第22話 心の仲
月日が流れ、だいぶ体調も落ち着いてきた。
吐き気は少なくなったもののお腹も大きくなり、動きにくくなる。
冬の寒さは厳しいが、男手が多い事が幸いし、薪も毛皮も貯えがあるので冬は越せそうな程になった。
狩りで仕留めた獲物など余った分は村で売ったり物々交換に回す。
村の者もいつもの冬よりも備えが出来、安心して冬を迎えられそうである。
寒さで獣はいなくなってしまったが魔獣は出る為、それらを狩り近くの町へまでも卸しに行き、生計を立てていた。
薬草なども購入し、質の良い回復薬は一緒に町で売ってもらう。
価値基準が村と違うので、高値で引き取ってもらえる。
その為定期で町にも出すようになったのだ。
勿論村の人が困らないくらいの十分な量の回復薬も残してある。
値段は据え置きで利益としてはあまりないが、お世話になっているお礼も兼ねてなので値を上げるつもりもない。
「セラフィムは温暖なところだと聞いてましたけど、ここは思ったよりも雪深いですね」
降っているの雪の量を見るに、まだまだ止まなそうだ。
「国境沿いだからだろうな。俺ももっと温かいと思ったが、これではアドガルムと大差ない。生家と大きく違うのは自然豊かなところだな」
二人で深々と降り積もる雪を眺める、アドガルムに居た頃と同じくらいの量は降っているだろう。
先程アドガルムの話が出たので、思い出したことを聞いてみる。
「何で記憶を戻そうと思ったのです?」
忘却の薬の副作用で思い出そうとすると、激しい頭痛に襲われると魔女から聞いていた。
そうでなければわざわざ記憶を消したのに、気になって記憶を取り戻したいと思うものが多いからだそうだ。
思い出すことなく、自分を捨て置けば、少なくともティタンはそのまま国に残れたはずだ。
あの時のミューズはそうして欲しくて記憶を消した。
今はそのような事は思っていない、聞いたのは単なる興味だ。
「皆が必死だったのもあるかな。ミューズを覚えていないと言った時、皆にすごく怒られたし、落胆された」
ミューズを覚えていないと言った時の皆の表情は怒り、呆れ、何とも言えない負の感情を放っていた。
「ミューズとの記憶を戻せなかったら、俺は周囲からも距離を置かれただろうよ。それくらい皆ミューズを大事に想っていた。それを見てけして忘れてはいけない大事な人なんだと思って、痛みに負けまいと魔女の元に行って何とか記憶を戻せたよ」
兄のエリックも記憶を取り戻させようと、ミューズとの縁を復活させようとなりふり構わず動いてくれた。
「取り戻せてよかった、こうして幸せな日々を送れるのだから」
大きくなったお腹を優しく撫でられる。
その手はとても暖かく、優しい。
「ごめんなさい」
何度も謝罪の言葉が出てしまう。
誰が許しても、自分で自分が許せない。
「謝らなくていいんだ。こうして側にいることを許されたのだから、それでもう充分だ」
一度たりともティタンが自分を責めたことはない。
だから余計不安なのだ。
この優しさが怖い。
「優しさは時に人を傷つけます!」
唐突に言われ、ティタンは驚いた。
「チェルシー、急にどうした」
ミューズを休ませた後に呼び出されたと思ったら、そんな事を言われる。
「ミューズ様が欲しい言葉はそのようなものではないです、もっとこう本心をぶつけてください」
「いや、本心だが」
「本当はもっとありますよね、伝えたい事が。不満でも不安でも、きちんと言ってあげてください」
「不満や不安?」
考え込むが、どういう事をいってるのかわからない。
「謝罪はいらない、じゃなくて、こうして欲しいとかそう言うのはないのですか?」
「もっと甘えて欲しいとか」
「それをもっと具体的に、わかりやすく、ミューズ様の出来る範囲で」
「一体何を言わせようとしているんだ」
チェルシーの意図がわからない。
「夫婦ならばもっと腹を割って話したらいいってことらしいですよ」
ライカがため息交じりに援護した。
「口喧嘩の一つや二つするのが普通と村の人に言われたらしいです、そして夫婦円満の秘訣は何でも話をすることだそうで。お二人は優しすぎて喧嘩の一つも見た事がない、二人の仲がまた悪くならないかと、村の人達と一緒になって心配しているそうですよ」
「俺とミューズの仲が悪くなる?」
その一言でティタンが目を見開く。
「また置いていかれるのか? しかし今はあのようにお腹も大きい、それにこの極寒だ。出て行ったら今度こそミューズは死んでしまう……嫌だ、もう離れたくない」
「その為に本音でぶつかり合うのです」
チェルシーは拳を握る。
「ごめんなさいという言葉以外を引き出すことが今のティタン様のやるべきことです。それはティタン様にしかできませんから」
いまだミューズは心から笑顔になれていない。
自分のしたことをずっと悔いているのだ、いつまでもそのような気持ちだけを抱いていたら、心が壊れてしまう。
「何とかする、絶対に出て行かせはしない」
本心でぶつかれるよう、もっといっぱい言葉を掛けよう。
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