第7話 別れ
体と心の痛みを感じながら、眠る彼に触れる。
魔女に貰った薬は三つ。
媚薬と眠り薬と忘却の薬。
それらはミューズの魔力と引き換えにという約束で貰ってきた。
「ごめんなさい、私の我が儘で傷つけてしまって」
ティタンの身支度を整え、彼に触れた。
最後に忘却の薬を飲ませ、転移魔法でティタンを自室へと送り届ける。
これで本当に決別だ。
重い心と体を引きずって、自身も転移魔法を使い、森の魔女に代償を支払いに行く。
「本当に使ったのね……」
彼女はとても優しい。
ミューズの思惑を聞いて、薬は渡してくれたものの、ずっと引き止めてくれていた。
「はい。ありがとうございました」
深く頭を下げた後、手を出す。
「魔力をどうぞ持って行ってください」
魔女は暫し躊躇うと、ミューズの髪に触れる。
「魔力は半分でいいわよ。その代わりにこの髪を貰うけど」
長い髪は貴族の女性として当たり前のものだ。
それを切るということは、伸びるまで貴族の女性として扱われないということ。
家を出る決意をしていたミューズには丁度いい。
「お任せします」
髪が肩口で切られた。
魔力も渡すと、高い魔力持ちの証だった金の目が青に変化する。
だいぶ見た目の印象が変わった。
「報酬は受け取ったわ。それで此の後あなたはどうするの?」
「セラフィムへと向かいます。薬の知識が多少ありますから、あの国で雇ってもらえないか、交渉してみます。あそこは薬学が盛んですから。それに気候も人柄も鷹揚だと聞きますので住みやすいと思うのです。アドガルムとの交流もまだ少ない国ですから、ティタン様と会う事もないでしょう」
顔を合わせては忘却の薬の効果が薄れるそうだ。
自分の事など忘れて幸せになって欲しいのだから、思い出されては困る。
女性と違い、男性は行為をしてもわからないだろう。
そうでなければ婚約前に夜遊びをする男性貴族の話など聞かないはずだから。
「ではそこまで送るわ。最後の手向けよ」
「ありがとうございます」
痛々しい笑顔のミューズを魔女は見送った。
転移魔法でセラフィムの国境に送り届け、残された金髪と魔力を封じた魔石を棚に置いた。
「第二王子……あんな可愛い子を悲しませるなんて、どんな男かしら」
ミューズは嘘を言ってるようには見えなかったが、片方の言い分で信じるわけにはいかない。
しかし国を、家を捨てさせる決意まで持たせるとは、並大抵のことではないだろう。
「家の庇護を離れた事もない少女が家を出るなんて、余程のものよね」
そして大事なものを失っても構わないと差し出した。
健気過ぎて泣けてくる。
「第二王子はいつ頃ここに来るかしら」
魔女の薬を使用したというのはすぐにバレるだろう。
王族の異変をそのままになんてするわけがない。
ミューズを大事に想っていたならば尚更思い出そうとするはずだ。
金の髪を一房分ける。
滑らかで手入れの行き届いたそれは、今まで大事に育てられた証だ。
「せめて生家に少し置いてきてあげましょ」
愛娘が急に消えて悲しんでいるだろう。
形見代わりに置いてきてあげるかと内緒で屋敷に忍び込む。
きっと公爵家はこれから大騒ぎになるだろうからと手早く置いて戻って来る。
急ぎ過ぎて詳しく周囲を見ることもなく、ミューズが用意していた置手紙にも気づきもしなかった。
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