第8話 忘却

「えっと、何があった?」

痛む頭を押さえ、ティタンは周りを見る。


見慣れた自室で、従者達に囲まれている。


だが、どうやって戻ってきたのか、覚えていない。


覚えていることは学校をサボった事だけ。


なのにやけに体がだるくて頭痛が酷い。


夕方になり、マオが灯りをつけてくれたが、そのほんの僅かな光が眩しく感じるほどに、目の奥がちかちかしている。


「こっちの台詞です。いつの間にか部屋からいなくなったと思ったら、いつの間にか部屋に戻っていて。ミューズ様とどこに行ってたですか。なぜ外出先を言っていかなったのです。心配したですよ。ミューズ様の事はしっかりとスフォリア公爵家へとお送りしたのですよね?」

矢継ぎ早に言われ、ま言葉の整理に時間がかかる。


聞き慣れない名前に顔を顰めた。


「俺達、凄く心配したんですよ。せめてお茶菓子くらいはと思ってノックをしても返事もなく、入ったら誰もいない。本当に心臓が凍るかと思いました。どこに行っていたのですか? ミューズ様もいるのにもしや窓からでも出たんですか? そんなことしなくても二人の仲を反対するようなことはしませんのに」

ライカの問いかけについにティタンは首を傾げた。


「ミューズとは、誰だ?」


「えっ?!」

マオとライカ、そしてルドも驚く。


「あなたの想い人です、何を言ってるのですか?!」

巫山戯ているようには見えない。


「想い人と言われても、何も思い出せない。顔も、どんな人物かも」

全然ピンと来ないのだ、名前を聞いても顔も浮かばないし、気持ちも動かない。


「急いで医師を呼びましょう」

ルドの言葉に二人は頷いた。


異常事態だ。







すぐさま王家に連絡すると、ティタンの兄のエリックも来た。


「記憶がないと聞いたが、俺の事はわかるか?」


「兄上の事はわかります、そこまで耄碌していません」


「ではミューズ嬢は?」


「さっぱりですね、全く思い出せない」


「お前と婚約を交わす令嬢だぞ?」

信じられないというエリックの顔だ。


「婚約? ユーリ王女とでは?」

幼い頃からそう決まっていたはずだ、なのに違うのか。


「命の恩人だとわかった事で、ミューズ嬢になる予定だった。ティタンもとても喜んでいたのに、まるで覚えていないのか」

さすがにエリックもショックを受け、言葉が出ない。


「姿絵か何かはありますか?」


「失礼するです」

ティタンの机の引き出しから一枚の姿絵を出す。


大事そうに額に入れてある。


見ると可愛らしい顔立ちの少女か描かれていた。


長い金髪と特徴的な金と青のオッドアイ。


身長は低いが、体つきを見るに成人した大人の女性である。


幼い顔つきとのギャップに色気を感じ、思わずときめいた。


「可愛らしい子ですね」

ピンときていない様子にエリックはがっくりとしていた。


「シュナイ医師に任せよう。少し時間をくれ、頭の整理をしたい」

普段感情をあまり出さない兄の狼狽える様子にティタンも不安が募る。


余程大事な人なのだろう。


それを忘れてしまったなど軽々しく言ってしまって、申し訳ない。


(ミューズか……どういった人物なのか)

姿絵を見てもやはり思い出せない。


新たな婚約者という女性、こんな可愛い子と結婚出来たら幸せなんだろうなと思う。


「この子は、今どこに?」


「今スフォリア家に使いは出しているが、この状態のお前と会ってくれるかわからない……こちらが無理に頼んだ婚約もどうなるか」


「すみません」

あの押しの強いユーリとの婚約を、反故にしてまで結んだ大事な縁談なのだろう、どれだけ兄が奔走したかは想像に難くない。


ようやく診てもらえたが、シュナイ医師の診断によると外傷はないそうだ。


「微かに魔力が感じるが……もう少し詳しく調べてみる」

とすぐに戻っていってしまった。


やがてスフォリア家に使者として出ていたライカが戻ってきた。


青褪めたその顔に嫌な予感が過ぎる。






「ミューズ様は行方知れずだそうです。その、家出を示唆するような手紙を置いて」

家出?


さすがにその言葉にティタンも驚いた。


普通は貴族令嬢がそのような事行わないだろう。


「どういうことだ?」


「もう生きてはいけない、という言葉が綴られていたようで……スフォリア家も今混乱状態です。方々を探しているようですが、見つからないようでして」

ライカはちらりとティタンを見た。


「ティタン様。どちらでミューズ様と別れたかを思い出してください。遅いかもしれませんが、俺が探索にいきます。俺の責任だ」

ライカは狼狽した様子で跪いた。


「俺がきちんと仕事をしていれば、こんな事にはならなかった。二人きりにさせてあげようと思わなければ……申し訳ございません!」

頭を床につけ、必死に懇願するライカにティタンは掛ける言葉が見つからない。


「ライカ、顔を上げて」

ライカの兄であるルドがライカの顔を上げさせた。


「ルド、俺が、悪いんだ。だから探しに行かせてくれ、お願いだ」

いの一番にミューズの言葉に同意したのはライカだ。


それ故責任を他の二人よりも感じている。


「俺達全員の責任だ。それにティタン様は今ミューズ様についての事を全て忘れている、だから、どこで見失ったかもわからない。落ち着け」


ライカは口を挟む閉ざす。



原因はわからないが、忘れてしまったものを思い出せとは酷だろう。


「普通であれば俺達はティタン様達を見失わなかった。手紙があったという事は、ミューズ様が何か知っている可能性がある。まずは手紙の内容を教えてくれ」

ルドの言葉にライカは首を振る。


「俺は内容を見せてもらえなかった。口頭で説明されたくらいで、すぐに帰されたよ。あの緊迫した様子は嘘や冗談の類ではなさそうだった」


「ではすぐに屋敷に行こう」

ティタンはまだ痛む頭を押さえ、立ち上がる。


「待つです、もう少し休まないと」


「このまま寝てなどいられない。ミューズ嬢の事を思い出せないと、心もモヤモヤしたままだ」

ふらふらとした足取りで外に向かう。


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