第6話 堕ちゆく

ティタンの息が上がってきている。


ミューズは自分が誰かのものになるのは嫌だと思い、一人で生きていくと決めた。


でも最後に好きな人と忘れえぬつながりが欲しくて、媚薬を使う事を決めた。



「それはもちろん約束する。俺は生涯ミューズを愛していく」

例え実の伴わない言葉だとしても、そういってくれるだけで嬉しい。


「ありがとうございます、ティタン様」

優しい言葉に涙が溢れた。







ミューズの満足そうな様子に嬉しくなる反面、体が落ち着かない、


妙に熱いのだ。


「すまない、少し窓を開けさせてくれ」

椅子から立ち上がり、窓の側に行こうとしたが、真っすぐに歩けない。


「大丈夫ですか?」

そう言ってミューズに触れられると余計に体が熱くなる。


何ともいえない感覚に戸惑った。


「辛そうですわ、少しお休みになってはどうでしょう」

そう言いベッドに横にされるが、体は尚辛くなってきた。


「まさか、酒でも飲ませたのか?」

昔兄といたずらで飲んだことはあるがこのような症状は出なかったはず。


でも思い当たる節もなく、そうとしか思えない。


「ごめんなさい、ティタン様。こうするしかもう方法が思いつかなくて」

ティタンの唇にキスをする。


「愛しています」

ふわりと香るミューズの匂いに理性が飛びそうになる。


「止めてくれ、早く離れて……」

そうでないと傷つけてしまう。


好きな人にこのようにされて、しかも頭と体はいう事を利かない。


ティタンとて年頃の男だ。


好きな人と二人きりで、しかも告白までされて、どうにかなりそうで怖い。


「せめて婚約してから……」

それなら婚姻の約束という意味だから、今の何もない状態よりましなはずだ。


「それでは遅いのです」

マリアテーゼとティタンの婚約の話なんて聞きたくもないし、見たくもない。


ティタンがいない時、ずっと彼女は、いかにティタンと楽しく会話をしているのかと伝えに来ていた。


嫌だともいえず、享受するしかなかったが、そんな事本当は聞きたくなかった。


ティタンの服のボタンをゆっくりと外していく。


抵抗もなく苦しいような表情でティタンはその様子を見おろしていた。


(はしたないと軽蔑されたかしら)

そうだとしても、ここまでして止まるわけには行かない。


でも熱い胸板に触れることも恥ずかしくて出来ず、ミューズは困ってしまった。


正直ここからどうしたらいいのかわからず先に進めない。


媚薬で煽ればその気になるかもと思ったが、ティタンは動かない。


苦しそうな顔をして、必死で耐えている。


「どうか私の事を好きになさって」

自分ではこれ以上何も出来ない、これ以上はティタンに頼るしかないのだ。


「絶対に、嫌だ」

そう言って目線を逸らすティタンに途方に暮れる。


「仕方ない、ですよね……」

このままではらちが明かない。


目を閉じていると衣擦れの音が聞こえてくる。


その後、体に重みが感じられた。


「何をして……」

思わず目線を向けると、釘付けになってしまった。


自分の上で綺麗な体を見せるミューズから目を離せるわけがない。


「見ないで」

言葉ではそういうものの隠そうとはしない。


そんな恥ずかしがる様が可愛すぎて一気に理性が解け落ちた。








ずっと好きだった。


自分を助けてくれたことに恩を感じ、優しくしてくれた少女にいつかお礼を言おうと誓っていた。




怪我をした様子を見れば明らかに異変などわかる、城に帰ってからこっぴどく怒られた。


しかしティタンはミューズの事は言わず、口を閉ざしていた。


散々怒られ、それからの数か月は療養の名目で城から出るのを禁止されていた。


剣を振る事すら許されず、勉強漬けにされた日々はティタンにとって拷問に等しかった。


怪我自体はミューズの薬草で毒の周りを遅らせていたのもあり、完治は早かったのだが、どこの誰かがわからないのが問題であった。


方々調べる内に、ミューズの可能性は出ていた。


ティタンが行った森は辺境伯領にあり、そこは国の境目だから魔獣が出やすい。


そしてミューズの祖父は辺境伯だ。


他領の者がわざわざ行くには遠く、可能性として低い。


ミューズの姉のレナンも候補には上がったが、どちらかというと魔法よりも勉学に優れている。


しかし決定打もなく、時は過ぎてしまった。







ユーリとの婚約は本当に政略によるものでティタンは最初から嫌がっていた。


しかし断る口実もなく、あの頃はまだ立場も弱い。


国としても受けざるを得なく、やむを得ずだった。


「いつか想い人が出来たら解消に話を持っていくから」

と言われ、結ばされてしまう。


成長しその機会が来た時は、それが大きな足かせとなったが、約束通り解消に持ち込んでくれた。


色々な裏を取り、外交にも支障のない形にしてくれたようで、安心した。


これで心置きなく愛する人を迎えに行けると。


本当は社交の場で口説きたかったが、さすがにそれは出来なかった。


確信を持てなかったのはあるが、避けられているのが分かったからだ。


口止めをお願いした手前、なかなか切り出せず、見守るに留めるくらい。


見かける度に美しくなるミューズに気持ちも穏やかではいられなくなったが。


綺麗な金の髪に、金と青のオッドアイ、小柄ながらも丸みを帯びた女性らしい体つきは時に男性を虜にしていた。


末席とはいえ公爵家の令嬢だ、そしてスフォリア家は魔力の高さで定評がある。


いつ縁談が持ち上がってもおかしくはない。


心配と不安でもやもやしていたが、学校にて他の男へ掛けた言葉で確信する。


やはりこの女性があの時の少女だ。


そして直後嫉妬に駆られる。


回復魔法を受けた男子が見惚れているのに気づいたから。


盗られまいと思い、焦ってあの場でプロポーズをしてしまった。


やらかしたのには気づいたがどうしようもない。


それでも優しい彼女は戸惑いながらも話をしてくれた。


時に強引にではあったが、そうでないと逃げられると思い、離れられなかった。


さすがに苦言を言われ、少し距離を置くとますます悲しい顔をさせてしまった。


どうしたらいいかと考え、また距離を詰めたかったのだが、周囲がそれを許さなかった。


特にマリアテーゼだ。


しかしミューズと良く話をする彼女を邪険に扱い、ミューズに更に嫌われるのは避けたかった。


「ミューズ様は恥ずかしがっておいでです。私が間に入りますわ」

といっていた。


幼少の頃の話をミューズの前でされるのは恥ずかしかったが、ミューズは相槌を打って聞いてくれていた。


耳を傾けているその様子に自分の事に関心を持ってくれたのかと嬉しくなった。


そしてもうすぐミューズとの婚約を公にする場が来る、ようやくミューズの父と話が出来、許可を得られたのだ。


その前に自分の想いを伝えたいと話し、当日までは秘密にして欲しいと頼んだ。


なかなかミューズと話す機会を見つかられなかったから、こうして彼女から話をしたいと言われた時は喜んだ。


ただ気がかりなのは最近彼女の体調が悪い事だ。


自分の婚約者になれば王宮医師にも診てもらえる、彼なら知識も豊富で腕も確かだ。


早くミューズの笑顔が見たい。


心からの笑顔を。







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