第28話 ゴーモンと宣戦布告
第28話 ゴーモンと宣戦布告
僕は、みのむしの気持ちがよくわかったような気がした。すきま風が吹くたびに、僕の体はぶらぶらとゆれた。
そう、裏庭にある物置の中で、僕はロープで天井から吊るされていた。
「話す気になったか?」
僕はタオルでめかくしをされていたので、ジェシカさんの冷たい声だけが聞こえてきた。僕が首をふると、なにやら会話が聞こえてきた。
「意外と強情ですね。」
「しかたがないな。ユリ殿、これを使うか?」
「えーっ。大丈夫かなあ? それよりこっちは?」
「それこそまずいぞ。」
キャッキャッ、とふたりはビュッフェでデザートを選ぶみたいな感じで、おそらく僕を責める道具を選んでいるらしかった。
「あの、おふたりとも、楽しんでます?」
「店主殿が自白しないからわるいのだぞ。」
「はやく白状したほうが身のためですよー。ほらほら。」
僕はなにか柔らかい羽のようなものでくすぐられて、身をよじった。
「む、無駄ですよ。な、なにをしたって、は、話しませんから…はははっ、や、やめてください!」
僕は、3つのことを話すようにふたりにせまられていた。
ひとつめは、僕と桐庭かりんさんとの関係。
ふたつめは、僕と桐庭さんの正体。
みっつめは…なんだっけ?
たしか、ムネとアシのどっちが好きか言えって…。
あのあとは大変だった。
自警団支部長なのにコナさんがつかまっちゃって、僕たちは厳しくとりしらべを受けた。
実はアネモネさん(というか怪盗ノーラというか桐庭さん)は金融商会の中ではけっこうなおえらいさんだったらしい。
ジェシカさんが戦った相手も消えてしまい、僕たちがいくら事実をうったえても誰も耳をかそうともしなかった。
とりしらべが終わり、僕たちがようやく家に帰されたのは次の日の朝だった。
疲れきった僕はベッドに倒れこみ、気がついたら物置でみのむしされていたのだった。
そのあとは、ジェシカさんとユリさんが入れかわり立ちかわり、すべてを話すように迫ってきて、僕は拒みつづけた。
すると、ユリさんが僕をゴーモンしようと言い出したのだった。
「店主殿、よく聞け。」
みみたぶに吐息を感じるくらい、ジェシカさんは僕の近くから話しかけてきた。
「私の大切な姉が人間につかまってしまった。店主殿のせいだぞ。どう責任をとるつもりだ?」
「ごめんなさい…。」
僕は本当に責任を感じて、ジェシカさんやコナさんに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「謝るだけですむと思うか? コナお姉さまはエルフ森の長の長女だ。このままではエルフと人間は戦争になるぞ。」
「ジェシカさん、僕、どうすれば?」
思っていた以上に事態は深刻みたいで、僕はパニックに陥っていた。ジェシカさんは僕の耳に息をふきかけた。
「うむ。店主殿と私が結ばれれば万事解決だ。」
「そ、そうなんですか?」
「ちょっと待ってください! 途中から話がすりかわってます!」
ユリさんの声がして、ふたりはもめはじめた様子だった。
「この裏切りエルフ! キリニワ対抗でユリと手を組むって言ったくせに!」
「ユリ殿、それとこれとは話が別だ。店主殿と本気で結ばれたいなら、もっと真剣にならねばならん。こんな風にな。」
突然、僕の首すじになにかやわらかいものが押しつけられた。まちがいなく、それはジェシカさんの唇だった。
僕は悲鳴をあげた。
「あっ! ずるい! だったらユリは…。」
服がひっぱられる感触がして、僕は服をはぎとられないように必死で身をひねった。
「なるほど。では私は下を脱がせて…」
「そ、それだけはやめてください!」
「話せばやめてやろう。どうする店主殿?」
僕はとうとう降参することにした。
「わかりました。話します…。」
「チッ。」
「なんで舌うちするんですか!」
