第26話 デートと怪盗の相性は(中編)
僕は、あまりにも長くひとりでいたせいで感情というものを忘れかけていたのかもしれなかった。
でも僕は今、それを思いだしつつある。
すぐそばで、毎日のようにほとばしる感情の奔流にさらされて。
いっしょに暮らしてみて本当に、ふたりはよく笑い、よく泣き、よく怒る。
ふたりとも、そういうところは本当によく似ていた。
ふたりって、もちろんジェシカさんとユリさんのことだ。
僕はずっと、そういうのはわずらわしいとばかり思っていた。
でも、今は自分でもよくわからなくなってきたみたいだった。
そのふたりは、今はとにかく怒りまくっていた。こういう時はなにを言っても聞いちゃいないので、僕はおとなしく待つことにした。
「まだ待たないといけませんか?」
事務室でコナさんが退屈そうに僕に聞いてきた。改めてよく見ると、その金色の目はジェシカさんにそっくりで、美しさもやっぱりとびぬけていた。
「すみません。お茶とお菓子をもっとどうぞ。」
「ありがとうございます。でも、被害届を頂かないと帰れないのですが。」
「すみません…。」
遊園地から帰った僕たちを待っていたのは、荒らされてめちゃくちゃになった僕の店だった。
泥棒が入ったのはあきらかで、僕のイヤな予感は当たってしまったのだった。僕は事務室の金庫を調べたけど、なにも盗られていなかった。
ただ、壁には一枚の紙がはられてこう書かれていた。
『かいとうのーら、さんじょうにゃ~。にゃはっ。』
自分の部屋を調べて、ジェシカさんは怒りまくって、ユリさんは泣き出してから怒りまくった。
僕は自警団に通報して、しばらくするとなんと支部長であるコナさん自らがやってきたのだった。
「怪盗ノーラに、なにを盗られたのですか?」
コナさんは、ようやく怒りがひと段落したふたりに質問をした。
「ユリは貯金箱を盗られました!」
「私は服と下着を盗られた!」
「なるほど。それでは被害届と盗難品リストを作成しますので…。」
ジェシカさんが目にもとまらない動きでコナさんにつかみかかった。僕は血の気がひいたけど、コナさんはバク転してかわして、しっかりお菓子は食べていた。
「モグモグ…。すみません、お茶をいただけますか?」
「コナ姉さまの体はなまってはいないようだな。」
「あなたは腕がにぶったみたいですね。」
コナさんはお茶を飲んでひといきついたのか、またのんびりと書類を書きはじめた。
「そんな悠長な! ユリの貯金箱をはやくとりもどしてください!」
「そう言われてましても、被害をよく調べてから捜査をしないといけません。」
「あれは、ユリがお花屋さんの2号店をひらく大切な資金なんです!」
ユリさんにつめよられて、コナさんはよわりきった様子だった。
「私の下着も、店主殿に見せる大切なものだ!」
「ジェシカ、いったいなんの話ですか?」
ジェシカさんはお菓子を食べまくると紅茶でいっきに飲み干した。
「もうよい! 怪盗ノーラめは私がつかまえる! おのれ怪盗、八つ裂きにしてくれるわ!」
目を見ひらき叫ぶジェシカさんはものすごくこわくって、僕はすこしちびりそうになった。
コナさんは帰りぎわに僕にそっと聞いてきた。
「ハナヤさんは…その…、妹とは…もう?」
「なんっにもありませんてば! …なんで残念そうな顔をするんですか!?」
コナさんは真面目な表情に戻った。
「実は、エルフの森となぜか連絡がとれないのです。調査中ですが、どうか妹には内密にしておいてください。」
あと片づけやら掃除やらがおわったらもう夜おそくだった。
簡単な夕ごはんのあと、僕たちは事務室で作戦会議をはじめた。
「店主殿、ユリ殿。そもそもおかしいとは思わぬか? なぜ怪盗ノーラはここに盗みにはいったのだ?」
