第6話 配達で勝負!

「はやくお湯が出るようにしたいなあ…。」


 夕食後、自分の部屋で冷たいシャワーを浴びながら、僕はもっともっと自分の花屋を大きくする事を考えていた。そのために、共に歩んでいける人は…。

 

 僕の脳裏にユリさんが現れて、思わず頬がゆるんでしまった。


(彼女を助手にして…2号店の店長にして…その先は…。)


 僕の妄想は、乱暴に浴室の扉を叩く音で唐突に遮られた。


「店主殿! 大事な話がある。入ってよいか?」


「い、いいわけないでしょう!? 僕の部屋に勝手に入らないでください!」


「どうせくだらない妄想に浸っていたのであろう。はやく開けよ。」


 扉の向こうからの淡々としたジェシカさんの声には、全くひるむ気配はなかった。


「鍵を変えたのに。」


「私に鍵など無意味だと申したであろう。ではここで話すぞ。」


「夕食ならもう食べたでしょう。」


「私を食欲のかたまりみたいに申すな。違う、明日の勝負の事だ。」


「不正はしませんよ。」


「まだ何も申してはおらぬでないか。」


 ジェシカさんがちいさく舌打ちする音が聞こえてきて、僕は決意を固くした。


「勝負に勝てばいいだけでしょう? まさか、自信がないのですか?」


「まさか! あんな胸だけが異様に大きな人間の女に、この私が負けることなど全くありえない。」


「じゃあなんなんですか?」


 僕ははやくシャワーから出たくて話を打ち切りたかったけど、ジェシカさんは食い下がった。


「だから、その…私が言いたいのはつまり…そもそもこんな無意味な勝負を許可した店主殿の気持ちというか…。」


「はやく言ってくださいよ。」


「もういい! 明日、私が勝負に勝った後に改めてじっくりと話しあおう。」


 ジェシカさんが階段をドスドスあがる音が小さくなるまで待ってから、僕は浴室から出た。

 明日のことを考えると、僕はキリキリと頭痛がした。



 その勝負のことなんだけど、説明しておくと…。



 にらみ合うジェシカさんとユリさんを、僕が何とかしてなだめようとしている時だった。


「いやあ、ハナヤくん。朝から店の前を掃除するとはその若さでえらいねえ。」


「花き(かき)商会長さん!?」


 年配で恰幅のいい人物が僕たちに近づいてきた。ここでまた説明だけど、この町では扱う商材ごとに「商会」が形成されていて、商店は商会に属している。

 小麦やとうもろこし等の穀類は穀物商会、日用品は雑貨商会、といった感じだった。

 

 鑑賞や贈答用の草花をあつかうのは「花き商会」で、このおじさんはそのトップだから僕は絶対に嫌われてはならない相手だった。



「ありがとうございます! ところで何かございましたか?」


「うんうん、実はな。」


 花き商会長さんは、僕の背後で今にも殴り合いをはじめそうな雰囲気でにらみあっているジェシカさんとユリさんを不思議そうにチラリと見てから話し始めた。


「ずっと家に引きこもっておったワシの息子がな、急に自分の店を持ちたいと言い出しての! 親としては嬉しい限りじゃわい。」


 商会長さんはホッホッホッと笑ったけど、僕は気が気ではなかった。


「それは…お花屋さんですか?」


「いや、違うんじゃよ。ようわからん商売なんじゃが、まあ本人はえらくやる気になっとるしええかと思うての。」


「そうでしたか。おめでとうございます。」


 商売敵が増えずにホッとした僕に、商会長さんはズシリと重たい革袋を手渡した。


「そこでじゃ。開店祝いの飾り花をふたつ、お前さんに頼みたいのじゃ。明日、この場所に配達してくれんかの。それは代金じゃ。」


 商会長さんは僕に住所が書かれたメモも渡すと、上機嫌で去っていった。僕が革袋の中身を確認すると、金貨や銀貨が何十枚も入っていた。


 いつの間にやら、僕の両側からふたりが革袋をジーッとのぞきこんでいた。

 

「それが人間族の大好きな貨幣というものか。どれ。」


「わあ、ユリはこんなにたくさんの金貨、はじめて見ました! さわっていい?」


 伸びてくる2本の手から僕は革袋を死守した。


「ダメです。これで生花を仕入れないといけませんから。」


 残念そうなユリさんだったけど、急に何かを思いついたように大声をだした。


「そうだわ! これで勝負よ!」


「勝負って、なんの?」


「配達よ、配達。注文はふたつの飾り花だから、ユリとエルフさんでひとつずつを担当して、早く配達できた方が勝ち! それでどう?」


 いつの間にくすねたのか、指先で1枚の金貨を転がしていたジェシカさんはそれをユリさんのおでこに向かってはじいた。


「いたッ! なにをするの!?」


「先ほどから勝負、勝負と勝手なことを申すな。既に店員は私に決まったと言うたであろう。そなたは耳ざわりな上に目ざわりだ。さっさと消えうせよ。」


「エルフさんこそ勝手じゃない。普通、雇用には試用期間があるはずよ。ユリとエルフさん、どちらが有能かで決めればいいじゃない?」


「そ、それは…そうかもしれないけど…。」


「店長さんが決めてください! 勝負を許可しますか? それとも、このエルフさんの脅迫に屈するのですか?」


 ユリさんは僕への無茶ぶりで熱弁を締めくくった。


「店主殿。この人間の女に、そのような茶番は無用だと言ってくれぬか。」


 僕は決断を求めてくる二つの視線にタジタジになった。

 結局、追いつめられた僕はなげやりな声で返事をした。


「わかったよ。勝負すれば?」



 ユリさんは大喜びしてぴょんぴょんととびはねた。僕はおそるおそるジェシカさんの表情をうかがった。

 ジェシカさんは意外にも、怒っているというよりも悲しげな雰囲気だった。


 僕はジェシカさんを傷つけてしまったんじゃないだろうかと反省して、うなだれてしまった。そのジェシカさんが重々しく口を開いた。


「ただ店員の座だけでは面白くない。どうだろう? 勝った者は負けた者にひとつ、どんな事でも命令できるというのは。」


「おもしろいですね。ユリはかまわないですよ。」


「それと、勝った者はさらに、店主殿になんでもひとつだけ願いを聞いてもらえるようにしよう。どうだ?」


「わかったわ。」



(ジェシカさんは、自分が絶対にこの勝負に勝てると思ってあんなことを言ってるんだ!?)


 僕は反省を撤回して、ふたりの勝負を許可した事を早くも後悔し始めていた。

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