第23話 本当の夫婦
「ミューズ、愛している」
目覚めてすぐの挨拶がそのようなものだった。
「ありがとうございます」
唐突過ぎてそれしか返せない。
「それでミューズは俺の事をどう思っている?」
そわそわと聞かれちょっと照れながらも答えてあげる。
「えっと、愛してますよ」
「本当か?!」
とても嬉しそうだ。
まるで子どものようだと思い、つい笑ってしまうと、ますますティタンは喜んだ。
「やはりミューズの笑顔は素敵だ、もっと見たい」
今度は褒められてしまい、顔が熱くなってしまう。
「もう、朝から私をからかいに来たのですか?」
拗ねて横を向くものの、優しく頬を撫でられる。
「いや、本心だ。これからはもっとミューズに言葉を伝えていこうと思ってな。拗ねた顔も可愛らしい」
「恥ずかしいので、お止めください」
スキンシップも言葉がけも嬉しいけれど、急に言われても恥ずかしすぎる。
「それは嫌だ。俺はもっと夫婦らしくなりたいんだ」
今日のティタンはやけにしつこく、そして子どもっぽい。
いつもの彼はもっと包容力があり、余裕を持って接してくれていたはずだが。
「夫婦らしくというのはこのように寝起きの妻に迫る事ですか?」
着替えもしていないし、起きたばかりだ。
ミューズの希望で夫婦とはいえ、寝室を分けている。
やはり交際もなく急に一緒の部屋というのは恥ずかしい。
平民ならば当たり前なのだろうが、まだまだその辺りの意識は変えられない。
「そうだ。本当は寝室も一緒にしたいし、もっと話したい」
ティタンは椅子に座ってまだ話を続けていく。
「ミューズの希望で別にしたが、本当は心配だ。夜中に急変したらどうする。暗い中転んでしまったら、地震でも起きて何かがぶつかってきたらなど、心配は尽きない」
「そのような事を考えていらしたのですか?」
二つ返事で了承してくれたので、そんな不満を持っていたとは思いも寄らなかった。
「当然だ、ミューズをあらゆるものから守りたいと思っているからな。危険は全て排除したい、力には自信がある」
鍛えているティタンは確かに頼りになる。
力仕事なども楽々とこなしてもらえてありがたい。
「ごめんなさい、そのように考えてくれていたなんて気づきもしませんでした」
「ごめんなさいも、もう言わないでくれ」
いつになく強い口調、一瞬怒られたのかとミューズは怯えてしまう。
「謝らせたいのではない、話し合いたいのだ。今のを聞いてミューズはどう思った?こうしたいとか、ああしてもらいたいとか、希望をきちんと言葉にしてくれ」
「希望、ですか?」
「したい事、して欲しいことを溜め込まずに言って欲しい。俺は察することが出来なくて、道を誤らせてしまった。だから今度はしっかりと話し合いをして。思いを伝えて、距離を縮めたい」
そうして本当の夫婦になりたいのだと伝えられた。
「愛し、愛される関係になるのには、遠慮していてはなれない。喧嘩はしたくないが、せめてお互いの考えを言える関係にはなりたいのだ。特にミューズは様々な事を我慢してしまうから」
我慢と言われれば、思い当たる。
自分が諦めれば、自分が何もしなければと、つい思ってしまう。
思えば人との衝突を避けていたために、本音を言えなかった気がした。
「寝室は分けたいと言いましたが、確かにお腹が痛い時は不安を感じていました。でも夜中に吐き気を催す事もあり、起こしてしまうのではとも思っていて言えませんでした」
「それくらいどうってことはないさ。背中を摩ったり、水を用意することくらいは出来るぞ。一人で耐えることなどしなくていい」
厭うことなく言われホッとする。
嫌がるような表情は全く見受けられなかった、自分が考えすぎていたのだと再確認する。
「後は、どうしても罪悪感が拭えなくて、謝罪の言葉を口にしてしまうと思うのです。その時はどうかお許しになって」
「罪悪感は本当に感じなくていい、俺は今本心から幸せなのだから。だから少しずつ意識を変えていこう。先程は口調が強くなってしまい、すまなかった」
関係性をどうにか変えたくて必死になる。
大事にするという事は、本音を言わないというわけではなく、こうして伝え合う事も必要だ。
「私こそ、すみません」
思わずまた謝ってしまい、口を押さえた。
何だかおかしくなって、二人で笑いあってしまう。
「少しずつ頑張ろう」
「えぇ、少しずつ」
僅かではあるが距離が縮まるのを感じられて二人は嬉しくなった。
それを盗み聞きしていたチェルシーは滂沱の涙を流し、それ以上に喜んでいた。
「良かった、ミューズ様が幸せそうで、本当に良かった」
「気持ちはわかるが、泣き過ぎだぞ」
ライカの軽口も物ともせずにチェルシーはさらに涙を流す。
「だって、あの小さかったお嬢様がこんなに大きくなって、そしてもうすぐ母親になるなんて、今でも心配なのよ」
幼い頃に行儀奉公としてスフォリア家に来た。
優しくて可愛らしいミューズにめろめろで、専属侍女になるためにしこたま頑張った。
おかげで側に付く事ができ、ずっと成長を見守ってきたのだ。
幸せだった。あの事件までは。
「うぅ。でも、どんなミューズ様もあたしは支えていきますからね」
出来ればきちんと幸せになってもらいたい。
少なからずティタンに対して憎悪は持っていた。
可愛らしく思いやりに溢れたお嬢様がそんな事をするはずがないと信じていた。
きっとティタンがミューズを騙して、最悪な方向へと向かわせたのだろうと恨んだ。
でも話していく内にそうではないとわかり、更に苦悩する。
ミューズはずっと己の過ちばかりに目が行き、目の前のティタンの想いに上手く答えられていない。
ティタンはそんなミューズの気持ちを尊重し過ぎて近づけていない。
気遣いすぎて二人共一線を引いていて、ちっとも幸せそうじゃないのだ。
穏やかには見えるが、それは距離を置いているからであって、本当の夫婦関係のような密接感もない。
これではいけない、ミューズは本当の幸せを掴まなくてはいけない人なのだからと、チェルシーは奔走した。
奥手な二人を何とか近づけたいと、色々な夫婦に円満の秘訣を聞いてまわったのだが、それが今報われた。
(不敬を承知でティタン様に進言して良かった)
些か単純な気もするが、それでもいい。
ミューズが考え込み過ぎてしまう性格だから、丁度いいだろうと概ね満足だ。
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