第10話 手がかり
「あの、本当にティタン様は娘を婚約者にと望んでいたのですか?」
向かったスフォリア家でそう言われ、ティタンは言葉に詰まる。
今のところまだミューズの人となりも表情も声も思い出せていない。
「望んでいたです。他の何を捨ててでも」
従者のマオが熱く語るのをどこか他人事のように見てしまった。
(マオはこのように言うものだったか?)
もっと斜に構えて、人をおちょくるような話し方だった。
そして人に懐きにくい性格なのに、今はミューズの為にと精力的に動き、本気で心配している。
ミューズの父、ディエスは一つの手紙を差し出した。
「これが娘の部屋に合ったのです」
これに家出についての事が書いてあるのか。
護衛騎士であり、幾多の鍛錬をこなしたライカが青褪めるほどの事が書いてあったとはどういうものか。
『お父様、お母様、お姉様。沢山の迷惑をかけて本当にごめんなさい、もうこれ以上ここに居ることが出来ません。私は罪を犯しました。謝っても許されない程の酷い事を。他の誰も悪くないのです。邪な思いを捨てきれず、そして大事な人を傷つけてしまいました。一生を掛けても償えないものです。いつか愛する人と一緒になり、お父様たちのように愛し愛される夫婦になりたかった。けれど、もう私にそれを望む資格はありません。私のような親不孝な者は忘れて、お姉様だけをスフォリア家の娘としてください。遠い空のもと、家族と、そして愛した人の幸せを祈っております』
そのような内容が書かれていた。
手紙の側には一緒に一房の髪があったそうだ、細く煌めく髪はとても眩しい。
「髪は貴族の女性にとって、とても大事なものです。そして決別の手紙……」
常に自分に付き従うルドの声も震えていた。
「何故娘はこのような手紙を……確かに最近体調が思わしくなく、何かに悩むような素振りはありましたが、まさかここまで思い詰めてたなんて。考えても思い当たる節がなく。それに罪とは? 何があったのでしょう」
そう言われても思い出せないのだ。
思い出そうとすれば頭痛はするし、記憶も霞が掛かったようにぼやける。
古い記憶は鮮明なのに、最近のものほど思い出せない。
「ぼくが最後に聞いたのはティタン様がミューズ様と二人で会いたいと言われたと話した事です。従者もつけないで欲しいと。その後部屋に入ると姿を消していて、いつの間にかまた戻ってきていたのです。手がかりを知っているのはティタン様だけです、一体どこに行ってたですか」
「どこにいたか」
どこに行ったのか、何を話したのか、自分しか知らないのにその自分が覚えていない。
知らない女性の事でも、このままでは後味が悪いし、あれだけの美少女を忘れるなんて普通ではありえない、何とか思い出したい。
「一体ティタン様はどうしたのです?」
さすがに様子がおかしいので、ディエスは訝しんだ。
「実はご息女についての記憶だけが全くないのです。顔も声も思い出せない」
「何ですって?!」
ミューズの母、リリュシーヌはまさかの事態に言葉が出ないようだ。
「ティタン様、何があったか早く思い出してください。せめて少しでも手がかりを」
そう問われてもわからないのだ、気持ちばかりが焦る。
「シュナイ医師が言うには魔力を感じるとは言われたのですが……」
「魔力?」
リリュシーヌが何かを考える。
「もしかして魔女の薬? でもあれは大事なもので代償を支払う必要があるもの、あの子は一体何を差し出したの?!」
わっと泣き出すリリュシーヌをディエスが慰める。
「落ち着きなさい、そうとは決まっていない。仮にそうだとしたらミューズが自分で行なった事だ、ティタン様は悪くない」
ミューズのした罪とはこの事なのだろうか。
自分の事を忘れてもらいたい。
ティタンの心の中から自分の存在を消したいと願ったのだろうか。
「普通であればあの子がこんな事を仕掛けるわけはないわ。私にもあなたにも、そしてレナンにも相談をしないなんて。それにあの子はティタン様と話せることを喜んでいたのよ。なのにこんな事をする理由がわからないわ」
テーブルに置かれた手紙と髪を見る。
「このような手紙と髪を残すほどの決意をさせただなんて。ミューズ、どこに行ってしまったの」
泣き続けるリリュシーヌに胸が痛んだ。
「スフォリア公爵夫人安心してください。ミューズ嬢は俺が責任をもって探し出します。ルド、マオ、ライカ。森の魔女の元へ行くぞ。手掛かりがあるとしたらこの記憶の中だろう、記憶の戻る薬でも作ってもらえればいい」
ずっと思い出そうとしていたので頭の痛みも止まず、吐き気もしてきたが、忘れたままではいられない。
何も手がかりがない中で有力な話が聞けたのだから、行ってみるしかない。
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