第4話 傷ついていく心
日に日にミューズの焦燥は増していた。
でも自分から声を掛ける事も出来ず、わだかまりを抱えて過ごすしか出来なかった。
こちらを気にして、ティタンが声を掛けてくれることは多くなったが、マリアテーゼもそこに入ってくるのだ。
「お二人とも仲がよろしいようで羨ましいわ。是非私もご一緒させてください」
そう言って三人で話をするのだが、二人しか知らない話題を出されると、愛想笑いしか出来ない。
その内にティタンの従者たちもマリアテーゼとよく話をするようになった。
(前はいっぱいお話をしてくれたのに)
特にマオなどミューズを気に掛けてくれていたのだがと、少し寂しく思うがしかたがない。
本当のの婚約者と仲良くする方が大事だろう。
ティタンはよく気遣いをしてくれて、こちらを慮る言動をしてくれるが、表向きでこうしてるのはユーリ王女の怒りの矛先をこちらに向けるためだと聞いているから、嬉しい反面複雑である。
「今度の休日に大事な話がある」
ある日の夕食事時に父のディエスにそう言われ、手が止まる。
「一体何でしょう?」
「ふふ、まだ詳しい事は秘密だが。きっと喜ぶぞ」
ニコニコするディエスだが、詳細は教えてくれないそうだ。
母もそわそわしていた。
「そのだな。ミューズは好きな人はいるか?」
そう言われ、少し躊躇った。
「……いいえ、今はいらっしゃいません」
「そうか。実はミューズの婚約者についての話なのだが」
いつかはとは思っていたが、今はそういう話を聞きたくない。
「お父様には申し訳ありませんが、今はそういうお話を聞きたくありません。最近体調を崩していますし、落ち着いたらお伺いしたいと思います」
「そうか、いや、でも」
今度の休日まであまり時間がないからだろう。
話をしたそうな父に申し訳なさを感じ、ミューズは席を立つ。
「すみません、部屋で休まえてもらいますね。まだ調子が悪いので」
食事もそこそこに立ち上がるミューズを家族皆が心配している。
「最後に一つだけ聞きたい、ミューズはティタン様の事をどう思っているんだ?」
今その名前が出るとは思ってなかった。
学校で流れた噂でも聞いたのだろうか。
「とても良い人ですわ」
にこりと微笑みそう答える。
例え騙されているのだとしても、やはり嫌いになれない。
「そうなのか。それで休日は婚約の話をしたいのだが」
やけに嬉しそうな父の様子にミューズは期待に応えるように頷く。
「えぇ是非。それまでには体調を治したいと思います」
そうだ、婚約者が出来ればティタンを諦められるかもしれない。
両親のように恋愛結婚とはならないかもしれないけど、お見合い後に仲良くなることもある。
心は痛むが、その事は見ないようにして。
翌日からはその婚約者となる人が気になって仕方がなかった。
(どのような人かしら。優しい人ならいいのだけれど)
おかげで始終うわの空だ。
だからよりティタンが心配し、話しかけてくるのだが、その上をいくようにマリアテーゼが入ってくる。
おかげで周囲が騒がしい。
「すみません、体調が優れず、一人にしてください」
そう言ってミューズはその場を離れる。
追いかけてくるような素振りを見せたティタンだが、マリアテーゼに引き止められていた。
しばし待つもやはり来ない。
少々期待してしまっただけに、また心が痛んだ。
諦められないのだと再認識する。
ため息をつき、一人になる場所を求めて歩き出した。
結局行くところは医務室くらいしかないけれど。
「最近体調不良が続いていますね」
医務の先生はそう言うとすぐに横にしてくれた。
「いつもすみません……」
心の口調が体にも顕著に出ているのは自覚している。
食事もなかなか喉を通らないのだ。
「ここの薬では駄目そうなようすですが。もしかして悩み事ですか? 私で良ければ聞きますよ」
そう言われて、口を閉ざすしかなかった。
家族にも言えないのだから、先生にも言うつもりはない。
ミューズの気持ちを察した先生は少々考えた後にこう言う。
「もしも解決出来ない、苦しいという思いを忘れたい時は、森の魔女のところに行くのも一つの手ですよ」
「森の魔女?」
聞いたことはある。
悩める人の味方だという話だ。
「えぇ。ただ代償がお金ではなく、大切なものを要求されるとは聞くけれど命までは取られないはずです。恋の相談からお金の相談から色んな相談に乗ってくれるらしいし、魔女の薬という普通では手に入らない薬も扱ってるらしいのです」
この気持ちも何とかしてくれるだろうか。
「悩み事を忘れたい、という相談も出来るでしょうか」
「きっと出来ると思いますよ」
今のミューズを見ていると心配しかない。
今にも倒れそうだし、儚くなりそうだ。
何も出来ない事を歯がゆく思い、本当ならいうべきではないのだろうけど、つい伝えてしまった。
「辛い恋を何とか出来るかもしれませんよ」
その言葉にミューズは口を噤み、涙をほろほろと流してしまった。
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