第8話 予期せぬ再会


「はじめてください!」


 僕の号令と共に、ユリさんはものすごい勢いで荷車をひいて走り出した。

 一方のジェシカさんは、なにやらブツブツと唱えているばかりだった。


「ジェシカさん、大丈夫? ユリさんはかなり鍛えているみたいですけど。」


 カモシカのような走りのユリさんに僕は驚いて、ジェシカさんの心配をした。


「案ずるな。猪突猛進のあさはかな奴め。見ておれ。」


 ジェシカさんが手を動かすと、空中に四角い透明の、地図のようなものが現れた。


『目的地を選択してください。』


 機械的な声がして、ジェシカさんが地図上の一点を指すとガタガタと荷車が勝手に動き始めた。ジェシカさんは俊敏に荷台に飛び乗った。


「店主殿も乗れ!」


 仕方がないので僕も荷台にのると、ぐんぐんと荷車の速度が増していった。


『しばらくまっすぐ進みます。三つ目の四つ辻を右に曲がります。』


「うむ。」


「これはジェシカさんの魔法なんですか!?」


「そうだ。自動誘導魔法だ。あとは乗っているだけで勝利は私のものだ。ははははは!」


 ジェシカさんは荷台に仁王立ちになり、腰に手を当てて高笑いをし始めた。みるみるうちに僕たちの乗った荷車はユリさんに追いついた。



「ユリ殿。お先に失礼するぞ。」


「あーっ!? 魔法は反則じゃないですか! 店長さんまで! ずるーい!」


「ごめんね、ユリさん…。」


 僕は荷台の上からユリさんに謝った。それでもユリさんの脚力は驚異的で、僕たちは並走するかたちになった。


「ユリは負けられないんです! パパは出て行ってママは病弱。ユリが弟妹たちの食いぶちを稼がなきゃならないんです!」


 僕はユリさんの事情も聞いておくべきだったと後悔した。その間にも、ユリさんの荷車の速度は驚異的に増し、さすがのジェシカさんもすこし焦り始めたようだった。


「ユリ殿。そなたなら他にも仕事はあるだろう。花屋はあきらめてはどうだ。」


「ダメです! ユリはお仕事がかけもちだから、楽そうな勤務、ゆるそうな上司、そこそこ貰えそうな給料、な仕事が必要なんです!」


「そ、それって僕の店のこと?」


 僕のユリさんに対するイメージが崩れそうになったけど、それでも僕は走るユリさんの姿から目が離せなくて自己嫌悪に陥った。


「ユリ殿! 店主殿がまた、そなたのゆれる胸を見ておるぞ!」


「やだ! 見ないで!」


 彼女がひるんだ隙に、ジェシカさんの荷車はいっきにユリさんを追い越した。


「ひきょうなエルフさん! 覚えてなさい!」


 ユリさんは叫ぶと、なぜか急旋回して別の路地にはいり、あっという間に見えなくなった。


「ふふふ。私の勝ちは決まったな。」


 ジェシカさんは不敵に笑ったけど、僕はユリさんが消えていった方角を見て、思いついた事をジェシカさんに伝えるべきかどうか迷って油断していた。


「なので、ここで願いを言おう。店主殿、私と正式につがいになってほしい。」


「はあ!? ま、待ってください! まだ勝敗も決まっていないのにそんなことを?」


「なんなら今、ここで結ばれても良いぞ。」


「や、やめてください!」


 ジェシカさんは有無を言わさずに僕を荷台に押し倒して、覆いかぶさってきた。僕は盛大に悲鳴をあげた。


「だ、誰か助けて!」


「あきらめよ。助けなど来ぬわ。」


「それ、だいたいは悪役の台詞ですよね!?」



 ところが、奇跡的に助けはやってきた。僕の衣服をはぎ取ろうとしていたジェシカさんをめがけて、何かが凄まじい速さで飛んできたのだ。


 ジェシカさんは舌打ちをして剣を抜き、飛来物をなぎはらった。僕の足元にささったのは大きな矢だった。


「ひえぇ。」


「なにやつ! 敵襲か!?」


 僕は激昂しているジェシカさんの背後に、頭を抱えながら情けなく隠れた。また何かが飛んできたけど、それはよく見ると人影だった。


 剣と剣が交錯して、激しい金属音と火花が同時に発生した。荷車に飛び乗ってきた人影とジェシカさんの激しい剣戟は、僕の目の前で派手にくり広げられた。


 僕はふたりの流れるような動きの戦いを頭を抱えながら見ているしかなかったけど、あまりの華麗さに目が釘付けになった。

 更によく見ると、ジェシカさんが剣をふるっている相手は青い色が基調のコートを着ていた。


「ジェシカさん! それ以上戦っちゃダメだ!」


「何をいうか店主殿! こやつ、大事なところを邪魔しおって、八つ裂きにしてくれるわ!」


 頭に血がのぼったジェシカさんには僕の声は届かないみたいだったので、僕はジェシカさんの腰にしがみついた。


「だめだ、店主殿。さっきの続きはこやつを成敗してからだ。」


「ちがうよ! ジェシカさん、この人は自警団の人だよ! はやく剣をおさめて!」


「ジケイダン…?」


 ジェシカさんは不思議そうな顔をして首をかしげた。そして、戦っていた相手をよくよく観察したようだった。


 そして信じられないことが起こった。ジェシカさんの顔がこわばり、激しく動揺し始めたのだ。いつもは自信たっぷりなのに、そんな様子の彼女は今まで全く見たことがなかった。


「まさか…姉さま? 姉さまなのか?」


「え? いきなり見つけちゃったんだ?」

 

 僕が驚いたことに、自警団の団員さんもエルフだった。ジェシカさんと同じくらいの背格好で、同じく長い金髪が陽を受けて輝いていた。

 そのエルフが剣を鞘に収めると同時に、ジェシカさんは剣を落としてしまった。


「姉さま!」


 また信じられないことが起こった。ジェシカさんはお姉さんに抱きつこうとしたけど、お姉さんはジェシカさんを思いきり殴り倒したのだ。

 不意打ちを受けたジェシカさんは、完全に荷台の上でのびてしまった。


「あわわわわ…。ジェシカさん、大丈夫?」


「さて、おふたりとも、署まで来ていただきましょうか。」


 僕が動かないジェシカさんを揺さぶっていると、彼女のお姉さんは僕たちに向かって冷たく宣告したのだった。

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