第29話 いざ自警団本部へ
高くそびえたつ白い石造りの建物の前で、僕は入口の門を見あげていた。
門の横には大きな看板があった。
『自警団本部』
(→出前は裏口へまわってください。)
「本当に入るんですよね?」
「あたりまえだ! ここまで来ておじけづいたのか、店主殿?」
ジェシカさんは門扉を蹴破ると、僕の背中をぐいぐい押して中に押しいった。
「ジェシカさん、あくまで交渉だから穏便にいきましょうよ。」
「やだ! 売られたケンカは買うのが私の流儀だ。」
『敵襲ー!!』
建物の中庭に青いコートの自警団員たちがわらわらと出てきて、手に手に武器を構えた。
「あわわわ、どうするんですか!? ジェシカさんが最初からケンカごしだからですよ!」
「どうもせんわ。全員ぶった斬ってやるわ!」
ジェシカさんは何かの呪文をすばやく唱えると、細剣を抜いて突撃した。
オペラさんが来たときの場面にいったん戻ると…。
「処刑ですって!? いったいなぜですか?」
オペラさんは、テーブルにあった誰かのお茶を勝手に飲み干して、懐からたたんである紙をとりだした。
「今朝の新聞に書いてありました!」
僕は慌てて新聞を広げて、両側からジェシカさんとユリさんにはさまれながら中身を読んだ。
『号外!
自警団第33支部長のコナ・チェンバレン氏が緊急逮捕された模様。容疑は金融商会の貸し金庫室からの窃盗、および新帝国の手先としての諜報活動らしい。本人は否認しているが現在、自警団本部では厳しいとりしらべがおこなわれている模様。
また、身柄は近日中に王国王都へ移送される予定であり、裁判の結果次第では死罪もありえるという。』
「諜報活動って!?」
読みおえた僕は呆然としてしまい、ジェシカさんとユリさんも同じ様子だった。
僕は気をとりなおすと、上着を着て戸口へ向かった。
「店長さん! どこへいくんですか?」
「自警団の本部にいきます! コナさんが死刑だなんて、おかしいよ!」
部屋から出ようとした僕の腕を、ジェシカさんが強くつかんだ。
「ジェシカさん?」
「ほうっておけ。あんな姉のために店主殿が危険をおかす必要はない。」
「さっきと言ってることがちがうんですけど?」
ジェシカさんの目がするどくなったので、僕はいそいで口をとじた。
「ふん。人間と森のエルフが戦争になろうと私には関係ない。私は森から追放された身だからな。」
「ジェシカさん、大切なお姉さんが心配じゃないんですか?」
「うるさい!」
暴言をはいたジェシカさんは、僕たちに背を向けて階段を登っていってしまった。
ため息をついた僕の肩をユリさんがつっついて、階段を指さした。
「早く行って話してきてください。ジェシカさんは、店長さんの言うことしか聞かないと思いますよ。」
しぶしぶ階段をあがろうとした僕のあとに、オペラさんがついてこようとした。
「わたくしもぜひ!」
「話がややこしくなるから帰ってください…。」
ノックしても返事がないので、僕はジェシカさんの部屋に入った。部屋は森林の樹木のようなよい香りで満たされていたけど、床はあいかわらず下着とか色々な物で乱雑に散らかっていた。
僕は下を見ないようにしながら彼女のベッドに近づいた。
ベッドの上には毛布がこんもりとなっていて、どうやら中にジェシカさんがくるまっているようだった。
僕は彼女は目めずらしくかなり落ちこんでいると思い、なんとか力になりたいと思った。
「ジェシカさん、大丈夫?」
「ほうっておいてくれ。」
毛布がモゾモゾと動いて、ジェシカさんは拒絶モードに入っているようだった。
「ごめんなさい。すべて僕のせいなんです。」
「どうしてそう思うのだ?」
僕はなるべくベッドの端に腰をおろした。
「桐庭さんがああなったのは、たぶん僕のせいです。でもまさか、あんなひどいことをする人になるなんて…。」
「話してみよ。」
毛布のモゾモゾがピタリととまり、僕は前を向いたまま言葉をつづけた。
「彼女は僕とちがって、小さい頃からなんでもできて…頭もよくって、人気者で、いつもたくさんの人に囲まれていたんです。」
「ほう。まるで私だな。」
「彼女とは子どもの頃からあたりまえのようにいっしょにいてたんです。でも、僕はずっと自分に自信がなくって…。僕は…僕は彼女を…。」
僕は頭をかかえてしまい、話し続けるのをためらった。また毛布がモゾモゾ動いた。
「じれったい! はやく言え。」
「彼女が告白してきたとき、僕は彼女をひどく拒んだんです。」
毛布がプルプルと細かく震えていた。僕はジェシカさんが泣いているんじゃないかってびっくりしてしまった。
「ジェシカさん?」
「ぷぷぷ…。ぷふっ、あはっ! あははははは! ダメだ、こらえきれない! あははははっ!」
僕はジェシカさんの大笑いが信じられなくって、怒りのあまり毛布をはぎとった。
そこには誰もいなかった。
「あ…しまっ…。」
僕は逃げようとしたけど遅すぎた。後ろからはがいじめにされて、全く身うごきがとれない僕にジェシカさんがささやいてきた。
「店主殿は学習能力がないのか?」
「は、はなしてください!」
言えば言うほどジェシカさんはしめつけを強くしてきて、僕の悲鳴は声にならなかった。
「要するに、あの人間の女は店主殿に振られたしかえしのために暴れておると、そう言いたいのだな?」
「ひ、ひとことでいえば…そうかもしれません…あいたたた…。」
「そうだとすれば、あの者は店主殿が苦しむ姿を見て喜んでいるということだな。なんという悪趣味なやつだ。」
「ジェシカさんがそれ言います? あいたたたた。」
ジェシカさんは力をゆるめてくれたけど、今度は僕を背後から思いきり押したおして、僕はベッドにうつ伏せになったまま上から乗られる体勢になった。
「だがな、店主殿は人の想いというものをまるでわかっておらぬ。これはしかえしなどではない。」
「じゃ、なんで桐庭さんはこんなことを?」
「本当にわからぬのか?」
ジェシカさんはあきれたような声で言って、ため息をついた。
「これはもはや店主殿だけの問題ではない。私とキリニワカリンとの戦いだ。戦うからには私は必ず勝つ!」
「ジェシカさん!?」
僕は跳ね起きようとしたけどびくともしなかった。
「だが店主殿、ひとつ条件がある。全てが片づいたら、私を選べ。わかったか?」
僕が答えないでいると、ジェシカさんの手があやしく動きだした。
「答えぬのか? いま、ここで店主殿を奪っても良いのだぞ。」
「わ、わかりました! 僕はジェシカさんを選びます!」
僕が叫ぶと、なにやら背後から鼻をすするような音が聞こえてきた。
「ジェシカさん?」
「嬉しい…。店主殿が…私を…。」
ジェシカさんは僕の背中に顔をうずめて、嗚咽をもらし続けた。そこで僕は今ごろ気がついた。アネモネさんに化けた桐庭さんも風邪じゃなくて、僕と話しながら泣いていたのだった。
僕は桐庭さんにもジェシカさんに対しても、言いようのない罪悪感にとらわれた。
僕は自分の殻にとじこもり、人の想いに鈍感になり、それをないがしろにしていたのかもしれなかった。
「ジェシカさん、僕といっしょに自警団本部に行きましょう。コナさんを助けるんです。」
「わかった。だがその前に。」
「え?」
「やっぱり、先にここで結ばれてしまおうっと!」
僕は下の階まで届く悲鳴をあげた。
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