「売上金があると思ったんじゃない?」
ユリさんは眠そうに目をこすりながら答えた。僕も冷静になって考えてみた。
「確かに変ですね。店を荒らして金庫は手つかずで、貯金箱や下着だけ盗るって。」
「これではまるで、私たちへのいやがらせのようではないか?」
「どういうことですか? 会ったこともないのに、ユリたちは怪盗ノーラにうらまれてるってことですか?」
ユリさんが不安そうにして、椅子を動かして僕の近くに身をよせてきた。ジェシカさんは、一枚の紙をテーブルに置いた。
それは怪盗ノーラが壁に残していったチラシだった。
「それはこやつをつかまえて聞けばよい。」
「でも、どうやって?」
ジェシカさんはニヤリとして、チラシを裏返した。そこには、ちいさく何かが書いてあった。
『つぎのえものはきんゆうしょうかいかしきんこしつにゃ。みっかごのよるにゃ~。にゃはは。』
「ああっ!? これは!?」
「そうだ、店主殿。このチラシは挑戦状でもあったのだ。」
ジェシカさんはチラシを手にとるとビリビリに破いて、足で踏んづけ始めた。
「あ! ダメじゃないですか、コナさんに渡さないと!」
「誰があんな姉にたよるか! 私がこいつをつかまえて、鼻をあかしてやるのだ!」
「ユリも賛成でーす!」
ため息をついた僕は、ほうきでチラシの破片を掃いてちりとりに集めた。
「ユリはなんだかワクワクしてきました!」
「よいか、計画どおりにな。」
「なんだか気がすすまないなあ。」
3日後の夕方。
僕たちは店を閉めて、街の中心部にある金融商会本部に来ていた。
この世界には王立銀行があって、その業務はこの町では金融商会が代行していた。
「アオイ生花店さま、おまちしておりました。」
立派なレンガづくりの建物のホールで、落ちついたスーツ姿の女性が僕たちに深々とおじぎをした。
そのひとは融資部長のアネモネと名のり、僕たちは相談室に通された。職員さんがお茶を持ってきて、一礼して部屋をでていった。
「新たな融資のご相談をありがとうございます。」
アネモネさんはしきりに鼻をすすっていて、ハンカチで拭いていた。
「風邪ぎみですみません。事業計画書はありますか?」
「はい、これです。2号店をこの場所に…。」
僕は書類をだして説明をはじめた。アネモネさんは熱もあるのか顔が赤かったけど、融資の話はなごやかにすすんだ。
ジェシカさんとユリさんがめくばせをした。
「すまぬがお手洗いはどこだ?」
「あ、僕もいきます。」
「ではあとの手続きは副店長のユリがしておきますね。」
僕とジェシカさんは部屋を出て、どんどん廊下をすすんだ。もちろんトイレに行くためではなかった。
「貸し金庫室はこちらだな。」
「本当に怪盗ノーラは現れるのですか?」
「日時まで指定してきたのだ。まちがいない。」
長い髪をくくりあげて、自信満々に歩くジェシカさんは勇ましくって、僕は見いってしまった。彼女は急に立ちどまった。
「あの通路! なにかがいたぞ!」
ジェシカさんは音もなく廊下をかけぬけて角を曲がった。僕は慌ててあとを追った。
そして、彼女の背中にぶつかった。
「あいたた。急にとまらないでください。なにがいたんですか?」
「…。」
「まさか、怪盗ノーラですか!?」
僕は緊張したけど、ふりかえったジェシカさんは頬をまっかにして、僕を抱きよせた。
「ここには私たちしかおらぬ。」
「ジ、ジェシカさん!?」
「だって、あまりにも店主殿が私を見つめるから…。」
「し、主旨が変わってませんか!?」
僕は彼女が顔を近づけてくるのを手でさえぎりながら、廊下の奥に目をやった。
そこに、なにかがいた。
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