第27話 親という存在

「よく帰ってきた、我が息子よ!」

大声で叫ばれ、国王アルフレッドが抱き着いてきた。


「父上、暑苦しいです。離れてください」

さすがに嬉しいと言う年齢でもないので、すぐに押し返した。


「お帰りなさい、ティタン!」

今度は王妃のアナスタシアがくっついてくる。


「元気にしていた? 怪我などはしていない? 少し瘦せたかしら?」


「元気にしてましたよ、心配をかけてしまい申し訳ありません」

さすがに父親程邪険には出来ず、少しだけ優しく声を掛ける。


「酷い……差別だ」というアルフレッドの声は無視をした。


「あの、国王様、王妃様。発言をお許しください」

親子の再会にいたたまれなくなったミューズが謝罪のために声を掛けると二人はすぐ様駆け出した。


「やっと会えたわ、可愛いお嫁ちゃん! 大丈夫? 体は辛くない?」

そう言ってすぐに椅子を持ってこさせる。


「うちのバカ息子が失礼した。何とお詫びをしよう。不甲斐ない息子のせいで本当に苦労を掛けてしまった、もっと早くに迎えに行けばよかった」

頭を下げられ、ミューズもディエス達も困惑する。


「いえ、あの、悪いのは私で」

そう言うとアナスタシアに唇を指で押さえられる。


「いいえ。あなたが他国へ療養に行くほど弱ったのは、うちの息子のせいなのだから」

話を合わせろという事らしい。


「でも元気そうでよかったわ。あら、あちらがうちの孫ちゃんよね」

リリュシーヌの腕に抱かれているセレーネを見つけて国王夫妻は更にテンションを上げた。


「なんて可愛らしいの! さすがは私の孫娘ね」


「笑ってる。なんて可愛いんだ! 誰かすぐに絵師を連れてこい、この可愛らしさを後世まで残さねば」

賑やかな国王夫妻にただただスフォリア家の面々は圧倒されてしまった。


「父上、母上、少し静かにしてください。セレーネ嬢が泣き出してしまうかもしれませんよ」

良く通る声が響く、二人はぴたりと動きを止めた。


孫が泣くかもと言われたら声など上げられない。


「兄上、お久しぶりです」

声を上げた人物に、ティタンは敬礼を行なう。

父や母よりも畏まり、敬意を表した。


「本当に久しぶりだな、会えて嬉しい。ミューズ嬢も元気そうで何よりだ」

王太子に声をかけられ、ミューズは姿勢を正し、頭を下げる。


「お久しぶりです、殿下。この度は私の不徳のせいで多大な迷惑を掛けてしまい、申し訳……「畏まった挨拶はいらない。我々は今や親類だ、もっと気を楽にしてくれ」

被せるようにして続きの言葉を止められる。


昔会った時よりも、その口調は柔らかな気がした。


顔を上げて、表情を見るも、怒ってはいなさそうだ。


そしてミューズはエリックの隣で、ただただ自分を見つめる人物を見て、表情を歪ませてしまう。


「お姉様!」


「ミューズ!」

二人はどちらともなく駆け寄り、そして手を取って泣き出した。


「どれだけ心配したと思ってるの。言ってくれればわたくしだって少しは力になれたのに」


「ごめんなさい、私の邪な思いが悪いのだと思い、誰にも相談出来なくて。私が消えてしまえばいいのだとずっと思っていたの。でもそのせいで皆に迷惑をかけてしまった……本当にごめんなさい!」

わんわんと抱き合って泣く二人に、ディエスとリリュシーヌも寄り添った。


「今度からはもっと頼ってくれよ。僕達は家族だ」


「えぇ。娘の為なら一生懸命に頑張るわ。だからこれからはいつだって、何だって相談して頂戴」


「ごめんなさい、ごめんなさい」

泣くミューズの声に反応してか、大人しかったセレーネも泣き出してしまった。


「セレーネもごめんね」

涙を拭いつつ、リリュシーヌからセレーネを受け取る。


「私もっと強くなるから。いつまでも泣いてばかりじゃない、頼れる母親になって見せるから」


「無理しなくていいんだ」

ティタンがそっとミューズの頭を撫でた。


「辛かったら泣いていいし、困った時は周りに助けを求めてくれ。気持ちを押し殺してまで強くなろうとしなくていいからな」


「ティタン様」

頼りないところばかりしか見せていないから、すっかり信用されていないようだ。


自分は頼りになる母親になんてなれないのか。


落ち込み、俯きそうになった時に、視界がぐんと上がる。


「君はすでに頼りになる母親だ。これ以上どう望むというのだ」

ティタンがセレーネごとミューズを抱き上げたのだ。


皆の驚く顔が目に映るが、ティタンは下ろそうとしない。


「ミューズが抱っこしたらセレーネもすぐに泣き止んだ。信頼しているということだ。愛情を以てセレーネに接しているし、今だって娘を想って頼りになる母親を目指すと言った。そう考えるだけでも充分だ」

ミューズは出来る限りセレーネの世話をしていたが、それは義務だけではない、愛おしいから行なえているのだ。


セレーネを見るミューズの姿や眼差しは誰よりも美しく、綺麗である。


「何も完璧じゃなくていい。時には間違ったっていい。ただその子を想い、共に未来を考え、成長を支え、話を聞いて、見守っていく。そんな母親の方が断然いいだろう」

何でも手出しをするようなことはしなくていい。


時には自分で考え、行動させる事も大事なことだ。


「リリュシーヌ様も、立派な頼れる母親です。ありがとうございます。叱ることなく受け入れてくれて」

もしもスフォリア家での一夜がなかったら、こんな風にミューズが感情を露わにすることもなかっただろう。


家族に許してもらえた、再び受け入れられたという安心感からこうして人前でも感情を出せるようになってきたのだ。


ティタンにとっても何より嬉しい事だ。


こうして少しずつミューズの閉ざされた心が開かれていくのが見えて喜ばしい。


「ありがとうございます」

リリュシーヌもまさかティタンからそのように言われるとは思っていなかったようだ。


肩の荷が下りたような、そんな表情をしていた。


「母上もありがとうございます。ミューズを受け入れてくれて。俺を信じてくれて」

ティタンの愛する人を受け入れたという事は自身の選択を信じてくれたという事に他ならない。


どのような思いを抱いていたか、きっと親としてずっと心配していただろう。


時に黙って見守ることは口を出す事よりも大変なのに、今までずっと何も言わず待っていてくれた。


「当然だわ。愛する息子が選んだ人だもの、けして悪い子じゃないって信じていたもの」

実行したのはミューズとはいえ、こちらの落ち度が全くないとは言えない。


「マリアテーゼの件でユリウス様も謝りたいと言ってたわ」

その名を聞いて、ティタンの顔が訝しむ。


「謝罪は不要です。ユリウス様が悪いわけではないのですから」

マリアテーゼの件でユリウスも傷ついているだろう、それにあれからだいぶ経っている。


申し訳なさそうなミューズの様子の方が気にかかった。


「そういうわけにはいかないかな」

穏やかな声に振り向いた。


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