第31話 子心②

「父様、顔が怖いです」

ヘリオスの言葉にティタンは眉間の皺を伸ばすように触れた。


「これではいかんな。ミューズに怒られる」

セレーネの婚約発表の場になるのだ。


ケチをつけるわけではないが、そう思わせるわけにもいかない。


「幼馴染とはいえ、セレーネがついに婚約者のエスコートを受けるとは。冷静にならないといけないのはわかっているが」

下手したら泣きそうだ。


なので表情を引き締めているのだが、どうしても眉間に皺が寄ってしまう。


「絶対に幸せになりますよ」

幼い頃からの二人を見てきたヘリオスはそう確信している。


小さいときはやや年上の姉がリードしていたが、いつの間にか力関係は逆転していた。


セレーネを窘めたり甘やかしたり、随分駆け引きが上手くなっていた。


「そう見込んで婚約を承諾したのだ。幸せじゃないなどと言ったら……叩っ切る」

小型のドラゴン程度なら両断できる腕前の父だ。


恐ろしい事にならない事を祈る。


「ねぇ父様。母様と結婚して幸せですか?」


「当然だ」

セレーネの社交界デビューを機に世間で流れていた自分達の昔の話を改めて二人には話した。


社交界に出れば、悪意により歪曲した話を耳にする機会が今後出てくる。


それならばしっかりと自分達で話をした方がいいだろうと思ったのだ。


「あのような事がなくても俺はミューズを選んだし、森で出会わなくてもきっと彼女を選んでいる。大好き過ぎる。もしも来世というものがあるならば、絶対にミューズと結婚したい。また選んでもらえるように努力する」


「そっか」

ヘリオスは父のそんな性格が羨ましい。


姉は直感で動きすぎると言うが、ヘリオスの目から見たティタンは自分の行動に揺るぎない自信を持ってるからこその行動だと感じていた。


ポジティブで失敗を恐れない、しかし時に勘が鋭く繊細な面もある。


そして命をかけてもいいくらいの愛する人がいる。


「俺も父様みたいになりたい」

背は伸びたが父のような体格には恵まれなかった


剣の腕は鍛えているが、まだまだ遠く及ばない。


いつか自分も大好きな人を守れるくらいに強くなりたいのだが。


「きっとなれる。俺の子なんだから」

頭をぽんぽんと撫でられた。


いつまでも変わらない子ども扱い。


だがヘリオスにとって、この安心感と包容力は嫌ではなかった。


「もうちょっと自信ついたらと思っていましたが、今相談してもいいですか?」


「何をだ?」


「実は好きな人がいるのです」


「何だと?!」

驚き半分、嬉しさ半分で思わず肩を掴んでしまった。


「どこの令嬢だ? 俺も知っている相手か?」


「まずは落ち着いてください。父様の声はとても響きますから」

鍛えている賜物だろうが、声量が大きすぎる。


「父様も知っている人です。相手は……」

こそっとその相手について伝えた。


ヘリオスに反抗期というものはあまりなかった。


この親はいつでも話を聞いてくれて安心感を与えてくれる。


だからきっと話しても笑ったりはしないと思った。


それに好き同士でも邪魔をするものがいるという話を聞いて、いてもたってもいられなくなったのもある。


伝えずに恋が終わってしまうのはとても悲しい。


ならば玉砕したとしても伝えて前向きに生きたいと考えたのだ。


「意外な相手だが、ヘリオスが望むなら婚約についての話をしてこようか?」


「是非お願いします。そうすれば彼女も俺の事を男として意識してくれると思うんです」

誰かに取られるよりは、家同士の繋がりで打診した方が周囲へのアピールとなる。


かけらでも可能性があれば好きになってもらえるように努力をするつもりだ。


振られたら辛くとも潔く応援する側に回ろう。


「男としての意識などとっくにされてると思うがな」

ヘリオスの自信のなさはミューズ譲りだなと思った。


ティタンやルド、そしてライカにも鍛えられており、同い年のものでヘリオスに勝てる者はあまりいない。


それでも剣の腕に自信が持てないそうだが、自分を過小評価し過ぎだ。


勉強の面でもミューズの方に似てくれて、卒なくこなせている。


性格も優しい。


「俺はいつでもお前の味方だ。何があっても一緒に乗り越えてやるからな」


「ありがとうございます」

力強い父の言葉にヘリオスは自分も頑張らないと気合を入れた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る