第9話 ジェシカさんの真実(その2)


 隣の部屋から話し声が聞こえてきた。


 最初は諭すような声がしばらく続いたあと、すぐにそれは激しく言い争う声に変わった。

 聞いたこともない言語でのやりとりで、内容はさっぱりわからなかったけど、どうやらお互いに罵倒しあっていることだけは確かだった。



 ここは自警団の支部(警察署みたいなもの)だった。僕たちは最初、檻のある部屋に入れられてから別の部屋(おそらく取調室)に移されて、しばらくするとジェシカさんだけが連れていかれた。



 僕は椅子とテーブルだけがある小さな部屋で、出されたぬるい水をちびちび飲みながらおとなしく待っていた。


(僕がジェシカさんとユリさんに勝負なんかさせたから、こんな大変なことになっちゃったんだ。)


 僕はジェシカさんの事情を聞いて力になりたいと思ったのだけど、かえって彼女に迷惑をかけてしまったのかもしれなかった。


(しかも、探していたお姉さんといきなり再会するなんて…。)


 そこでふと、僕はきづいてしまった。これでジェシカさんがこの町に滞在する理由はなくなってしまったのだ。目的を果たした彼女は遥か遠いエルフの森に帰り、おそらくもう2度と僕と会うことはないだろう。


 そう思うと、ホッとするどころか少しさみしいと思っている自分に僕は驚いてしまった。

 とにかく今はもう、配達勝負の事はどうでもよくって、ただただジェシカさんの事が心配だった。




 しばらくすると言い争う声がやみ、乱暴に扉が開くとジェシカさんがお姉さんに背中を押されながら一緒に部屋に入ってきた。


「ジェシカさん!」


 僕は立ち上がってジェシカさんに声をかけたけど、彼女はプイと顔を背けてしまった。するとお姉さんがいきなり、ジェシカさんの頭をつかんでテーブルに押しつけた。


「この愚かものが! ハナヤさんに謝るんだ!」


 すごい音がして痛そうだなあと思って、僕の中ではジェシカさんへの同情心とお姉さんへの反発心がふくらんできた。

 顔をあげたジェシカさんはふくれっ面をしていて、泣いたのか目が赤くなっていた。


「謝る必要はないです。それよりも、いくら自警団でもひどいと思います。なぜ僕たちを捕まえたんですか?」


「速度違反と危険走行ですよ。住民から通報があったのです。あ、自分はコナと申します。ここの支部長です。」


 ジェシカさんにそっくりの金色の目を光らせながらコナさんは答えた。


「駆けつけたら荷台であなたが襲われていて、やむをえず攻撃したのです。まさか犯人が自分の妹だったなんて、本当に驚きました。」


「そうでしたか…。ごめんなさい。だけど、ジェシカさんは悪くないんです。」


 完全に非はこちらにあったので、僕は素直に謝った。それに、ジェシカさんに聞いていた印象と違って、コナさんは悪い人(エルフ)にはどうしても見えなかった。


「ジェシカさんは、家出されたコナさんを探しにたったひとりでこの町まで長い旅をしてきたんです。わかってあげて下さい。それに、僕も悪かったですけど、コナさんにだって少しは責任が…」

 


 僕は話すのに夢中になっていて、ジェシカさんが僕に向かってかなり焦った様子で口に指を当てているのに気づくのが遅れてしまった。



「自分が家出? だいたい、さっきからジェシカさんとは誰のことですか?」


「あなたの妹さんですよ!? コナさんは人間との交際を反対されて、森に放火して家を出たって…」


 僕が言い終わらないうちに、コナさんはジェシカさんの胸ぐらをつかんだ。


「おまえ、そんな偽名やデタラメまで言ってハナヤさんを巻き込んだのか!?」


 ジェシカさんはふてくされた顔でまたそっぽを向いてしまった。僕はコナさんがジェシカさんを叩こうとしたので彼女の腕にしがみついた。


「ぼ、暴力はやめてください! いったい、どういうことですか?」


「自分は家出なんかしていません。それに、森を燃やしたのは自分ではなくてこいつです。」


「えええっ!?」


 

 僕はコナさんの手を放し、椅子に座り直した。壁の方を向いてしまったジェシカさんの隣で、コナさんが語ったことは…。


 

 コナさんは、森の長である家庭での不自由ない贅沢なくらしに嫌気がさして、大陸中を見てまわりたいと両親に願いでたそうだった。そして旅をゆるされてこの町にたどり着き、自警団の支部長(つまり署長みたいな立場)にまで出世したという。


 一方のジェシカさんは…。


「こいつは子どもの頃からおこないが悪くて、両親も手を焼いていたのです。喧嘩や盗みは日常茶飯事ですし、森の動物たちとつるんで近隣の人間の畑を荒らしまわるわ、炎魔法の練習と称して森を大火事にするわ…。」


「旅に出たっていうのは?」


「それも嘘です。こいつは日頃のわるさが積み重なり、ついには森から追い出されたそうなのです。」


 僕はもう驚いてばかりで、椅子から腰を浮かせた。


「じ、じゃあコナさんを探していた理由っていうのは?」


「追放される時に、親の情で砂金を持たされていたのを使い果たしてしまったそうで、自分にお金をせびりに来たみたいです。」


「もうやめて! アオイさんにそんな話を聞かせないで!」


 突然、ジェシカさんが大声で叫び、テーブルに突っ伏して大泣きをし始めた。


「姉さまは昔からいっつもそうだ! 自分ばっかりいい子づらして、私はずっと比べられてきたんだ!」


 どう見ても僕にはウソ泣きには見えなかったけど、しばらくしてからコナさんは深いため息をついた。


「まあとにかく、今回は厳重注意で釈放します。今後どうするかは、おふたりでよく話し合ってください。」


「え? 僕が? コナさんは?」


「いっさい知りません。もう妹だとは思っていません。」


 事実上の縁切りをジェシカさん(偽名)に宣告してから、コナさんは部屋から出ていきかけて戸口で僕を手招きした。


「まだなにか…。」


 げっそりした僕に、コナさんが聞きとれないくらいな声でささやいてきた。


(妹にお灸をすえる為にああは言いましたが、本当に申し訳ありませんが、妹をしばらくハナヤさんの所に置いてやってくれませんか?) 


(イヤです。)


 即答した僕に、コナさんがとりすがってきた。


(森に手紙を書いて、妹の追放を取り消させて帰しますから。どうかそれまでの間だけでもお願いです。それに…。)


 コナさんは言うべきか言うまいか、かなり悩むそぶりを見せた。


(まだ他になにかあるんですか?)


 僕は早く帰りたい一心で話をうながしたけど、すぐに青ざめることになった。


(妹は…どうやらハナヤさんの事が…本気みたいなのです。)

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