第27話 デートと怪盗の相性は(後編)
うすぐらい廊下の向こうに、黒い影のように何かがたたずんでいた。
「ジェシカさん、うしろ!」
「店主殿、その手には乗らんぞ。」
ジェシカさんはうっとりとした目で僕のあごに手をそえて、ぐいっとひっぱった。
「ダメですってば! あそこに何かがいるんです!」
黒い影がゆらいだかと思うと、光が一閃した。ジェシカさんは僕を抱きかかえたまま、跳んだ。
彼女はふわりと着地して、僕たちがたった今までいた場所の壁には大きな裂け目ができていた。
僕の目にはよくわからなかったけど、どうやら影がすごいはやさで踏みこんできて、大剣で僕たちに斬りかかったらしかった。
「おのれ、邪魔をしおって!」
抜剣したジェシカさんに、黒い影はなにかをいくつも投げてきた。彼女が剣を振るうたびに、金属音がして火花が散った。
「ひええ。」
「店主殿、大丈夫だ。たいしたことはない。」
影がよろめき、肩のあたりにはナイフのような刃物が刺さっていた。どうやらジェシカさんが剣ではじきかえしたらしかった。
影はまわれ右して廊下の奥へ消えた。
「追うぞ!」
すさまじい速さで走るジェシカさんを僕は必死で追いかけた。いくつもの分岐をすぎて、突きあたりのドアに僕はとびこんだ。
中ではジェシカさんと影がはげしく剣で戦っていた。
影は全身を黒いピッタリとした服で包んでいて、顔は猫のようなデザインの仮面で隠されていた。
猫仮面はスタイルがよすぎて、僕は目をそらしてしまった。
「その人が怪盗ノーラですか!?」
「たぶんそうであろうな!」
僕には互角に見えたけど、どうやらジェシカさんはかなり手かげんをしていたみたいだった。
というのも、猫仮面の人は少しずつ疲れてきた様子で息が荒くなってきたけど、ジェシカさんはすずしげな顔をしていたからだった。
ついには猫仮面の人はひざをついてしまった。ジェシカさんは相手の首に剣先をそえた。
「そのような服で胸を強調しおって! ちなみにどこで買った?」
「ジェシカさん、怒りの方向がおかしいです。」
猫仮面はナイフを出そうとしたけど、ジェシカさんが剣で殴りつけたので仮面がふきとんだ。動かなくなった相手のそばにひざまずいたジェシカさんは何かに気づいたようだった。
「こやつ、さきほど茶を持ってきた者だな。」
「本当ですね。」
ジェシカさんはなにか納得できない表情を浮かべていた。
「あまりにもあっけなさすぎるな。」
彼女は猫仮面の体をあちこち探って、大きな声をだした。
「どうしました!?」
「しまった! こちらは囮だ!」
ジェシカさんは部屋から飛びだして、再び廊下を走りはじめた。
僕がついていくのが無理な速さだった。
「待ってよ、ジェシカさん! どこへいくのですか?」
「貸し金庫室だ!」
ジェシカさんが速度をゆるめて、僕にちいさく丸めた紙をほうり投げたので開けてみた。
『ゆりにゃんはあずかったにゃ。かえしてほしいなら、かしきんこしつにくるにゃ~。かいとうのーら。』
僕はもう走りまくりで息がくるしかった。ようやくそれらしい部屋に着くと、ジェシカさんが扉の前で目を閉じてなにかを唱えていた。
扉の鍵が開き、僕とジェシカさんは中に踏みこんだ。
室内には既に誰かがいて、ジェシカさんは無言で斬りかかった。
火花がちり、激しい金属音が僕の耳をつらぬいた。また激しい剣の戦いが始まるのかと思ったら、双方はすぐに剣を鞘にしまってしまった。
「コナお姉さま…?」
「ジェシカ…? なぜここに?」
「それは私のせりふだ!」
ジェシカさんは少し怒っていて、目を細めて僕を見てきた。
「黙っていてごめんなさい。僕がコナさんに通報していたんです。」
「店主殿、なんということをしたのだ! そんなに私の腕が信用できなかったのか?」
ジェシカさんは僕にすがりついてきて、僕はなんだか彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ごめんね、ジェシカさん。でも、もしもジェシカさんになにかあったら大変だから、コナさんにも応援を頼んだんです。」
