第7話 ジェシカさんの真実


「それでは、位置について! 用意!」



 次の日の朝。



 僕の声に、通りを歩く町の人たちの中には何ごとかと見物する者もいた。僕の店の真ん前に2台の荷車があり、それぞれの荷台にはひとつずつ商品の飾り花が固定されていた。

 そして1台はジェシカさんが、もう1台はユリさんが引き手だった。



 飾り花は僕が昨晩、徹夜して作った商品だった。

 僕が取り寄せた様々な珍しい花を使った飾り花は、我ながら上出来だった。


 その昨晩のこと。


 僕が作業台で仕上げに「祝・開店」の文字入れをしていると、不意に僕の視界が手のひらで塞がれた。


「誰か言ってみよ。」


「ジェシカさんですよね?」


「よくわかったな。」


 ジェシカさんはニコニコしながら僕の間近に立っていた。相変わらずいい香りがして、着ている夜着は何ヶ所もきわどい場所がシースルーになっていて、僕は自分で自分に暗示をかけた。


(見ちゃダメだ、見ちゃダメだ、見ちゃダメだ…)


「そりゃわかりますよ。」


「店主殿、お疲れだろう。お茶をいれたぞ。」


「え…?」


 ジェシカさんは飾り花を見て一瞬、怪訝な顔をしたけど、すぐにまた微笑みながら何か不思議なにおいのする飲み物を僕に差し出してきた。僕は彼女の魂胆がみえみえなので、先回りすることにした。


「さっき、勝負の後に話すってキレて帰りませんでしたか?」


「冷静になって気が変わったのだ。」


「配達先の住所は明日発表ですから。」


「まあ店主殿、まずはこの茶を…。」


 僕はお茶のカップをジェシカさんに押し戻した。


「もしかして自白魔法入りのお茶じゃないでしょうね?」


「まさか! 人聞きの悪いことを申すな!」


「じゃ、ジェシカさんが飲んでみてくださいよ。」


 ジェシカさんはお茶を排水口に流すと、僕の膝の上に飛び乗って密着してきた。


「だから、こういうのはやめてくださいってば。仕事中なんです。」


「では、仕事中でなければよいのか?」


「何をしてもムダです。配達先の住所は教えません。自分たちで決めたルールでしょう。」



 明日のジェシカさんとユリさんの配達勝負では、公平を期すために配達先の住所は出発直前に発表することになっていたのだった。

 また、魔法の使用も禁止するルールだった。



「店主殿、冷静に考えてくれ。私はこの町に着いたばかりで土地勘が全くない。不公平ではないか。」


「なんと言ってもダメです。」


「店主殿はそうまでして私を解雇したいのか?」


 大きな金色の宝石みたいな目を潤ませて、ジェシカさんは僕の手を握りしめてきた。


「そうじゃないけど…。」


「店主殿はユリ殿の胸のふたつの脂肪に目がくらみ、本当に大切なものを見失おうとしているのだ。」


「ジェシカさんこそ、どうしてそんなにこの仕事に執着するんですか?」


 彼女の指摘に僕はうしろめたくなり、逆に相手に攻め込んだ。


「仕方ないな。店主殿には話しておこう。私が旅に出た理由と探している者を。」


「手短かにお願いします。」


「黙って聞け。私が探しているのは、私の実の姉だ。」


「お姉さんを!?」



 ジェシカさんが語った話は、そこそこ驚く内容だった。ジェシカさんの家はなんと、大陸のはるか遠くにあるエルフの森の長らしい。ところが、彼女の姉は若い頃から素行が悪く、ついには人間の恋人を作って森を出て行ってしまったという。



「人間とエルフが!? それって大丈夫なんですか?」


「別に禁忌ではない。ただ、一族の理解を得るのは難しいかもしれぬ。当然、姉も反対されて、あろうことか腹いせに森に火を放って家出をしたのだ。」


「なんてひどいことを…。」



 そして年月が流れ、ジェシカさんの両親は年老いて、エルフの森の長である地位を引き継ぐ必要に迫られたそうだ。



「当然、幼き頃より成績優秀、容姿端麗、素行優良、風光明媚な妹である私に白羽の矢が立ったのだ。」


「なんだか関係ない四字熟語が混ざってないですか?」



 だがジェシカさんは、森の長の地位は姉か、もしくはひょっとしたら誕生しているかもしれない姉の子どもが引き継ぐべきだと主張した。そして、自ら姉を探す旅に出ることを申し出たというのだ。



「だから、私にはどうしてもこの町に滞在する必要がある。滞在するには人間のお金とやらが必要だ。そのためには仕事が必要だ。わかってくれるか?」


「どうして話してくれなかったのですか?」


「身内の恥の話だからな。それに、そんなことで店主殿の同情をひきたくはなかったのだ。」



 僕はジェシカさんの意外な告白に驚いて考え込んでしまった。そんなに重たい任務を背負った彼女に、僕はなんて冷たかったのだろうと自らを恥じた。



「わかりました。でも、やっぱり住所は教えられません。代わりに、魔法の使用を許可します。それでどうでしょう。」


 ジェシカさんは僕に強く抱きついて喜びを表現した。僕は全身が熱くなってクラクラしたけど、なんとか自分を落ち着かせた。


「それでは失礼する。店主殿もあまり無理せぬようにな。」


「ありがとう。これが終わったら僕も休みます。おやすみなさい。」



 去ろうとしたジェシカさんの後姿を見ていて、僕は気になったことを思い出した。


「あ、ジェシカさん。そういえば、もしも勝負に勝ったらユリさんにどんな命令をして、僕にどんなお願いをするつもりなんですか?」


「あの無礼な人間の女には、相応の報いを受けさせてやろう。店主殿には…楽しみにしておけ。」


 ふりかえったジェシカさんは口の端をあげてニヤリとしながら言い放った。

 それを見て僕は、さっきの決断が正しかったのか瞬く間に自信を失ってしまった。

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