第32話 自分に素直に

大事に育ててきた子ども達は大きくなり、自分達の手を離れていった。


その成長を喜ばしく思う反面、寂しい思いもこみ上げる。


「もう私達が出来ることは少ないわね」

もちろん今でも大事に思っているが、その自分達よりも更に大切にしてくれる存在に出会えたのだ。


いい事のはずなのに。感情は落ち込んでしまう。


「そうだな。縁あって夫婦になったんだから、たくさん話し合って、お互い助け合っていくだろう。俺達がしてあげられることは本当に少ない」

寂しそうに笑うミューズを抱き寄せる。


「そうやって本当の夫婦、家族になるんだと思うぞ」


「そうね……」

寂しいけれど応援していかなければ。


子離れしなければと思うがポッカリと心に穴が開いたような気分だ。


「ミューズは寂しいんだろうが、俺は実は楽しみにしていた。二人になったらしたい事があったんだ」

意外な言葉に興味をそそられる。


「どのような事でしょう?」

あまり我慢することなく要望を聞いてきたと思うが、ここから更に二人でしたい事と言われても見当もつかない。


「若い頃は色々忙しくて君とデートらしいことも出来なかったが、その中で特に心残りなのが式を挙げなかった事だ。世界一綺麗な君の姿をぜひ見たくてな」

ずっと気にしていた。


本来なら白いドレスを着て皆に祝福されるイベントなのに、余計な横やりが入って行う事が出来なくなってしまった。


「この年でそんな事、恥ずかしいです」

歳を重ね、今更純白のドレスを着たいとは思わない。


そのような資格もないだろう。


「俺の夢なんだ。白いドレスを着た君と愛を誓う。恥ずかしい気持ちもわかるが、二人きりでならどうだろうか。それでも嫌か?」

優しい眼差しで見つめられた。


不安そうな表情で懇願されると、拒むこちらが悪いような気がしてしまう。


ティタンの熱い視線から逃れられず、ミューズはコクリと頷いてしまった。






数日後、二人は手と手を取り合った、その表情はとても穏やかだ。


白いドレスはウェスト部分で細く絞られており、腰から下はレースを重ね、ふわりとしたシルエットを描いていた。


スカート部のボリュームのあるデザインとなっているが、ウェストの切り替え位置を調節し、小柄なミューズでもドレスに負けないようになっている。


袖部分はレースとなっていて、肌の露出を極力減らし、大人っぽく上品に仕上げてもらっていた。


そうしてタキシード姿のティタンと手を繋ぎ歩くが、何となくしっくりこない。


「ティタン様」

ミューズは両手を伸ばし、ティタンの首に腕を回そうとする。


「うん、そうだよな」

ティタンはミューズを抱っこする。


身長差がある為、この方が距離を近くに感じられてしっくり来るのだ。


温もりと感触が心地よい。


「愛しています、初めて会ったあの時から。これからもずっとずっと一緒に居てください」


「俺も愛してる。いつまでも一緒だ。病める時も健やかなる時も、何があろうとも」

素直に自分の想いを伝えていく。


お互いに愛を誓い合い、口づけを交わしていった。







それをこっそりと見るのはセレーネ達だ。


「実の親ながら少し恥ずかしいわ」

でもいつまでも仲良しというのは安心するし、尊敬する。


セレーネは幾つになっても一途な二人に羨望を抱いていた。


「ミューズ様、おめでとうございます!」

小声で祝福し、チェルシーは涙を流しながらその様子を見守っていた。


ドレスの着付けを手伝った時も歓喜で手が震えたが、今は涙も止まらない。


「とても幸せそうで、本当に良かった」

ルドも目を潤ませ、主の様子を見ていた。


「くっ、何という時に居合わせられたんだ。生涯忘れられない」

ライカは何度も涙をハンカチで拭くが、足りないくらいだ。


「ようやく一区切りついたのです、安心したです」

マオはティタンがどれ程この時を待っていたか知っていたので、良かったとしか言えない。


気持ちの整理もこれでだいぶついただろう。


ティタンはとても清々しい顔をしていた。


「父様も母様も本当に幸せそうだ」

ヘリオスも眩しそうに両親を見る。


