第9話 新天地

新たな地についたミューズは自然の豊かさにため息をつく。


久しくこのような景色は目にしていなかった。


「素敵ね」

小さな村だからミューズのようなよそ者は目立つようだ、注目を浴びているために視線が痛いが、そんな事を気にしていたら生きていけない。


もう帰るところもないのだから。


(どこに行ったらいいのかしら)

周囲の様子を確認しながら村の中を歩いていく。


仕事と住むところを探す為に人の多い場所を目指した。


何件かの店に寄り、勇気を出して働く場所はないかと聞いてみるが、いい話は聞けなかった。


「すぐに見つかるわけないわよね」

ミューズは落ち込み、途方に暮れる。


慣れない事ばかりで疲弊感が凄いが何も進展していない。


もっと頑張らなくては。


気持ちを改め食事でもしようと、と目についた店に入る。


ダメもとでそこでも求人についての話を聞いてみた。


「薬師の求人ね……何か参考になるものは持ってる?」

今までと違い好感触な気がする。


ミューズは急ぎ自分で作った回復薬を取り出した。


学校でしっかりと手順を教わり作成したものなので、売り物になるはずだ。


「こちら回復薬になりますが、どうでしょう?」

透き通るような青い色をした飲み薬だ。


「ここらでは見たことないものだから、難しいね。効果もどれくらいあるかわからないし」

純度が高いので透明感があるのだが、この辺りでは馴染みがないらしい。


「そうですか……」

確かに初めて見る薬は信用度が低いだろう。


「もし良かったらうちで置いてみようか? 効果が分かれば欲しい人も出るだろうし」


「お願いします」

場所代、宣伝料込で売上の三割を報酬として置いてもらうことに決めた。


まずはお試し品として低価格の設定にする。


売上げが出たら届けようと言われるが、住むところすらまだ決まっていないと伝えた。


「長期で泊まるなら風花亭が安いよ。住むところが決まるまではあそこに居たらいい」


「わかりました、行ってみます」

ミューズはお礼を言って、食後、早速紹介された場所に向かってみた。


小綺麗ではあるものの、古い建物だ。


ミューズは空き室があるかを聞き、長期滞在をお願いする。

「今はあまり人がいないから、何日でも泊まっていいよ。おもてなしは何も出来ないけど」

今は秋口だ。


夏は避暑地として人気らしいが、シーズンオフな今は空いているらしい。


料金も安い。


とはいえ、長期ならばそこそこかかる。


「お金稼がなきゃ」

素泊まりのため食事も出ないが、その代わりにキッチンがを貸してもらえることになった。


料理は出来ないのだが、調合のために火を使える場所があるのは嬉しい。


住む場所と薬を売るための場所を借りれたので、ひとまず安心だ。


薬草採りの為早速森へ行くことにする。


動けるうちに動かなくては。







一人森にて薬草を摘みながら、自分のした罪を振り返る。


身分を捨て、家を捨て、国を捨て、責任を放り出してきてしまった。


我が儘で利己的な自分の醜さが嫌になる。


恋心を諦めきれず、逸れさえ捨てれば自分以外、誰も不幸にならなかったはずだ。


大人しくティタンの結婚を祝福し、自分も誰かと結婚していたら、未来はもっと平穏であったろう。


もっと遡って考えれば、自分とさえ出会わなければユーリ王女との婚約もそのままで、悪評も立つことなく隣国とのつながりも強くなっていたはずだ。


ティタンの悪い評判はミューズと出会ってから起きたものばかり、本当に申し訳ない。


そして忘れたくなくて、卑怯な手で自分の体に彼の事を刻んでもらった。


バレないようにと彼の体に証拠となるものは残さなかったつもりだが、今でも心配だ。


そして実家にも多大な迷惑をかけてしまった。


急に消えて、きっと大いに怒っているだろう。


婚約の話もなくなり、相手方への謝罪もしなければいけない。


少しでも足しになるように家から持ち出すものは最低限のものにした。


今までの装飾品やドレスを売ってもらえれば幾許かのお金になるはずだ、使う自分がいなければ売るしかないのだから。


いつか落ち着いたら、何かの形で必ず今まで育ててくれた恩を返したい。


ティタンの従者達にも申し訳ない事をした。


急にいなくなったからきっと驚いてしまっただろうな。


でも探し出そうとはしないはずだ、だって彼らが大事なのは自分ではなく、マリアテーゼだ。


どうせ数日で忘れられる存在。







ぽろぽろと涙が流れてしまう。


幸せを壊したのは自分だし、最低な事をしてしまったという罪悪感と後悔が今更ながら襲ってきていた。


戻りたい。


森で彼に出会わなければ良かったのか、入学しなければ良かったのか。


求婚をしっかりとはねのければよかったのか。


どこから違えたのだろう。


とめどなく溢れる涙は暫く止まりそうになかった。



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