床におろされた僕は縄をほどいてもらって、ユリさんから水の入ったコップを受けとった。
「さあ、ユリたちにすべて話してください。」
「桐庭かりんさんは…僕の幼なじみなんです。」
「幼なじみだと? あの人間の女はどこから来たのだ!」
物騒な表情のジェシカさんが恐ろしくって僕は縮みあがり、ユリさんのうしろに逃げこんだ。
「ジェシカさん、だまって聞きましょ。ねえ店長さん?」
ジェシカさんは、ユリさんが僕の頭をなでなでするのを苦々しげに見ていた。僕は身の危険を感じて、もう話してしまうことにした。
「僕は実は、あのクローゼットを通ってこの世界に…」
「話す必要なんてないよ、葵!」
納屋の入口に、腕組みをしてもたれかかっている人影がみえた。ユリさんはびっくりしてとびあがり、ジェシカさんはいきなり剣を抜いて人影に斬りかかった。
人影はまっ二つに斬り裂かれたけど、徐々にうすくなって消えてしまった。
「チッ。貴様、幻影魔法も使えるのか。」
「気の短いエルフさんだなあ。葵はこんなのがタイプだったんだ?」
今度は僕とユリさんの真横に人影が現れて、僕はとびあがってしまった。
「桐庭さん!? なんで魔法なんか使えるの!?」
「ちがいまーす! あたしは怪盗ノーラでーす、にゃんっ!」
桐庭さんはまたあの猫のポーズをきめてから、急にまじめな顔で名刺をだした。
「またの名を、金融商会融資部のアネモネ部長ともいいます。以後よろしくね。」
「ふざけるな! 貴様、なんのつもりだ!」
ジェシカさんの怒りは超危険水域で、目はつり上がりすぎて三角形になっていた。
「あんたと話してんじゃないの。あたしは葵と話してんの。」
桐庭さんは僕に笑いかけながらユリさんを突きとばした。
「いたいです!」
「いつまでも馴れ馴れしく葵にくっついてんじゃないって。」
僕は目の前で起きてることがまだ現実ばなれしていて、言葉も発することができなかった。
「葵、最初で最後の警告。こっちの世界に戻ってきてくれる? そうすれば、まるくおさまるようにしてあげるからさ。」
「貴様!」
ジェシカさんがまたすさまじい斬撃をくりだしたけど、桐庭さんは少しだけ身をかがめてかわしただけだった。
「バカエルフはひっこんでて。葵、返事を待ってるからね。」
「も、もしもことわったらどうなるの?」
僕は勇気をふりしぼって聞いたけど、すぐに彼女の目を見て後悔した。
「もしそうするなら、この世界には、とーっても楽しいことが起こるよ。じゃ、またにゃん!」
桐庭さんは楽しげに笑いながら、裏庭へと出ていった。僕はやっと立ち上がってあとを追ったけど、彼女の姿はどこにもなかった。
事務室で僕たちはお茶を淹れて飲んだけど、なごやかさからはかけ離れた雰囲気だった。最初に口を開いたのはユリさんだった。
「なんなんですか、あの人? かなりあぶない人かも。」
「かもではなく、完全に常軌を逸しているな。」
「彼女は…桐庭さんは、いったいなにをしようとしているのでしょう?」
ジェシカさんはしばらく考えてからお茶を飲みほした。
「わからぬ。なぜキリニワカリンはコナ姉さまを陥れたのだ? それに、やつは貸し金庫からなにかを奪った。あれはなんだったのだ?」
考えてもわからなくて、僕たちからはため息が出るばかりだった。
沈黙をやぶったのは、あらたな訪問者だった。
「た、た、た、大変です! ハナヤさん、ジェシカさん! 大変なんです!」
「オペラさん!? どうしたんですか!?」
黒髪をふりみだした図書館司書のオペラさんが部屋にかけこんできた。
「コナさんという名のエルフが王国で処刑されるそうです! ジェシカさんのお身内ですか?」
僕は驚きで声もでず、ジェシカさんは真っ青な顔になっていた。
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