なぜか僕は目に涙がにじんできて、ジェシカさんと見つめあった。
「ああん、もう! かわいいっ。」
「むぐぐっ。」
ジェシカさんが僕に抱きつくというよりしがみついてきて、僕は息ができなくなった。
「ハナヤさん。目の前で熱愛をみせつけるのはやめて頂けませんか?」
「姉さまが出ていけばよかろう。私たちは先ほどの続きを…。」
「ジェシカ、家に帰るまで我慢しなさい。」
「ぷは、帰ってからもしません!」
僕はなんとか息つぎができて、叫んだ。ジェシカさんはようやく僕を離してくれたけど、耳もとにささやいてきた。
(通報した罰は帰ってから、たっぷりとしてやるぞ。)
コナさんは深いため息をついて、全面が貸し金庫になっている壁にもたれかかった。
「ハナヤさんがドエムでよかったですねえ。おにあいですよ。」
「ちがいますってば!」
僕は大事なことを思いだして、大声になってしまった。
「ユリさんが、怪盗ノーラにつかまっちゃったんです! 返してほしいならここに来いって!」
「なんですって!?」
コナさんはびっくりした様子だったけど、のんびりした声がうしろから聞こえてきた。
「ユリがどうかしましたか?」
貸し金庫室に、ユリさんとアネモネさんが入ってきた。僕は大声をだしたのが恥ずかしくって、顔が赤くなるのがわかった。
「ユリさん、無事でしたか!」
「え? ユリはずっとアネモネさんといましたよ。融資の手続きも完了でーす!」
「じゃ、怪盗ノーラは?」
僕たちは顔を見あわせて首をひねるばかりだった。事情をしらないだろうアネモネさんもキョトンとした様子だった。
「あ。そういえばあたし、知っています。怪盗ノーラの正体を。」
アネモネさんが仕事の話をするみたいにさらりと言いだして、みんなが彼女に注目した。
アネモネさんは壁際に歩みよると、貸し金庫のひとつを開けた。僕はアネモネさんに近づいた。
「あの…アネモネさん、なにをされているのですか?」
「葵、あたしのこと、本当に覚えてないの?」
「え?」
僕は全く予想していなかった返事をきいて思考が凍りついてしまった。アネモネさんは壁のほうを向いたままだった。
「ア、アネモネさん?」
「ねえ葵、アネモネの花言葉って、知ってる?」
ジェシカさんとコナさんはうなずきあうと、剣を抜いてアネモネさんを左右から挟んだ。
「貴様が怪盗ノーラか!」
「あたしは今、葵と話してるの! 邪魔しないで!」
ユリさんが震えながら僕の背中にしがみついた。
アネモネさんはまだ前を向いたままだった。僕はのどがカラカラで声もだせなかった。
「さんざん人を心配させて、やっと会えたと思ったら…。」
アネモネさんはふりかえった。
その顔は、まったく別の人に変わっていた。
「異世界の花屋でハーレムきどりかよっ! 葵!」
「へ?」
その場の全員がすこしこけて、部屋にはなぜか、僕を非難するような視線が交錯した。
「まさか君は…桐庭さん?」
「やっとわかった? そう、怪盗ノーラこと、桐庭かりんでーす、にゃん!」
桐庭さんはにっこり笑いながら猫みたいなポーズを決めて、全員がまたこけた。
「桐庭さん!? い、いったいどうやってこの世界に!?」
「おしえてあーげない!」
彼女は大きく息をすいこんだ。
『きゃーっ! 怪盗ノーラがでましたー! たっすけてー! 貸し金庫がやぶられましたー!』
「貴様! どういうつもりだ!」
ジェシカさんが問いつめたけど、桐庭さんはニヤニヤするだけだった。
部屋はあっという間にかけつけた警備員でいっぱいになり、僕たちは取り押さえらてしまった。
警備員の隊長らしい人が、いつのまにやらもとに戻ったアネモネさんに敬礼をした。
「アネモネ部長! おけがはありませんか?」
「大丈夫です。ご苦労さまです。」
「怪盗ノーラはどこですか?」
きょろきょろする隊長に、アネモネさんは指をさして教えた。
「このエルフが怪盗ノーラの仲間よ! 他の人は無関係だからはなしてあげて。」
アネモネさんがゆびさしたのは、コナさんだった。
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