第25話 デートと怪盗の相性は(前編)
なぜか僕は、見覚えのある中学校の校舎裏にいた。
めちゃくちゃに踏み荒らされた花壇を前に、僕は立ち尽くしていた。
今までに費やした放課後や昼休み時間が全て無駄になった絶望感と、無力感が僕を襲った。
「花矢く~ん、どうしたんだよ?」
ふりむくと、制服のポケットに手をいれた数名の同じクラスの生徒がいて僕をあざ笑っていた。
なぜか皆、顔にはもやがかかったようで気味が悪かった。
「お花にくわしい花矢くん! 俺たちも土いじりを手伝ってやるよ。」
「もうやめてよ!」
僕は叫んだけど、かえってそれは彼らをあおってしまったらしかった。相手のひとりが僕の肩を強く押して、僕は花壇の土の上にしりもちをついてしまった。
「いつもひとりで花の世話ばっかりしやがって!」
「おまえは気持ち悪いんだよ!」
浴びせられる罵声に反論もできなくて、僕はただ耐えていた。じっと耐えていればいずれは飽きてみんな帰っていくはずだったけど、その日は違っていた。
僕は花壇の中で蹴られ、殴られ、そして首をしめられた。
(どうして、ちょっと人とちがうことをするだけでこんな風に排除されるんだろう…。)
僕の心がなえかけた時だった。
「なにしてんのよ、あんたたち!」
急に現れたその子はひどく怒っている様子で、両の拳をかまえる姿勢をとっていた。その子の顔も霧におおわれたようでよくわからなかったけど、声には聞きおぼえがあった。
「なんだおまえ、まさかこんなやつとつきあってんのか?」
「桐庭さん! だめだよ!」
「花矢くん。ちょっと待っててね。」
そうだった。彼女の名は桐庭さんだ。
桐庭…かりんだった。
僕は思い出した。
桐庭さんはニッと微笑み、僕をとり囲む生徒たちめがけて突進した。
「かりん! だめだよ!」
僕は押さえつけられている手をふりほどき、彼女の方へ這って行こうとして…。
そしてベッドから落っこちた。
「あいたたた…。」
僕が床の上で腰をさすっていると、つきさすような視線を感じた。目の前で、しゃがんだジェシカさんが僕をじっと見ていた。
「店主殿。大丈夫か? うなされているようだったから様子を見にきたぞ。」
「あ、ありがとう…。」
僕は寝覚めが悪い感じだったけど、ジェシカさんがおいうちをかけてきた。
「ところで店主殿。『キリニワカリン』とは誰だ?」
「えっ!? ジェシカさん、どうしてその名前を!?」
「寝言で叫んでいたぞ。」
ジェシカさんは半分心配しているような、半分怒っているような様子で僕を見つめ続けた。
「い、いやだな。ただの寝言ですよ。意味なんかありませんよ。」
ジェシカさんは有無を言わさず僕を抱えあげて、ベッドにふわりとおろしてくれた。
「また僕の部屋に勝手に入ったんですね。」
「店主殿が私の部屋に来てくれないからだぞ。」
「で、なんで僕のベッドに入ろうとしてるんですか?」
「なにか問題か?」
僕は問題ありと言おうとして、考えた。ひょっとしていつも僕がそうやって嫌がるから、ジェシカさんはかえって面白がっているんじゃないかと。
「わかりました。問題ないですよ。さあ、どうぞ。」
僕はドキドキしながら、おもて向きだけ平然としたフリをして毛布をめくってみせた。思ったとおり、ジェシカさんは戸惑う様子をみせた。
「本当にいいのか?」
「いいですってば。さあどうぞ。どうしたんですか? さめちゃいますよ?」
ジェシカさんの長い耳がみるみる下にさがり、彼女はジリジリと後ずさりをしはじめた。
(やっぱり! 僕の思ったとおりだった!)
