第5話 天敵あらわる?

 僕がもう何度目かのため息をつきながら通りの掃除をしていると、誰かが僕に声をかけてきた。


「あの、こちらのお店の店長さまでしょうか?」


「はい?」


 ふりかえった僕は、今度はほうきを落としそうになった。というか、落とした。

 そこには、僕と同い年くらいに見える女性が立っていた。

 彼女は、きれいに洗ってはありそうだけどあちこちつぎはぎだらけの服の上に染みだらけのエプロンを身につけていた。


 でも、そんなことは関係なかった。


 なぜなら、彼女の可愛さがそれを完全に帳消しにしていたからだった。長いまつ毛に潤んだ栗色の瞳と同じ色の髪、全てが完璧だった。それに、なんというかか彼女は…その…つまり…。


 僕の視線を勘違いしたのか、彼女は恥ずかしそうに身をよじった。


「すみません、こんなみすぼらしいなりで…。ユリがオシャレな花屋さんで働くなんて無理ですよね。失礼いたしました。」


 おそらくユリという名前のその子にお洒落な花屋さんなんて言われて僕は舞いあがったけど、彼女はぺこりと頭を下げると、まわれ右して行ってしまおうとした。


(き、君が昨日来てくれていたら…。)


 僕は猛烈に慌てて、ユリさんをひきとめようとした。



「その通り。無理だ。」


 非情な声がして、僕が恐る恐る目を向けると、勝手に店の名前入りのつなぎを着たジェシカさんがじょうろを片手に立っていた。

 胸の名札にはへたくそな文字(もちろん異世界の)で「じぇしか」と書いてあった。


 帰りかけていたユリさんは、意外にも負けん気が強そうな目でまっすぐにジェシカさんをにらみ返した。


「これは面接でしょうか。」


「そうだ。そなたのようなみにくく肥え太った者にここでの労働は無理だ。そもそも、この店の店員は既に私に決まっておる。さっさと帰れ。」


 僕はふたりの間でオロオロしながら双方の様子を見比べた。ユリさんはススッと僕に近づくと、ヒソヒソ耳うちをしてきた。


「あのエルフさんを本当に雇っちゃったんですか?」


「一生の不覚です。」


「ユリ、本物のエルフさんってはじめて見ました! もしかして、脅迫されているのですか? 自警団を呼びましょうか?」



 説明が遅れたけど、この港町は大陸一の国際交易港湾商業都市で自治都市だから、王国とは友好関係だけど騎士団も護民兵も駐屯していなかった。町を守っているのは商会連合が設立した自警団だった。まあ警察のようなものだと言っていいと思う。



「いえ、それはかえって事態を悪化させるかもしれないです。」


「じゃ、ユリに任せて。」


 ユリさんは自信たっぷりにジェシカさんと再び対峙した。


「綺麗なエルフさん、はじめまして。あなたこそ、そんな今にも折れそうなぺったんこのお体では労働はご無理でしょう。その制服をユリにゆずって下さいな。」


 僕はしまった、と頭を抱えた。この子はどうやら見た目よりもずっと気が強いようだった。自警団を呼んだ方がマシだったかもしれない。

 当のジェシカさんは黙って聞いていたけど、ゆっくりと口を開いた。


「人間の女、おもてに出ろ。」


「いや、ジェシカさん、ここ、既に外なんですけど。」


「のぞむところよ。見て、ユリは家事で鍛えてるんだから!」


 ユリさんが腕をまくると白い二の腕があらわになった。本人が言うとおり無駄な肉なんかひとつもなくて、意外と筋肉質そうだった。ジェシカさんがぼうっとしている僕を指さした。


「ユリ殿とやら。気をつけよ。この店主殿は女人の体に異様な執着を見せおる。既に私も何度ものぞきの被害にあった。今も先ほどからそなたの胸や二の腕ばかりを見ておるぞ。」


「そ、そうなんですか!?」


 ユリさんは慌てて二の腕をしまいこみ、胸に手を当てて僕を不審者を見るような目で見て、不安そうにジェシカさんに寄り添った。


「安心せよ。店主殿は見るだけの臆病者だ。」


「エルフさん…。」


 ユリさんはなぜか顔を赤らめてジェシカさんの顔に見惚れている様子だった。僕は我にかえると、ジェシカさんの腕を思いきりひっぱって店の隅に寄った。


「なんだ。なにか問題か?」


「ああいうの、本当にやめてもらえますか? 本気にされるじゃないですか。」


「事実であろう。」


「わざとやってます?」


 僕はまっすぐにジェシカさんの目を見つめた。負けずに彼女も見返してきたけど、不意にプッと吹き出して目を逸らした。


「あ! 今、笑いました?」


「だって、店主殿、必死だからおかしくって。ぷふっ。」


「いいかげんにして下さい、解雇しますよ。」


 途端に、ジェシカさんの目は獲物を狙う鷲か鷹のようになった。


「おもしろい。できるものならやってみよ。私を解雇するならば、こんな人間の町など半日で花屋もろとも灰にしてやる。私にとっては造作もないことだ。」


 ジェシカさんがなにやら訳のわからない言葉を唱えだすと、空中にスイカくらいの大きさの火の玉が現れた。


「あちちっ! ジェシカさん、消してよ、はやく消してってば!」


「私を解雇するのか?」


「し、しないから!」


 大事な店を灰にされてはたまらないので僕は叫んだ。一瞬で火球は消え失せて、まわりの温度は正常に戻った。ジェシカさんはどうやら剣と弓矢だけじゃなくって、魔法もかなり使いこなせるようだった。


「町を灰にしたら人探しができないじゃないですか?」


「それはそれで別にかまわぬ。」



 めちゃくちゃな言いように、呆れかえった僕は心配になってユリさんの様子を確認した。


「あの…今、一瞬火の手があがりませんでした?」


「気のせいです!」


 ユリさんは怪訝そうな顔を可愛く傾げたけどそれ以上は追及してこず、いきなり右手を高くあげた。


「はーい! ユリから提案があります!」


「な、なんですか急に?」


「花屋さんの店員さんの座をかけて、勝負よ! エルフさん!」

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