第3話 新たな婚約者

医務室まで送ってもらい横になって休む。


一人になると、余計に先程の触れ合いを意識してしまい、顔の火照りが抑えられない。


(逞しくてがっしりしていたわね)

筋肉の感触を思い出し、一人心の中で悶えていると可愛らしい女性の声がして、入室してくる。


迷わずミューズの元へ来て、話がしたいと言われた。


「あのマリアテーゼ様ですよね、私に話とは一体なんでしょう?」

このようなところまで来て一体何の話をしたいのだろうか。


「あの、ミューズ様。体調が優れないところごめんなさいね。どうしても二人きりで話がしたくて」

もじもじと話し出した彼女は筆頭公爵家の令嬢だ。


自分よりも身分が高い人である、やや緊張が走った。


「あのミューズ様にお聞きしたくて……ティタン様とは本当に仲がよろしいのですか?」


「えっと……」

どう言っていいのかわからない。


躊躇い、思案しているうちにマリアテーゼが話し始める。


「言いづらい事なのですけれど、実は私に王家から婚約の打診が来まして」

もじもじと話すマリアテーゼの言葉にミューズは固まった。


「あの、それはどういう事でしょう」


「ティタン様の新たな婚約者としてお話が」ありましたの」

恥ずかしそうに俯く美少女に、ミューズはひきつる表情を何とか隠して言葉を絞り出した。


「おめでとうございます」

そういったものの、上手く笑えているだろうか。


「ありがとうございます」

ぱっと明るくなる笑顔に、ミューズは息が止まりそうだ。


「そう言っていただけるとは、やはり噂は嘘なのですね。彼とは旧知の中だったので、いつかこういう話が来るかもとは思っていたのですが、ユーリ王女と外交上で婚約を結ばざるを得なくなり、話が止まっていたのです」

そんな話は知らないが、公にするものではないだろう。


水面下でずっとそのような事があったのだろうか。


あの笑顔の裏で、強かにそんな企てを行なっていたのか。


「ずっと内密にしてて公表出来るまで、まだ準備が必要で……なのでお願いです。このことは内緒にしていてもらえますか? 彼に迷惑が掛かってしまいますから」


「勿論です」


「本当はもっと早くに公にしたかったのですが、ユーリ様の逆恨みを買うのではと思ったら、私怖くなってしまって。そうしたらティタン様から、ミューズ様を代わりにしようという話が出たのです。ごめんなさい、ミューズ様には迷惑を掛けてしまって」


(私はスケープゴートだったのね)

ユーリの目を搔い潜って、本当は王家からの評判がいいマリアテーゼと婚姻させたかったのか。


マリアテーゼの父は王弟で、しかも筆頭公爵家、従妹ではあるが婚姻は可能だ。


身分も高いし、幼い頃から知っている気心の知れた仲の女性の方がいいと言うのは大いにわかる。


やはり昔酷い事をした女との婚姻など本気ではなかったのだ。


「わかりました。何も言いませんので安心してください」

王家からの打診が来たなんて嘘を、マリアテーゼが言うとは思えないし、本当なのだろうなと心が痛い。


マリアテーゼは親戚筋とはいえ、いち公爵家。


王族の名を出して虚偽の話をするは重罪なのだと知っているはずだからから、そんなリスクを負うわけがないと考えた。


故にこの話は本当なのだろう。


「ありがとうございます、ミューズ様。そう言えば昔森で怪我をされたティタン様の治療をしたというのも、ミューズ様ではないかという話でしたよね?」

そこまでも知っているとは。


やはり親しい仲なのは間違いなさそうだ。


「あの、それは……」


「もし本当だとしても名乗り出ない方がいいと思いますわ。確かあの頃、あの処置は誰がしたのだと大揉めでしたもの。ティタン様はあの一件で城の外に軽々しく出られないようになってしまい、エリック様もその治癒を施したものを特に熱心に探しております。見つけ次第酷い事をされるかもしれません」


エリックとはティタンの兄だ。


冷静沈着を通り越し、冷徹な王太子と呼ばれている。


見目麗しいが人の心に寄り添えない人形のような男性だと。


婚姻はおろか、なかなか婚約者も決まらないそうだ。


そんな男性に目をつけられたら何と言われるのか、家に咎がいったらどうしようと青褪める。


「何も言わなければ大丈夫ですよ。では祝福の言葉をありがとうございました、私幸せになりますね」

ニコニコ笑顔で医務室を出ていくマリアテーゼと対照に、ミューズは心身の不調を感じ始める。


(何か色々どうでも良くなっちゃった)

悪いことばかりが重なるものだ。


声を殺し、布団の中で涙を流し、懸命に心の痛みに耐えていく。


どうでもよくなんてない。


ただ悲しい、出会わなければ良かったのに。








授業が終わった頃にまたティタンが来てくれた。


「体調はどうだ?」

とても優しい声掛けに涙が出そうだ。


「良くはないです……落ち着いたら帰りますから。だからそっとしておいて下さい」


「体調が悪い中で一人にしたくはない、もう少しだけ一緒に居させてくれ」

そう言われると断りづらい。


「少しだけですよ」

とは言ったものの、結局帰りの時間まで一緒にいてくれた。


こちらを気遣ってか言葉掛けは少なくしてくれ、泣いて酷い顔などを見ても聞くこともなく、ただ居てくれた。


時折飲み物を勧められたり、新たな不調はないかを確認される。






帰りの時間となり、馬車まで見送られる時に一言だけ言われた。


「悩みがあるならば何でも相談してくれ、ミューズの力になりたい」

優しい言葉に、また涙が出そうになるが、ルドとマオの顔を見て涙をこらえた。


主を守ろうとするこの二人は、本当にミューズの味方なのだろうか


常に二人からは視線を感じ、時に値踏みするような探るような目の時がある。


マリアテーゼの言葉もある為、誰を信じたらいいのかわからなくなってきた。


「何もないですから大丈夫ですよ。本日はありがとうございました」

何とか笑顔を浮かべ、ミューズは帰路につく。


馬車を見送りながらティタンはぼそっと呟いた。


「明らかに避けられてるよな」

深い落ち込みを隠しもせず、従者にそう確認する。


「そうですね……ミューズ様はティタン様と話される時に戸惑いのような、不安なような表情をなさってはいます。でも時折嬉しそうな様子も見受けられるし、嫌いではなさそうなのですが」

先程も医務室にティタンが残ると言うと、少々ホッとしたような顔をしていた。


無意識に行なわれていたのだろうそれを目にしていたので、ルドは本心でミューズがティタンを嫌うとは思っていない。


「避けられてはいるですよね。拒絶まではいかないものの、距離を感じるのです。耐えるような感じで何とか会話をする、そんな様子です。何とかしないと本当に嫌われるです」

マオは見たままの率直な意見を伝えた。


女性目線のその感想にティタンは心を抉られていた。


「どちらにしろこのままではまずいよな」

二人の意見に危機感が増す。


ミューズに言われたとおりに他のものとの交流を増やしたが、それが裏目に出てるとしか最近は思えていなかった。


従妹のマリアテーゼが何故かティタンに話しかけに来ることが増えていて、なかなかミューズに話しかけに行けない。


実は苦手な部類の女性なのだが、一応親戚なので無碍にすることも出来ない。





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