第10話 彼女の嘘と僕の嘘
「もう、ユリは待ちくたびれました。」
ようやく釈放された僕とジェシカさんが荷車で配達先にたどり着くと、ユリさんがプンプン怒りながら待っていた。
「ごめんね、遅くなって。花き商会長さん、怒ってなかった?」
僕はビクビクしながらユリさんに確かめたけど、彼女は自信たっぷりに首を振った。
不思議なことに、開店祝いの飾り花は既に2つ設置されていた。
「いつまでたっても来ないから何かあったんだと思って、ユリが別の花屋さんで買ったの。」
「ありがとう…。」
(かわいいだけじゃなくって機転もきくんだ。)
僕が感心していると、来る途中ずっと黙りこんでいたジェシカさんがユリさんに近づいた。
「自警団に捕まらなければ、私が先に着いていた。だから私の勝ちだ。」
「もしもし? このエルフさんはなにを言ってるの? 誰がどう見てもユリの圧勝ですけど。」
ユリさんは勝ち誇るかのように胸をはり、ジェシカさんが口をひらく前にたたみかけた。
「どっちにしたってユリの勝ちだったよ。ユリは近道を知っていたから。」
(しかも、頭もいいんだ…。)
僕はまた感心したけど、ジェシカさんはまったく納得しなくてユリさんに反論し、たちまち口げんかがはじまった。
聞くに堪えないふたりの罵詈雑言の応酬から逃れたくて、僕が耳を塞いでいると中から商会長さんが出てきた。
「やあ、ハナヤくん。その3つ目はサービスかな、ありがたいの。」
「あ、はい…。」
僕は半笑いでごまかしたけど、商会長さんは上機嫌だった。
「それにしても見事な飾り花じゃなあ。惜しいのはワシが渡したメモをおまえさんは無くしたらしいの。昨夜おそくに店員さんが配達先の住所を聞きにきたぞ。今後は気をつけてな。」
「え?」
僕は耳を疑い、もっと詳しく聞こうとしたけど、ジェシカさんとユリさんのケンカがますますひどくなってきたので場所を変えることにした。
僕の花屋の事務室は重苦しい雰囲気で、誰も飲まないお茶が冷めていくばかりだった。
僕は勝負のことよりも、別のことを考えていた。
(コナさんが言ったこと、本当なのかな? そんなこと、あるわけがない。きっとジェシカさんは僕をからかっているだけなんだ。それに、僕はこの世界では絶対に…。)
「店長さん? ユリの話を聞いてますか? さっきからボーっとされてますけど。」
「あ、ごめんね。」
僕は現実にひき戻された。
ジェシカさんもユリさんも自分の勝ちだと主張して譲らず、議論はかみあわずにずっと平行線だった。
(いや、どう考えてもユリさんの勝ちだ。でも…。)
僕は心の中でつぶやいたけど、ジェシカさんの声にビクッと反応してしまった。
「最終的には店主殿に決めて頂こう。店主殿はどちらの勝ちだと思うのか?」
「そりゃユ…」
言いかけて、ジェシカさんが僕の方をニヤニヤしながら見ていることに気づいて、僕は取調室での会話を思い出して黙りこんでしまった。
僕は狭い取調室で、やっと泣き止んで赤い目をしたジェシカさんとふたりきりになっていた。コナさんから聞かされた話が衝撃的すぎて、僕はずっとだんまりのままだったけど、ジェシカさんの方から話しかけてきた。
「店主殿は、私を追い出すのか?」
「あたりまえですよ。ジェシカさんは僕にひどい嘘をついていたんですから。」
僕はひどく腹がたっていて、彼女をつきはなすような態度をとった。でも、なにがどうしてそこまで腹だたしいのか、自分でもよくわからなかった。
「その点は謝罪する。謝罪するから、店主殿の店にいてはダメか。」
「ダメです。もう出ていってください。」
「これだけ頼んでも無理か?」
ジェシカさんは潤んだ目をして手を僕の手に重ね、冷たい指先が僕の指にからんできた。
「私は森には帰れないし、帰らない。一族に必要とされていないからだ。あんな所には戻りたくない。私には店主殿の所しか居場所がないのだ。なぜか私には、店主殿にはわかってもらえそうな気がするのだが。」
(葵、お前など必要ないんだ!)
(あなたの居場所なんか、ここにはないのよ、葵。)
頭の中に声が響いて、僕は胸がしめつけられるようない痛みを感じて前かがみになった。ジェシカさんはびっくりした顔で僕に駆けよろうとしたけど、僕は首を振って彼女を押しとどめた。
「店主殿。どうすれば店主殿は私をゆるしてくれるのだ? 言ってくれ。」
「僕ののぞみは、ジェシカさんが出ていくことです。」
僕はジェシカさんがまた泣き出すんじゃないかって思ったけど、下がっていた彼女の耳がピンと立った。
「そこまで言うなら私も言おう。店主殿だって、嘘をついているではないか。」
「え? 嘘って…?」
僕は心臓がドキリとして、背中からイヤな汗が出るのを感じた。
「店主殿が私に隠していることだ。私が気づかないとでも思ったか?」
「い、いったいなんのこと?」
「ごまかしてもムダだ。店主殿はご存知か? 我々エルフは森と共に生きる者。子どもでも動植物については人間の学者なみの知識を持っておる。ましてや私は、だ。」
「な、なにを言いたいの、ジェシカさんは? さっぱりわからないよ。」
僕は胸の鼓動が激しくなってきて、必死で平静を装った。ジェシカさんは僕に顔を近づけてきた。
「店主殿が飾り花に使っていた花は、私でも知らない種類のものばかりだった。いったいどこで手に入れたのだ?」
「そ、それは…。契約している花農家さんからですよ。品種改良してもらっているんです。」
僕はますます焦って視線を逸らせようとしたけど、ジェシカさんは吐息を感じるくらいに顔を寄せてきた。
「店主殿は私の嘘をせめるくせに、嘘に嘘をかさねるのか?」
僕はジェシカさんの目を見ていられなくなり、うつむいてしまった。
「大丈夫だ。私は誰にも言わぬ。店主殿の部屋のクローゼットの事もな。」
「ジェシカさん! まさか勝手に見たの!?」
僕は怒って、ジェシカさんにつかみかかろうとした結果、いとも簡単に腕をねじ上げられてしまった。
「あいたたたた…。いたい! いたいよ、ジェシカさん! 離してってば!」
「悪いが私も必死でな。私を追い出さないならば黙っておく。はやく決めよ。言っておくが、このまま店主殿の腕をへし折るのはたやすいぞ。」
僕はあまりの痛さに悲鳴も出せず、どうやってここを切り抜けるかを必死で考え続けた。
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