いくつになっても仲が良い、あんな夫婦になれるだろうか。


理想の夫婦像として、目に焼き付けていく。


「もう二人の時間は終わりでいいかな。そろそろ俺達もお祝いしてあげようじゃないか」

エリックもそわそわしていた。


「そうですね。わたくし達も早くお祝いをしたいですから」

レナンも早く祝福を伝えたくて仕方なかった。


サプライズを発案したのはセレーネ達だ。


こっそりと祝賀会の準備を行なって、この日を待ち望んでいた。


二人きりでひっそりと式を挙げるだなんて、皆の気が済まなかったのだ。


「俺がもっとうまく手を回していたら、違った過程を歩めたはずなのに」

気づくのに遅れた事をエリックも悔いてはいる。


そのお陰でレナンを王太子妃に押し上げる事は出来たが、それはまた別な話だ。


「ではお祝いをしましょ!!」

セレーネの言葉で、皆が二人のいる部屋に突撃した。


「「二人共おめでとう!」」

笑顔と、そして歓声が溢れた。


とうの二人は驚き、そしてミューズは羞恥で顔を隠す。


「皆いつからいたの?!」

自分達だけで、という約束だったのに。


「細かい事は気にしないの。私達もお祝いしたくてうずうずしてたんだから」

セレーネは悪びれもしていない。


「二人がいたから俺達もこうして幸せになることが出来たんだよ、本当にありがとう」

ヘリオスも感謝の言葉を述べる。


皆からの視線を感じ、恥ずかしいやら照れくさいやら。


「あの、ティタン様。おろして」

さすがに羞恥に耐えかねて頼むものの、ティタンはおろしてくれない。


「下ろす必要がない。このままでいいだろう」

ただ離れたくなくてそう言ったのだが、顔を赤らめて困ってしまうミューズにますます下ろす気が無くなってしまった。


いつまでも初々しく可愛らしい。


「別に構いはしないさ。その方が二人らしい」

エリックが苦笑しつつ、祝福してくれる。


「改めて二人の幸せを祈る。ずっと仲良くな」


「ありがとうございます」

兄の言葉に嬉しくなる。


いつも気を回し、手を回し、支えてきてくれた。


優しく、そして頼りになる兄だ。


「わたくしもいつまでも二人が幸せでいることを願っているわ」

そしてこそっとミューズに小声で囁く。


「それとね、なかなか言えなかったけど、エリック様と引き合わせてくれてありがとう」

悪戯っぽく笑い、離れる。


「お姉様……」

ミューズ達の件がなければきっと一緒になる事はなかった。


紆余曲折あったが、レナンもこうして愛する人と出会えたのは喜ばしい事である。


「何を伝えた?」


「秘密ですわ」

エリックがそう問うもレナンははぐらかす、本人に言う気はなさそうだ。


「悪い事ではないですよ、兄上」

心配そうな様子についティタンは口を出してしまう。


「そうか。ならば、まぁいい」

後でゆっくりと聞くだけだとぼそりと小声で呟いた。


今は二人のお祝いだ。






祝いの言葉と暖かな雰囲気に、ミューズは静かに泣き出した。


慌ててティタンはミューズを下ろし、涙を拭く。


「すまない、嫌だったか?」

ずっと抱えていたのが嫌だっただろうかとオロオロする。


「違います、嬉しくて……」

こんなに多くの人にこうして祝われる事が嬉しい。


「ありがとうございます。私幸せで、こんなに幸せで本当にいいのかなって、今でも信じられない」

皆に支えられたからこそ、この幸せがあるのだとわかっている。


家族達に、ティタンにどれ程救われただろうか。 


「愛してくれて、ずっと一緒にいてくれてありがとう」


「それは俺のセリフだ。俺を選んでくれてありがとう」

嬉し涙がとまらないミューズの肩を抱き、ただただ寄り添う。


祝福の言葉と暖かな雰囲気に包まれ、二人は誓いを新たにしっかりと手を繋いだ。


もう二度と離れないように。









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愛しい人へ、素直になれなくてごめんなさい しろねこ。 @sironeko0704

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