僕は始めて彼女に勝てた気がして、心の中でガッツポーズをした。
その時、僕は猛烈な勢いでこちらに走って飛びこんでくるジェシカさんと目があった。
「店長さん、食べないんですか? さめちゃいますよ。」
「はい…。」
朝から盛大に食べるジェシカさんと疲れきった僕を、ユリさんは交互に見比べた。
「ユリのつくったワッフル、おいしくないですか?」
「とんでもない。美味だぞ、ユリ殿。」
「ユリは店長さんに聞いてるんです。朝からやつれて、どうしたんですか?」
僕は力なく笑い、ミルクティーをすすった。
「ところで、今日はお休みなので、ユリは店長さんとデートがしたいでーす!」
僕はミルクティーをふき出して、ホイップクリームをほっぺにつけたジェシカさんは不思議そうな顔をした。
「でーと、とはなんだ?」
「しらないんですか!? 大切な人とあちこちいっしょに遊びに行ったり、町歩きをすることですよ。」
ジェシカさんは雷にうたれたみたいに椅子から飛びあがった。
「私も店主殿とでーとがしたい!」
「え? でも今日は事務作業があるんです。」
「でーとしたい! でーとしたいったらしたい!」
ジェシカさんは体全体で騒ぎはじめた。店を壊されてはたまらないので、僕はティーカップを置いた。
「わかりました、わかりましたってば。いいですよ、行きましょう。」
「本当か! 嬉しい!」
ジェシカさんは僕の首に抱きついてきて、僕に首の骨の心配をさせた。
「ふふ、ジェシカさんたら、子どもみたいですね。」
ユリさんはなんだかつくり笑いをしているようだった。
「ジェシカさん、ユリさん、もう少し離れてくださいよ。」
「いやだ。」
「ユリもイヤです。」
僕とふたりは町の中心部を歩いていた。ジェシカさんとユリさんが僕の両側から腕を組んでいて歩きにくかった。
ただでさえエルフは珍しい上に、ジェシカさんはずば抜けて美しいし、ユリさんも輝くようにかわいいから、まわりの視線が僕たち(というよりふたり)に集中して僕は居心地が悪かった。
「おまえら、そんなやつより俺と…」
一度だけ、ガラが悪そうで大柄な冒険者風の人たちが寄ってきたけど、ジェシカさんの回し蹴りが炸裂して一瞬で空高く飛んでいった。
「店主殿。でーととは普通、どこへ行くものなのだ?」
実は僕は、生まれてからデートなんか一度もしたことがなかった。
「そうですね。お買い物とか、カフェとか、遊園地とか…?」
「ユリは遊園地に行きたいです!」
「ゆうえんち、とはなんだ?」
僕はこの世界ではずっとお花屋さんの仕事ばかりだったし、少し楽しみはじめている自分に気づいて、慌てた。
「ハナヤさん? ジェシカ?」
町の中央広場にある移動遊園地で、わたあめを食べていた僕とジェシカさんが声のほうにふりかえると、青いコートの集団がいた。
「コナさん!?」
「ふう~ん。なるほど、なるほど。いやあ、そうなりましたか。」
「か、勝手に納得しないでください! これはちがうんです!」
ジェシカさんのお姉さんで自警団支部長のコナさんは、終始ニヤニヤしながら僕にチラシを渡してきた。
「これをどうぞ。ジェシカ! ハナヤさんをあまり困らせてはいけませんよ。」
ジェシカさんはコナさんに舌を出してそっぽを向いてしまった。自警団員たちがいなくなると、ジェシカさんは話をむし返してきた。
「のう店主殿。キリニワカリンとは誰だ? やはり気になって仕方がないのだが。」
「き、気にしないでいいですよ。」
「ひょっとして、店主殿の誓いの相手なのか?」
僕はドキリとして、わたあめを落としそうになった。そこに、ユリさんが戻ってきて僕はホッとした。
「すみません、お手洗いがこんでいました。どうかされましたか?」
話題を変えたくて、僕は手元のチラシを読むフリをした。
『怪盗ノーラにご用心! 盗難被害拡大中! 目撃された方はもよりの自警団支部に通報を!』
「特徴、猫のような身のこなし、猫の仮面、全身黒の衣装…。」
ユリさんもチラシを読んで、ただでさえ大きな目を見ひらいた。
「怪盗ノーラをつかまえたら、賞金に両手いっぱいの金貨がもらえるんですって! ユリたちでつかまえましょうよ!」
「私は興味ないな。」
ジェシカさんが無関心そうに残りのわたあめをたべていると、あたりが急にさわがしくなった。
『33番街区に怪盗ノーラがでたらしいぞ!』
『自警団を呼べー!!』
33番街区は僕のお花屋さんがある区域だった。
僕はイヤな予感がした。
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