ついユリったら。大丈夫ですか?」



 ユリさんは僕を介抱してくれて、お弁当も食べさせてくれた。


「ありがとう、ユリさん。生きかえったよ。いったいどうやってここに?」


「この監獄の警備はザルですから。それにしても、ジェシカさんはひどいですね。いくらカリンさんをつかまえるためとはいっても。」


「そのことなんですけど。」


 僕は聞くのがこわかったけどはっきりさせておきたかった。


「ユリさんは、桐庭さんに味方してるのですか?」


「あれ? 店長さん、ジェシカさんから聞いてなかったんですか?」


 ユリさんは本当に驚いている感じで、僕には演技にはみえなかった。


「ユリ、金融商会でアネモネさん…いえ、カリンさんから、仲間になれって誘われていたんです。」


「やはりそうだったんですか!(ジェシカさんが正しかったんだ…?)」


「なので、ユリはジェシカさんに相談したんです。そしたら、カリンさんを探るために、仲間になったフリをしてくれって言われたんです。」


 僕は驚くことばかりで口をパクパクさせたけど、ようやくことばを発することができた。


「じゃ、僕のクローゼットを持って行っちゃったのは桐庭さんとユリさん?」


 ユリさんはうなずいて、ちいさな袋を僕に見せた。


「お花の種のことはカリンさんに教えてもらいました。だから、ユリはカリンさんがいない間にクローゼットを通って、ちがう世界に行ってきましたよ。デイジーのお花の種が普通に売ってましたから買ってきました。」


「な、なんですって!?」


 僕は、異世界をこわがらずに、しかも買い物までしてきたユリさんの大胆さと賢さに驚くばかりだった。


「店長さん、この種がほしいですか?」



 僕はなんだか答えるのをためらった。ユリさんは必要以上に僕に顔を近づけてきた。



「ほしいなら、ユリを店長さんの共同経営者にしてください。」


「えっ…。」


 ユリさんの大きい目も唇も、潤みを帯びていて光っていた。僕は彼女の迫力に押されてしまった。


「店長さんがジェシカさんを選ぶなんて言うから、ユリは迷ったんです。本当にカリンさんにつくかどうかを。」


「え? あれ、聞いていたの!?」


「カリンさんは、自分についたら金利なしでいくらでも開店資金を融資してくれるって言いました。でも、ユリは店長さんのお店がいいんです!」


 僕は彼女の思わぬ告白にどう反応していいのかわからなくて、なにも言葉が頭にうかばなかった。


「店長さんは、店の情報をもらしたユリをとがめずに許してくれました。ユリはその時に決めたんです。店長さんといっしょにお花屋さんをするんだって。」


「ユリさん…。」


「ユリを選べば、ユリはぜんぶ店長さんのものですよ?」


 僕はユリさんの胸のあたりのふくらみから目を逸らそうとして、その力に抵抗できなかった。僕はまた手を伸ばそうとして、ピシャリと叩かれた。


「はい、そこまで! ユリ、3日後にお返事を待ってますね。」


 ユリさんは小袋をしまうと立ちあがり、いとも簡単に檻の扉をあけた。


「ユリさん、返事はどうやって?」


「公開処刑のとき、ユリの名を叫んでください。助けに行きますから。じゃ、店長さん、またね。」


 彼女は僕に手をふると、通路の奥の闇に消えていった。僕はあとを追おうとして扉に手をかけたけど、それはまったく開かなかった。




 そして僕の公開処刑の日がやってきた。


 僕は看守にひきずり出されて、縛られたまま処刑場まで歩いて行かされた。その途中で、見物している市民からトマトや卵やリンゴの芯が僕に飛んできた。


「この恥しらずー!」


「ヘンタイめー!」


 僕は屈辱に耐えながら、処刑台まで歩いていった。警備兵の中にドリスさんがいて、僕にうなずいてみせた。いならぶ立会人の反戦派貴族の中にはワサビンカさんもいて、偽の処刑とわかっているはずなのに緊張した雰囲気で席に座っていた。

 なぜかジェシカさんやコナさんの姿はどこにもみあたらなかった。


 ヨタヨタの役人のおじいさんが進みでて、巻きものを開いて読みあげはじめた。


「うおっほん! 静粛に! この者、ハナヤ・アオイの罪状は、美しく高貴で知性と教養に満ち、スタイル抜群で性格もよくって、強くて魔法も使えて店主殿と花屋をキョードーケイエーするのに最もふさわしいエルフのジェシカ・チェンバレン氏を…なんじゃ、この原稿は?」


「早く読まぬか!」


 おじいさんはしきりに首をひねったけど、群衆の中から野次がとんできたので続けるしかなさそうだった。


「えっほん! …ジェシカ・チェンバレン氏を毎晩のように自分のベッドに招きいれ、言うのも書くのも恥ずかしい行為を強要し、あげくのはてにはその姉にまで手をだして3者で毎晩…だからなんじゃね、この原稿は?」


「早く読めと言っておろう! たたき斬るぞ!」


 特定の野次にふるえあがったおじいさんは、やけくそみたいに巻き物を読みすすめた。


「…の罪でハナヤ・アオイに本日、死刑を執行するものであーる!」


 群衆の興奮が頂点に達し、歓声が空気をゆらした。僕はこんなにたくさんの人に注目されるのはもちろん初めてで、なんだかひとごとのように感じてしまった。

 

「では、ハナヤ・アオイよ。斬首かしばり首か、好きなほうを選ぶのじゃ。」


「じゃ、痛くないほうでお願いします。」


 僕が言ったことを完全に無視して、処刑役人たちが僕を処刑台の木枠に固定した。

 巨大な肉きり包丁みたいなのを、首斬り係の役人がふりあげた。



(え? これってちゃんとフリだっていう話はとおってるの?)



 僕は全力で動こうとしたけど、木枠に固定された僕の首はぜんぜん動かせなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る